隠すべき事、取り憑く噂Ⅱ


「やっぱりダメか……」


梟の事務室、広い作業机の上で海斗が携帯端末を弄っている。茜はそれをつまらなさそうに眺めていた。


「組織の査問委員会を盗聴させるバカがどこにいるんだよ。持ち物検査で引っかかってるだろ」

「もちろんダメ元だっての……雑音しか聞こえない。電波が遮られたか壊されたな」

海斗がイヤホンを耳に当てながら呟く。


「そもそも査問委員会ってどこでやってんの?」

「さあな。本部のもっと地下深くかもしれないし、別の場所かもわからない」


「それと今朝のあの事件、あたしらも現場にいたことは上も知ってるのに、何で招集されたのは深矢だけなんだ?」

「そりゃあおそらく……」

海斗は手元の機械を机の中央へ押しやった。

「深矢が『規格外の問題児』だからだろ」


数日前に朱本がそう言っていたのを思い出す。

志岐大学長暗殺事件の容疑者であり、青嶋学園の脱走者。そして組織のエージェントの暗殺現場に居合わせた男。全て繋がりがあるとしたら——


「三年前の事件を追っていた、とか?」

「もしくは三年前の事件で組織を憎み、敵対組織と組んで復讐を図ってる、とかな」


関わってるよ、けど犯人じゃない。

深矢はそう言っていた。あのセリフが本当なら海斗の推測は違う気がする。


「……殺された男がどんな奴かによるってことか」

「大方三年前の事件に関わりがある奴だろ……だとしてもどうやって調べるかな。殺されたんじゃあ機密度も格段に上がるだろうし」

「それもそうだけどさ、」

茜は真剣に考える海斗に呆れた視線を投げる。


「任務の方はどうすんだよ?あいつの査問期間中、あんたと私だけで進めるしかないじゃん。それに査問だって長引きそうなんだろ?」

「長期戦になるな。何せ不審な点が多すぎる。それこそ深矢のバックに何かデカいものが付いてない限り。それも査問委員会を打ち切りにさせるくらいの……」


あーもーこいつ、寝ても覚めても深矢の事しか考えてねぇ。


気持ち悪いを通り越して呆れてくる思考回路だ。

茜はやれやれと頭を抱えた。つい半年前の青嶋にいた頃の方が有能だった気がする。


「……とりあえず、明日の作戦は私一人でも行くよ」


貿易会社の本社に潜入し、武器商人との取引を止めさせるのに有効な素材を探しに行くのだ。こういった潜入モノは深矢の方が適任だと踏んで持ち掛けた。だが当の本人が塞がってしまったのだから仕方ない。


「深矢の腕がどれだけのもんか、見てみたかったけどな」


海斗が何気なく呟く。茜はそれに苛立ちを覚え、舌打ちをして席を立つ。


そんな茜の突然の態度に海斗は怪訝な顔をしたが、それを無視して事務室を荒々しく出た。


「一体何なんだよ気持ち悪い……」


その呟きは本人に聞こえたのかどうなのか、海斗は茜が出て行った扉を呆然と見尽くしていた。


***


「間一髪のところだったねぇ、深矢くん」

ぬっと背後に団長が現れ、力の抜けていた深矢は驚いた。


会議室を出て廊下の突き当たりにあったエレベーターの前。見張りに挟まれる形で深矢はエレベーターの到着を待っていた。


「ずいぶんと早いですね」


長机に座っていた八人は残って話し合いをしているものだと思っていた。


「会議後の話し合いと言ってもねぇ……」

上の階表示が点滅し、扉が開く。

「まさかこんな早くに不問になるとは誰も思っていなかったからね、何も話すことはなかったよ」


エレベーターに乗り込みながら、団長はやれやれと大袈裟に肩を竦めた。


「しかもナイスタイミング。まるで誰かが狙っていたかのようだよ」

「無関係なんだから早く終わって当然です」


狭い箱の中、団長には全てを見透かされているような気がして、震えそうな声を気付かれないように抑えた。


そうかい、と団長はつまらなさそうな反応をした。

エレベーターは音もなく地上へ向かい、沈黙が箱の中に漂う。


「……このエレベーター、どこに続いているんですか」

目の前の扉に反射した団長の姿をチラリと見て聞いてみる。団長は表情を変えず、口角だけを上げた。

「着いてみれば分かるよ」


団長が何を考えているかが全く読めない。深矢のことを危険視しているのか、問題児として見ているのかさえも。

団長が深矢の心を読んだように、隣の深矢に顔を向けニッコリと笑顔を浮かべる。


「構成員が君をどんな目で見るのか、とっても楽しみだなぁと思ってね」

「どういう意味ですか」


んー?と勿体振る団長を軽く睨むと、団長は眉尻を下げて苦笑した。


「今朝の事件は構成員の殆どに知れ渡っているよ、君が近くにいた事もね。だから君を白い眼で見る者は多いんじゃないかなぁ、ってことさ。加えて君は唯一の青嶋脱走者だし……色々な『噂』に取り憑かれた人物でもあるしね」


噂の内訳は聞かなくても分かる。組織が有耶無耶にした事件とはいえ、深矢が三年前の事件に関わりがあることくらい簡単に出回る情報だろう。何せ組織の構成員の大半は工作員スパイだ。


「……団長は、俺の味方ですか。それとも敵ですか」

「それは難しい質問だ。君の立場によって答えが変わるからね」


そう答えた団長の声色は打って変わって神妙なものだった。


深矢の立場というのは、組織の敵か味方かということだろうか。それとも、組織にとって危険な存在かどうかということか——前者ならば味方だが、後者の場合は何とも言えない。判断するのは組織側だからだ。


不意にエレベーターが止まり扉が開く。そこはもう既に見慣れた景色——梟の事務室がある、SIG本部の地下施設だった。

事件現場から連れてこられたのは組織所有の他の施設でも何でもない、本部のより地下深くだったらしい。


「本部への行き方は何通りもあってね。けど地下会議室に行くにはこの専用エレベーターを使うしかないのだよ」


そう説明した団長は降りないようだった。深矢はへぇ、と相槌を打ってフロアに出る。


その瞬間、辺りにいた構成員全員の意識が深矢に向いたのを感じた。これが団長の言っていたことか——深矢は無数の好奇の視線を身体中に感じながら精一杯平常を取り繕う。


エレベーターを振り返ると、閉まりかけの扉の向こうで団長が何か思いついたように手を叩いた。


「そうそう、これから出張なんだった。悪いんだけれど店は数日間休業させてもらうよ」

「そんな突然……?!」


聞き返すより早く、よろしく頼むよーと呑気な姿はドアに遮られてしまった。

扉が閉まると、一層周囲からの視線が痛くなった。こそこそした話し声は、自分と関係なくても耳に障る。


これは下手に動けないなと気を引き締めた。今この状況で田嶋陽一と松永組の繋がりが露見したら組織全体を敵に回すことになるのは明らかだった。


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