スナイプ・ハント

柚希ハル

プロローグ

 私立青嶋学園。

 存在すら知られていないこの学校は、関東の何処か奥地にひっそりと隠れるように建っていた。


 五月某日、まだ山の景色に春の面影が残っている頃、まるで要塞のような校舎の一室にはかつてない緊張感が張り詰めていた。


「まさか、このような事が起きるとは……」


 そう重々しいため息を吐いたのは、青嶋学園・副校長である。

その険しい視線の先には、今日発売の週刊誌の記事。


『志岐大学理事長、青嶋氏、か』


 青嶋学園はその名の通り青嶋氏を校長とする学校である。

その青嶋氏は、有名私立大学・志岐大学の理事長として知られている。


「あともう少し事故処理班が遅れていたら、警察に他殺という事が露見していたでしょうね」


 その青嶋氏は、つい昨日されたのだった。


「あぁ、それについては間一髪だったそうだね。それで、詳しい情報は」


 はい、と向かいに立つ教師が答える。


「大学内の教授等も含めたシンポジウム中の事件で、警備には組織の特別チームと、フィールドワーク中の本学生が二名ついていました。

何者かが警備を撹乱させ、その隙に拳銃で射殺された模様です」


「そして問題は……」

 副校長はもう一度深くため息を吐いた。

「その第一容疑者がうちの生徒、ということか……」


 そこで、教師が顔写真付きの書類の束を新聞の上に出す。端整な顔つきで射るような視線をこちらに向けている。副校長もよく見知った顔だ。


「秋本深矢、高等部一年、規則違反の常習犯ではありますが、成績は優秀で今回も代表として研修任務に参加していました。

昨日から事情聴取を行ってはいますが……そもそもの犯行を否定している状態です」


「私は彼がやったとは思えない。動機もなければ、彼の素行からしてもこんな愚かな事をする性格でもない」


「ええ、同じく。ですが状況を見る限りでは彼がやったとしか言えないようで」


「それだよ。校長を撃った拳銃を持って、撃ったと思われる場所に気絶して倒れていたのだろう?あまりにも間抜け過ぎる」


 副校長は険しい顔のまま顎を撫でる。


「……このままだと本部の事故処理班に彼を引き渡すことになりますね」

「あぁ、それは避けたい。向こうは何をしでかすか分からないからね……」


 その時、校長室のドアが慌ただしくノックされた。教師がドアを開けると、別の教師が血相を変えて飛び込んできた。


「緊急事態です!秋本深矢が逃走しました!」


 ***


 ——逃げたって?いやまさか。


 同時刻、青嶋学園の潜む山の麓。

 一人の少年が万物を射抜くかのごとき視線でその山を見上げていた。


 彼こそ渦中の人物、秋本深矢である。


「逃げたんじゃない……」


 悔しさ、もどかしさ、そして憎しみ。

殺人の濡れ衣を着せられた弱冠十五歳の少年の瞳には負の感情が入り混じっていた。


 その背中に、昇り始めた朝日が差す。


 絶対に真犯人を突き止めてやる。そのために外に出たのだ。


 そう固く決意して握りしめた拳からは、小さなネックレスが朝日に反射して輝いている。


 大事な人から託されたものだった。

また逢おうという約束の証。


 それをポケットにしまい、少年は山に隠れて見えない学園を一瞥してその身を翻した。

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