ふと遠い記憶を思い出した僕は実は転生している事に気が付いた
武 頼庵(藤谷 K介)
あの時の俺の世界に会いに行く
朝、目覚めた後に見上げて、見慣れた天井がようやく自分の意識を覚醒させていく。
――あれ? ここって……。
それは毎日見ている風景のはずなのだけど、どこか俺じゃない記憶の中ででも見ていた感じがする。
――ん? 俺?
誰に何かを言ったわけじゃなく、ボヤっとした頭の中で浮かんだ独り言の様なものに違和感が有った。
今年の春にようやく念願だった高校へと進学することが出来て浮かれていた僕は、入学して新しく買ってもらった通学用の自転車にまたがり、新たに通学路となった道を通りながら自宅へと向かって帰路についていた。
少しだけ中学卒業から背が伸び、ちょっとだけ身だしなみに気を付けるようになった僕、
どちらかというと偏差値的にもそれほど高いとは言えない学校なのだけど、自分の中ではどうしてもその学校に通わなければならないという様な感覚に襲われ、進学希望届を提出した際の中学3年時の担任の峰岸先生には「考え直さない?」と、学校の中でもマドンナ的存在の女性教師である峰岸先生に、毎日の様に説得されていた。
「いえ。あの……どう説明したらいいのか分からないけど、その学校にどうしても!! どうしても!! 行きたいんです!!」
「はぁ……。何というか……あの人と同じ名前の人が……」
「なんです?」
「あ!! う、うぅん!! いいえ!! 何でもありません。そうなの? 和久君ならもっと偏差値の高い進学校にでも入れると思うわよ?」
「いえ……。僕はその進路希望にも書いた通り、喜多工業高校に行きたいです!!」
「……わかったわ。でも気が変わったら教えてね」
「はい!!」
中学生最後の1年間。僕はあまり得意ではない勉強にも力を注いだけど、それよりももっと大好きなサッカーでの活躍を誓い、ずっともっと努力を続けた。
「ねぇかず」
「ん?」
時折部活が無い日に一緒に帰る同級生で、幼稚園からの幼馴染である
学校のグランドの広さの関係で、ソフトボール部に所属する芳香も同じように部活が休みになる事が多いので、そういう日は何故か一緒に帰る事が多い。先に帰っていいといつも言っているのに、芳香は友達と先に帰る事も無く、僕の事を待ってでも一緒に帰る事を選んでいる。
「どうして喜多工業なの?」
「ん? あぁ進学先の事か?」
「うん。てっきり私と同じ喜多高校の方に行くと思ってたのに……」
プクッと頬を膨らませた芳香が僕の顔を覗き込みながら聞いて来る。
「どうして? どうしてだろう……?」
「え?」
「自分でもよく分からないんだ。あ、でも!! サッカー部がこの辺では一番強いって事も関係してるぞ?」
「うん知ってるよ。でも強いサッカー部なら喜多高校でもよくない?」
芳香が言っている通り、サッカー部の強さ的には、全国大会への出場こそ無いものの、古豪として県予選ベスト4の実績を持つ喜多工業高校と、ここ最近偏差値的な物ばかりではなく、運動部にも力を入れてめきめきと力を付けてきて、昨年は喜多工業高校と並んで県予選ではベスト8入りを果たした喜多高校。
――でも僕はどうして喜多工業高校に行きたいんだ……。自分でもよく分からないけど……。
いつからか忘れてしまったけど、僕は高校に進学するのなら喜多工業高校へと行こうと思っていた。それはサッカーをし始めた小学校低学年の時にはその思いは決定事項みたいに思っていたので、誰かから行けと言われたわけじゃない。
――何でだったんだろう?
そんな中学生時代の事を思い出しながら、自宅へ向けて自転車で向かっていると、ふと気が付いた時には坂道を下っていて、結構な速度が出ていた。
――おっと!! 危ないアブな――
自転車の運転に集中するようにハンドルをギュッと握り、道の先を確認した瞬間、突如目の前に出て来た影に驚く。
キキィー!!
「うわぁ!!」
急いでブレーキをかけると、自転車が悲鳴に似た甲高い音を響かせて必死に止まろうとする。
しかし自転車も急には止まれない。勢いはそのままで影に向かって進んでいく。
――やばいこのままじゃ!!
僕は思い切ってハンドルをその陰の元とは反対側へと向ける。
ずるっ
ガシャーン!!
「うおぉ!!」
ずざざざー
ドコッ!!
「あいた!!」
どぼーーん!!
ものの見事に感性の法則に逆らえなかった自転車は、先にタイヤが横滑りをはじめ、そのまま横倒しに転倒。勢いそのままに滑り道の端に有ったガードレールを潜り抜けると、その横を流れて居る小川へと僕もろともダイブした。
「ぶふぁぁ!!」
小川というくらいなので、そんなに深くは無いけど、急いで頭を出して息をつく。
「いてて……」
たぶん横滑りしている時にガードレールにでも頭をぶつけたのであろう、その箇所がズキズキと痛んだ。
「にぁ?」
そんな僕を心配するかのように覗き込む茶トラの小さな猫。
「あ、お前か!? 急に飛び出してきたのは!!」
「にぃあぁ~」
僕の事を心配してくれている様で、泣き声に元気がない。
「……まったく!! いてて……。あ!! 自転車!?」
急いで自転車を確認する。一緒に落ちたのだからもちろんずぶ濡れである。更に少しばかりハンドルが曲がっていた。タイヤも無理をしたからかパンクしている様でぺチャッとなっていて、触ってみるとコフッ!! という様な気が抜けた音が返って来る。
「あぁ~……。これは修理しないとダメっぽいな……」
「にゃぁ~」
未だに僕の事を見ていた小さな猫に、僕は苦笑いをする。
「もう飛び出すなよ?」
そういうと道路に戻るために小川の中を移動し始める。
凄い音を響かせたことで近隣の住民の人が何かあったのかと気になり、見に来ていたのだけど、その中でも優しい人達に手伝ってもらい、小川の中から無事に脱出することが出来た。
そしてふぅ~っとため息を吐く。
――あれ? こんなことが昔にも……。え? ぐわっ!! 頭が……。
僕の様子がおかしい事に気が付いた人が、どこかケガをしたのかもしれないと救急車を呼んでくれた。
「良かった!!」
「目が覚めたのね!!」
「え?」
次に気が付いた時、俺はベッドの上で寝かされていて、俺の隣には泣いている芳香と俺の事を覗き込む母さんの姿が有った。
「ここって……?」
「病院よ」
「病院?」
「そう。あなた自転車で転んで小川に落ちたのでしょ? その時にどこかぶつけたりしなかった?」
「そういえば……」
確かにあの時、何かに頭をぶつけたような気がするし、その証拠にそのぶつけた個所らしいところ周辺がズキッと痛む。
「でも何で病院に?」
「かずがそのまま頭を抱えてうずくまっちゃったのよ!! そのまま意識が無くなっちゃって救急車で運ばれたの!!」
「……そうか……確かに頭が……」
痛くなった――。俺はそう続けて言おうとしたのだけど、その時にふとある事に気が付いた。
「ところで俺ってかず? 和久……?」
「え? ちょっと何言ってるの和久!!」
母さんが俺に向かって少し大きな声を上げる。
「おばさん。数は頭を打ってるようですから、少し記憶があいまいになってるのかも……」
「あ!! 、そ、そうね……。ごめんね和久。でも心配したんだからね!!」
「……うん」
――和久……か。
ベッドの横で、俺の事を心配してくれる二人の事はしっかりと記憶にある。その姿も名前も。そして俺が紀藤和久という名前の男子高校生で有るという事も。
――でも俺は……。
頭が痛くなった後、俺の中に流れ込んで来た記憶と記録。それが一遍に大量に入ってきたために処理しきれなかった俺の脳がパンクしたのだ。だからそのまま意識を失った。
――俺は、
俺が新たに手に入れた記憶。それは澤和久という高校1年生の記憶だ。澤は俺と同じ地域に住んでいて、小さい頃からサッカーが上手く、周囲からは必ず後にプロ選手になれる逸材だと言われていた存在だった。
サッカーが上手いということ以外には、特に頭が良くて目立つ成績だったという事は無く、サッカークラブの育成機関へと所属していた為か、そこまで勉強は好きじゃなかった。周囲はそのままサッカークラブで徐々にクラスを上げていき、順調にプロ選手への階段を上っていくものと思っていたのだが、澤はプロとなる前に、いやプロになる事は前提として、その前に全国高校サッカー選手権で優勝する事を夢見ていた。
小学生の時に偶然見かけたテレビ中継で、喜多工業高校がしていた試合を見て、憧れと共に夢を見た。それからは喜多工業高校へと進学することを決断する。
周囲は反対した。今のままでもプロにはなれるという評価を得ているのに、何故道を逸れて遠回りするのかと。毎日親とも喧嘩するようになり、一時期は荒んだ生活をするようにもなったし、そんな澤を良からぬ道へ誘おうとする輩も増えた。
そんな澤を心配してくれたのが近所でずっと一緒に育ってきた
光から心からの支援と説得があり、荒んだ生活は終止符を打つことが出来、両親とも話し合いが持たれて、両親ともに澤言い分を聞き入れて、喜多工業高校への進学を了承した。
もともと両親は進学先については何も問題にしてはいなかったので、その点に関してはスムーズに話が進んだのだ。プロになるならないは本人の気持ち次第。周りがとやかく言っても気にするなと逆に応援してくれると約束してくれたりもした。
そんな思いを胸に進学した高校で。
順調に練習し、先輩たちや先生、監督などにも認められ、試合にも出させてもらえ始めた。その頃には光とも関係性が変わり、幼馴染から恋人へとなっていて、荒んでいた時以上に心の支えにもなってくれた。
そんな何もかもが順調だった矢先、俺はこの世を去った。
練習試合がる日、俺は自転車でその会場となる学校へと向かっていると、少し車通りの多い道路へと差し掛かる。
もうすぐ交差点だというところまで来て、道路の端から何かがひょいと飛び出した。その姿を追うように更に小さな人影が飛び出してきて、俺は慌ててハンドルと切る。
そのまま自転車レーンを飛び出す形になった俺は、後ろから向かってきていた車に刎ねられた。
飛び出してきた小さな人影はその後、胸もとに小さな猫を抱えて俺の所へ来て、泣きながら「ごめんなさい!!」と謝罪をしていたけれど、俺はその子の頭を撫でてやる事しかできなかった。
――あの時、俺は笑えていたかな?
飛び出してきたのは小学生位の子だったので、心配されない様に『大丈夫』の気持ちを込めたのだけど、しっかりと笑顔を向けられていたのかは分からない。
何しろそのまま俺は意識が無くなったのだから。
――そうして今、同じ和久という名を持っている男子高校生の姿になっているという訳なんだけど、俺はどうしたらいいのだろうか……。
色々な事が思い出される。あの後両親はどうなったんだろうか? 光を泣かしちゃったよな? そんな事ばかりが浮かんできて、俺は気が付かないうちに涙を流していた。
「ど、どうしたの?」
「どこか痛いのかず!?」
「……いや。何でもない……。ちょっと頭が痛いくらいで、それ以外は大丈夫」
俺を心配してくれる二人にはそんな言葉しか言えなかった。
「なぁ芳香……」
「ん? 何?」
あの自転車事故から数カ月が経ち、俺はしばらくサッカーは控えなさいと言われているので、そのまま授業が終わると帰路につく。そんな俺の事を心配してか、高校は宣言通りに喜多高校へと進学した芳香が、帰宅途中で俺の事を待っていて、二人自転車に乗りながら一緒に帰る。そんなある日に思い切って芳香に声を掛けた。
あれ以来自分でもどうしていいかわからず、思い出した記憶を持て余していた。元の記憶を頼りに以前の生活で接していた人達に会いに行くべきか、それとも今の生活を守って何も言わないでいるべきか。
答えが出ないままここまで来てしまったけど、結局は誰かに胸の内を聞いて欲しいと思ったんだ。それが自転車事故の時も側にいてくれた芳香なら、あの時の事も知っているし話しやすい。
「もしな……」
「うん。もし?」
「俺が、和久じゃないって言ったら信じるか?」
「え? それは……」
何故か芳香は黙ってしまう。
「何となくだけど……」
「ん?」
暫く黙っていた芳香だったが、キキッとブレーキをかけて自転車を止め、俺の方へと視線を向けながらそうつぶやいた。
俺も自転車を止めて芳香の方へ振り返る。
「何となくだけど、今の和久は昔の和久じゃない気がしてた……」
「……どうして? 俺って何か変わったかな?」
「ソレ……」
「え?」
少し離れていた芳香が自転車を押しながら近づいてくると、ちょっと困ったような表情をしながら俺の顔を見つめてくる。
「それだよ」
「どれ?」
「和久は自分の事を……僕って言ってた……」
「あ……」
無意識のうちに自分の事を僕から俺に変えていたことに、今芳香に言われて気が付く。
「でも、高校生になったんだからそういう事もあるだろ?」
「確かにそうかも……。でも……」
芳香は俺の方へ視線を向けると、その瞳にジワッと涙を浮かべる。
「気が付くよ……ずっと一緒にいるんだもん」
「そうか……そうだな。ずっと一緒にいるもんな……」
そのまま立ち話をしているわけにもいかないので、俺達は少し移動して近くのコンビニに寄り、小さな公園に入ってベンチに腰を下ろした。
「それで、かず……は誰なの?」
買って来たお茶をぐびっと一口飲んだ芳香が、真剣な顔をして俺に聞いて来た。
「俺は……。芳香が知っている紀藤和久だよ。でも」
「でも?」
「俺の中には、澤和久という人の記憶もあるんだ」
「澤……和久。いつから?」
「あの自転車事故が有った時から……かな?」
ジッと芳香が俺を見つめる。
「どうしたいの?」
「え?」
「かずはこれからどうしたいの?」
「信じてくれるのか? 俺の中のもう一人の記憶の事」
「うん。だってかずが私に嘘を吐くわけなし、それに嘘をついても癖で分かるもん」
「え? 俺って癖が有るの!?」
「あるよ。でも今はそれが出てない。だからかずを信じる」
「そっか……」
「でも、一つだけ確認していい?」
「ん?」
「かずは……、いまのかずは紀藤和久……、かずなんだよね?」
「うん。俺は紀藤和久だよ。それは間違いない。ただ、前生きていた時の記憶があるだけ。澤和久って人の記憶がね」
俺は芳香に澤和久という人がどのような人物だったのかを話した。芳香はウンウンと頷いて聞いてくれたり、俺と同じような事故にあった事を聞くとかなりビックリしていた。
「どうしたい?」
「ん?」
一通り話したところで芳香が聞いて来る。
「会ってみたい?」
「あぁ……そういう事か。そうだなぁ……正直に言うとちょっと怖いかな? もうだいぶ前の事だしね」
「そう……だね」
「良し!! 今日はもう帰ろう!!」
俺は立ちあがり、芳香にそう告げて自転車を押しながら公園を出ようと歩き出す。俺の後を無言で芳香もついて来た。
その後は特に何もなく日々は過ぎていく。
俺もようやく病院で診察してもらって運動する事の許可が下り、サッカーをすることが出来るようになると、芳香とそんな話をしていた事も忘れていた。
「かず!!」
「え?」
部活で疲れた体を無理やりに動かして、もうすぐ家に着きそうな場所へとたどり着くと、俺の後ろから俺の事を呼ぶ声が聞こえて自転車を止める。
「芳香か? どうした?」
「わかったよ!!」
「え? 何が?」
「会いたい人が居る場所!!」
「はぁ?」
詳しい話を聞く為、俺の家へと招き入れて、そのままとりあえずは俺の部屋へと二人で入る。芳香が俺の部屋に来るなんて小学生以来の事なので少しドキドキするけど、それ以上に気になる事が有るので、まずは芳香から話を聞く。
「――だって!!」
「まじかぁ……」
芳香の話はとても内容が詳細だった。というのも、もともと澤和久という人物が生きていた場所は、今俺達が住んでいる場所の二つ隣りの市であった。その時の事故の詳しい内容などもマスメディアなどで報道などされており、調べる事は結構簡単だったらしい。
そして当時澤が住んでいた場所に今もなお両親が住んでいる事も分かった。
芳香の誘いに乗って、次の土日に部活を休んでその場所まで言ってみる事になり、俺はちょっとばかりドキドキしている。
辿り着いた家。初めて来るはずなのに懐かしい感じがしつつ、その家の様子を伺うと、庭でサッカーをする男の子と、その相手をする40歳代後半くらいの男性を見かけた。
「父さん……と?」
「弟さんだよ」
「そうか……弟が生まれたんだな」
「うん。和久さんが亡くなって数年後に誕生したみたい。それから3人で暮らしてるみたいよ」
「……やけに詳しいな芳香」
「実は同じ学校にこの辺に住んでる子がいるんだ。その子から聞いた」
「なるほど……」
「どうする? 声掛ける?」
「いや……もう行こう」
「いいの?」
「あぁ。因みに母さんは?」
「家にいるんじゃないかな?」
「元気なのか?」
「もちろん!!」
芳香が何故か胸を張る。
――成長してきたんだからその仕草はやめろ!!
昔から何か自慢する時にする芳香の癖なのだが、最近はちょっと目立ってきたものが目に入り反応に困る。
「行こうか……」
「うん!! じゃぁ次の所にいこう!!」
「次?」
「付いて来て!!」
芳香が元気に歩き出した。
因みに、ここまで自宅から距離があるので電車で移動してきたので今は歩きだ。
そのまま芳香の誘導通りについていく事しばらくして、俺たち二人は澄んでいる街へと戻ってきた。
そして――。
「ここって……」
「懐かしいでしょ? 私達が通ってた中学校!!」
「いや、それは分かるんだけど……」
俺の返事を無視するかのようにどんどんと中へ進んでいく芳香。通っていた学校の中とはいえ、久しぶりに来た場所にドキドキする。
きちんと先生たちの昇降口がある場所の隣に声を掛け、中にいる用務員さんと警備員さんに話をすると、俺達が去年まで通っていた生徒で有ったのを覚えていたようで、すんなりと中へ通してくれた。
「おい芳香どこ行くんだよ?」
「いいからいいから」
中に入ってもどんどん進む芳香。
こんこんこん!!
「失礼しまーす!!」
「え? ここは……ってもう入ってるし!!」
さも自然に挨拶して中へと入っていく芳香。その後をついていく俺。
「先生!!」
「あら? 久しぶりね二人とも」
芳香が声を掛けたのは職員室にいた俺の元担任の先生。
「今日はどうしたの? 誰かに何か用かしら?」
「先生にちょっとお話が有りまして」
「私?」
「はい!!」
俺が芳香の袖をくいっと引くけど、「いいから!!」と俺の手を引きはがす。そのまま不思議がる先生と話をする為、職員室の隣の会議室へと移動した。
「で? 話しって?」
俺達に椅子に座るように促しながら、先生も椅子へと腰を下ろす。
「先生ってこの辺の生まれですよね?」
「この辺というか……二つ隣りの市だけどね。それがどうかした?」
「雨宮光さん」
「「え?」」
芳香が先生に向かい何気にその名前を出した。
「ちょっとどうしたの? そんな旧姓で呼ばれるなんて……え? どうしてそれを敷いてるのかしら?」
目の前で峰岸先生が芳香に詰め寄る。
「ほら!! かず!!」
「え? いや急になんだよ!! え?」
「なに? 和久君が私に用事が有るの?」
「芳香どういう事だ?」
俺は芳香の方をキッと睨む。
「光さんだよ」
「え? だからそれは知って――」
「ううん。かずが……
俺の視線にひるむことなく芳香も俺をじっと見つめる。
「え? まさか……そんな……」
「え? なになに? どういう事なの?」
芳香の言っている事に気が付いた俺は、自然とその顔には涙が伝っていた。そんな俺を見て驚く先生。
「澤和久……」
「え?」
「先生は……光なんですよね? 澤和久……覚えてますか?」
「え? どうしてその名前を……」
「俺が……澤和久だからです……」
「そ……んな……。え? ちょっとからかってるの? そんなはずない!! 和久は16年前に――」
「えぇ。子猫を抱えた子供を助けて死んだ。それが俺です」
「…………」
先生は何も言えなくなった。
「どうしようもなく生活が有れていた俺を支えてくれた。高校に行くかプロへの道に進むか一緒に考えて周囲を説得することを手伝ってくれた」
「ま、まさ……か」
「そして……小さい頃から幼馴染で、恋人になった」
「かず……ひさ……」
「急にいなくなってごめんな。光……あの時まで本当にありがとう……」
先生――光が俺の側まで寄ってきて、俺をギュッと抱きしめる。俺もそんな光を抱きしめ返した。
「いいの?」
「ん?」
中学校からの帰り道。俺の顔を覗き込む芳香。
「いいんだ」
「本当に?」
芳香が言いたいことは分かる。でも先生は――光は既に16年前の事を吹っ切って、今は新たな人生を歩んでいるのだ。
その証拠が『峰岸』となっている名前。結婚して既に2児の母になっている。
それに――。
「今の俺には芳香がいるからな」
「え?」
「今日はありがとうな芳香。さぁ帰ろう!!」
「ちょ、ちょっと!! 今大事なこと言ったよね? なんて言ったの?」
「あはははははは」
芳香の家に着くまでの間、俺は芳香にずっと同じことを質問され続けた。
――いつか、きっとな……。
今は上手く言えそうにないから、もう少し待ってくれ。
「大好きだよ芳香」
目の前でそう告白できるまで。
ふと遠い記憶を思い出した僕は実は転生している事に気が付いた 武 頼庵(藤谷 K介) @bu-laian
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