三年Ⅳ
「今さら何の用で?……蔵元先生」
陽一、もとい秋本深矢は、改めてその男を見据えた。
顔に傷を持ち、突然深矢の目の前に現れた男。
この男は、三年前に深矢が通っていた学校の教師だ。
「さあ?何だろうな?」
試すような目付きで、蔵元が挑発する。
冷静になって頭を回転させるが、思いつくことは一つだけだ。
組織を、三年前の事件を、探っていることが、バレた?
だから、
「俺を殺しに来たんだろ」
外部に組織の情報が漏れる前に、三年前の事件の真相を知られる前に、
「口止めしたいんだろ」
蔵元は気味悪くニヤリと嗤う。
三年前。
深矢の通っていた青嶋学園で、校長が暗殺される事件が起きた。
校長は、母集団である『組織』のボスも兼任していた。事件が起きたのは、深矢が校長の警備任務に就いていた時だ。
現場に居合わせた深矢は気を失っていて、目を覚ますとなぜか校長を撃った拳銃を持っていた。そのために深矢は犯人呼ばわりされ、学園の尋問室で拷問紛いの事情聴取を受けた。
つまり、濡衣を着せられたのだ。真犯人に嵌められて。
深矢は犯人ではない。何度もそう主張した——なのに。
あの時、周りの大人は誰も深矢の無実を信じてはくれなかった。
だから青嶋から抜け出し(退学し)、外から真犯人を暴いてやろうと、あの事件の真相を明らかにしようとしたのに。
ヤクザと手を組んでまでして、密かに探っていたのに。
三年経って、やっと手掛かりを掴んだここで殺されるわけには——
「残念。掠めてるが正解じゃねぇな」
警戒を高める深矢に対し、蔵元はニヤリと口元を歪め拳銃を下ろした。
取り敢えず、悪巧みがバレたわけではないようで心の中で一息吐く。
「……じゃあ何で」
蔵元は歪めた口元で、チッチッと舌打ちをした。
「お前さんよお、忘れちゃいねえか?俺は仮にも教師だぜ?」
「それがなんだ」
「教師が、可愛い可愛い元教え子の協力しちゃあいけねえか?」
クックッと喉奥で嗤いながら、蔵元が胸元から一枚のメモを取り出す。
「ここに、三年前の事件の関係者について情報が書いてある。好きに使っていいぞ」
思わず鼻で笑っていた。
「嘘に決まってる。そんな分かりやすい罠に嵌るかよ」
「嘘でも罠でも、ねえんだけどよ」
「じゃあその餌と引き換えに、どんな条件を突き出す気だ?」
蔵元は深矢の反応を楽しむよう、ゆっくりと口を動かす。
「お前さんに、組織に戻ってもらいたい」
「……は?」
意図が読めなかった。
「それこそ嘘だ。戻るも何も、追い出すような真似したのはそっちだろうが。それが今さらどの面下げて……」
「断るなら」
有無を言わせない口調で遮られる。
「お前さんの″裏仕事″を、組織に報告する。昨夜はいくら稼いだんだ?」
これには黙る他なかった。同時に、昨日の仕事で感じた謎の正体を理解した。あの不自然な尾行は、蔵元の仕業だったのだ。
問題は、″どこまで知られているか″。
「なに、お前さんにとっちゃあ趣味みたいなモンだろう?青嶋で習ったこと活かせば、大抵の金庫も監視も思い通りだし、隣町のあの高級住宅街は格好の
「
牽制するよう、自分でも思ってないほど鋭い声が出た。
「口の利き方に気ィ付けろよ。俺があのお友達のことを組織に言えば、言い方によっちゃあ、組織もお友達を放っておかないだろ。お前さん、″こっち″でできた友達を、裏社会に引きずり込みたいか?」
それは、圭と裏仕事をするようになってから一番避けていたことだ。
それを見越したように脅しやがって……
「だいたい、断るもなにもいい話じゃねぇか。組織に戻れば、内部から三年前の事件を探ることができる。外で未練がましく安っぽい裏仕事するよか、断然有意義だろうよ」
それに、と蔵元は手元のメモを深矢の目の前でヒラヒラを泳がせる。
「知りたいんだろ?三年前の、真実を」
……本当に。
深矢は人一人殺せそうな鋭さで蔵元を睨んだ。
……嫌な奴らだ。
「裏で一体何を考えてる?」
「何も。組織はやっぱりお前さんを欲しがった。それだけのこった」
この白々しい態度が癪に触る。しかし圭を危険に晒しかねないリスクは避けたいし、逆に受け取った際の利益は大きい。
最大限に警戒しながら、目の前に差し出された紙切れに手を伸ばす——が、紙切れは深矢の手を掠めて逃げた。
「おっと。二つ三つ、伝えるの忘れてたな」
芝居かかった様子に、深矢は空ぶった右手を握りしめる。
「……早く言えよ」
「まず一つ。俺がお前さんにこのメモを渡したことは秘密だ。これは、お前さんを組織に戻すための手土産に過ぎねえからな。もちろん、お前さんが三年前の事件について調べることも、誰にも知られちゃいけねえ」
「知られたら、今度こそ俺は殺されるんだろ」
「さあな。お前さんとは限らねえ。お友達って可能性だってある」
「……上等だ」
「それから、お前さんと同期だった奴らが……お前さんが特に仲良かった奴らだな。本部行きになったぞ」
「それが何だ」
「本部行きってことの意味を知らねえか?まあいい。重要なのは、お前さんが行くのも本部ってこった」
「行けばあいつらがいるって言いたいのか」
「嬉しいだろ?」
もう、二度と会うことは無いと思っていた奴らだ。今更何の感情も湧きはしない。
「それで、伝言は以上か?」
口元を歪ませた蔵元は、空中で握り締められた深矢の拳にメモを捩じ込んだ。
「……慎重に、使うんだな」
勿論だ。深矢は蔵元を見据え、今度こそ手に入れたメモを握りしめる。
「……組織の奴はいつ迎えに来る?」
このことを知られない為にも、組織に入るには色々と身辺整理が必要だろう。
「まあそう焦んなさんな。直ぐに分かる」
そう意味あり気に嗤った蔵元が、深矢の背後にある時計を指差す。
「それより、もうすぐ開店時間じゃねえのか?」
すっかり忘れていたことを指摘され、深矢は咄嗟に後ろを振り向く。
開店時間の五分前。時間はないが、まだ聞きたいことは……
しかし向き直った深矢は、思わず唇を噛んだ。
そこには誰もいなかったのだ。
蔵元の姿などなく、静まり返った店内がそこにあった。
鳴るはずのドアベルの音もなく。
今までのは全て夢だったとでもいうように。
手土産(メモ)だけが、深矢の手元に残されていた。
***
それから数分間、深矢はそのメモをジッと見つめていた。
頭だけを使い、様々な事を考えていた。思い出していた。
今までの事と、これからの事。そして現在の事。
三分と十二秒経った時、裏口に店長の気配を感じて咄嗟にエプロンにメモを突っ込んだ。
一つ大きく息を吸い、『田嶋陽一』の仮面をかぶる。
勢いよく裏口が開け放たれるとともに、陽気な声が飛んでくる。
「いやぁー、買い物してたらレジが混んじゃってね!ギリギリになっちゃったよ」
陽一は、呆れた表情で裏口を振り返る。
「そういう嘘は買い物袋を持ってから言ってください」
「うははー、バレちゃったー?なんてね」
年齢不詳、陽気な性格とお茶目とも言い難いふざけた言動。店長はこの店の雰囲気そのものと言っていい。
「あぁそうそう、何でか知らないけど裏のポストに陽一君宛の手紙入ってたよ」
そうして差し出されたのは宛名だけ書かれた真っ白な封筒。
「ついにお客さんからのファンレター、いやラブレター?いいねぇ熱いねぇ。でもこの店のポストに入れといて店長のこの俺宛じゃないってのがとっても不服」
店長がそう適当なことを言う一方で、その封筒を裏返して見えた印に目を見開いた。
長い嘴と足の鳥が翼を広げたシルエット。翼の部分には三つのローマ字が並んでいる。
『SIG』
紛れもなく、それは三年間追い求めていた組織の名称なのであった。
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