ザ・グレイトフル・ライフ〜緩やかに死に続ける世界、僕は守るべき者を見つけたので世界と戦うことを決意します〜

春出唯舞

第1話 僕が乗っている船が襲われた。

光がほとんど届かない暗闇の世界を、僕達を乗せる船が揺蕩っている。何もすることがなかった僕は壁に体を寄せ、強化ガラス越しにその景色をまじまじと眺めていた。


敵の襲撃に備えて待機していろと言われてから七時間経過した。気が緩み始めても仕方ないと思う。


僕や僕と同じ立場の人達のために、艦内に用意されたこのだだっ広い部屋には、百人近くの人がいる。


彼等と比べたら僕はまだマシな方だ。僕と同じく待機している人達の中には、酒を飲んでいる人や、横になりいびきをかいて寝ている人もいる。僕は至って真面目な方だと思う。


「ハル」


僕の名前を呼ぶ声がしたので、そっちに首を向ける。先輩のベスだった。


「ベスさん」


「ほい、これ」


そう言ってベスは缶ビールを僕に手渡す。もう片方の手には、当然のごとくベスの分が握られていた。


「僕、未成年ですよ」


「連れないな。今時そんなの律義に守っている奴なんていないってのに」


僕が受け取るのを拒むとベスはビールを引っ込める。僕が酒を飲まないのは知っているはずだ。それでも一応ビールを渡そうとするのは、僕に対するイジリなのだろう。同じ会社に勤め、今回同じ任務を受ける先輩として、後輩の緊張を緩和しようとしてくれているのはありがたいが、待機中にアルコールを摂取するのは別の意味で問題だと思う。


「お酒はどこにあったんですか?」


「酒か? 普通に自販機で売ってたぞ」


宇宙軍が指揮している作戦行動中だったらありえないはずだが、今回の作戦行動を指揮しているのは大手の採掘業者だから、ある程度の無法は許されるというわけか。僕達のような待機組はともかく、作戦行動中の索敵部隊やこの艦を動かしている操縦席の人達も規律に反した行動をしているのだろう。


そうでもしないとやってられない、か。


僕達が住んでいる地球は今、エネルギー不足が深刻な問題になっている。数が増えすぎた人類を、地球上のエネルギーだけでは賄えなくなってきたのだ。


だから人類は新たなエネルギーを宇宙に求めた。単純な話だ。


僕達は地球を飛び出し、宇宙を探索する。そんな命知らずな僕達は、安全な所から僕達を眺め続ける奴らに、アンリミテッド・ヴァンガードと呼ばれている。無秩序な世界をただ進み続けるしかない僕達にはお似合いの言葉だ。


この艦はそのヴァンガード達を乗せた大型宇宙艦だ。今回の作戦では二艦用意された。一艦は先に進んで開拓地を広げる役割。もう一艦はその支援だ。僕とベスは支援組に回された。


作戦経過時間を考慮すれば、先遣隊が補給に戻ってくる時間帯だ。そう思っていると、窓から一筋の光源が見えてきた。それは少しずつではあるが、大きくなっている気がする。その光が推進力エンジンのものであることに気づくまで、さほど時間は掛からなかった。


「先遣隊が見えてきたな」


「ええ、ようやく僕達の仕事が始まりますね」


先遣隊が命を賭して運んできた宇宙エネルギー、オルタナティブを安全に地球まで運ぶ。それが支援組に与えられた任務だ。


先遣隊がどれだけのオルタを持ち込めたかは分からないが、僕達はそれをただ守り切ればいい。先遣隊と比べたら、至って簡単な任務である、はずだった。


先遣隊の船は徐々に近づき、目と鼻の先にまで近づくが、一向に停止する気配を見せない。


艦内に緊迫した空気が流れる。ビールをチビチビと口に運んでいたベスも缶を投げ捨て、窓を凝視する。寝ていた者も起き上がり、全員が事の次第を見守っている。


後続艦はようやく回避行動を取り始めるが、それも間に合わず、先遣隊を乗せた艦は僕達がいるエリアから少し離れた場所、後方のエンジンルーム近くに激突した。


大きな揺れが艦内に響き渡る。揺れが収まると、アナウンスが入る。


『現在、先行していた部隊を乗せた船が我が艦に激突』


皆がすでに分かりきっていることを、人工音声がわざわざ教えてくれる。


『現在、多数のスプリガンが艦内に侵入。各員至急これを排除せよ』


さっきまでと変わらない声音で、僕達に絶望的な状況を教えてくれる。


「スプリガンが入ってきたってことは、激突した先遣隊にいたってわけですよね」


「ああ、そうなると艦の中にいた連中は全滅したってことだな」


オルタの回収中にスプリガンが艦を占拠。艦内を掌握され、制御を失った。その結果、あの激突事故に繋がった。そう考えると辻褄が合う。


「先遣隊は精鋭部隊だった。そんな彼等が数体のスプリガンに遅れを取るとは思えない」


「そうですね。おそらくあの艦の中には数千単位のスプリガンが敷き詰めている。彼等は真っ先にこっちに向かってきますね」


僕達は互いに顔を見合わせ、身につけていた対スプリガン用装甲強化外骨格、アーマードエクソスケルトンの機能をオンにした。装着していた全身プロテクターの各部が光り輝き、頭部に付けていたヘッドセットが拡張し、頭をすっぽりと覆う。


全身灰色の無骨なシルエットが二つ出来上がる。これで宇宙空間でも難なく行動することができる。ヴァンガードがスプリガンに対抗するために持つ強固で脆弱な鎧だ。


他の人達もAEスーツを起動し、臨戦体制に入る。たとえ酒を飲んで寝ていても、この装備と銃器は決して手放さなかった。彼等もプロとしての最低限の作法を心得ているわけだ。そうしないと死ぬ羽目になるから。


扉の奥で大きな物音が聞こえる。さっきの激突の際に下された隔壁を叩く音だ。まるで重機で殴ったような音だ。一発一発がすごく重い。


僕達全員が窓に背を向け、扉に銃を構える。いつ隔壁が破られ、襲いかかってきても大丈夫なように。


だがこの時僕達は単純な事実を失念していた。スプリガンは過酷な宇宙環境の中でも難なく活動できる生命体であることを。


僕は咄嗟に背後の窓に目を向ける。


窓からさっきまで見ていた宇宙の景色を見ることはできなかった。なぜなら、夥しい数のスプリガンが、外壁にまとわりつき、視界を奪っていたから。


僕達はいつの間にか絶体絶命の危機に陥っていた。

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