第2話

 緑輝く高台にある私立学園の学生寮『月詠寮』。ここに暮らしている寮生数4名。なお、現在新家主が確認した人数は、2名。

「犬耳くん!」

「…は?」

犬耳くんは機嫌悪そうにジロリと私を睨んだ。顔がいい人は何やっても様になっていいわ~

「彼は、朧月 朗ろうげつあきらくん。2年生です。」

鉤月さんが不機嫌オーラを遮って紹介してくれた。

「同学年なんだ!改めてよろしくね。」

「…つか、マジでこいつもここに住むのかよ…」

チッとか舌打ちされた…。な、なんでよ!スゲー迷惑そうなんですけど。

「そりゃ家主ですから。」

「いや、そーじゃなくてだな!」

朗は更に声を荒げた。かと思えば、何か言いにくそうにモゴモゴとしている。

「その…、アンタ女子だろ?いいのかよ…」

「は?」

その時、廊下の奥から足音とゆる~い声が…

「んおーー、朗ぁ~」

朗の声と重なる。

「この寮、男子しかいないだろ。」

「…え…?」

突然、誰かが朗に腕を廻してのしかかる。その先を追った目に飛び込んできたのは、眩しい位の肌色。湯上がりの上気した頬、濡れた金茶の髪。凄く、整った顔面。

てゆーか、てゆーか。

裸。

「はだっ…裸ァーー!」

「あれ?誰、誰?朗のカノジョ?」

「違う」

「違います!俺のっ…あ、じゃなくて、マスター由依は今日からここの家主です!」

鉤月さんがフーッと威嚇するが、裸イケメンは明らかに猫扱いでいなしている。

いや、猫なんだけどね。しかも彼は朗に拒否られ押し退けられながらもまだキラキラしている。

…あの、私、キャーとか女子っぽい声出してんだけど…無視かい?

呆然とする私をよそに、三人はワァワァと騒ぎ出している。

「……っ、服を着ろーーー!!」

「おっふ!」

至近距離でチラつくイケメンの裸体に耐え切れず、必殺の上段回し蹴りが炸裂。回避できずまともに食らった彼はそのまま床に転がった。勢いで腰のタオルが宙を舞う。

「あ」

「いぃいやぁぁぁーー!!」

館中に私の絶叫が響き渡った。

 

「彼は淡月 糸あわつきいとくん。2年生です。」

「どーも、よろしく〜」

ゆるい。

若干ボロくなってしまったイケメンは(ちゃんと服を着て)私の前に座っている。その隣には朗。

 私達はとりあえず、共有スペースのリビングで話すことにした。鉤月さんが手際よくお茶を出しながら、紹介してくれる。

これで、この寮に住んでいる人は3人。…あと1人?

「少なくない?」

「まぁ、この寮は特別なんで…この位が丁度いいんですよ。」

「特別って、また『魔女』とかそういう関係?」

冗談半分で言うと鉤月さんは、ニコニコで感心してくれた。

「さすが、その通りです!」

「え、マジで…」

裸イケメンこと糸くんがハイハイ!と挙手する。

「俺はね、吸血鬼。んでコイツは狼男!」

ついでに、みたいに朗を引っ張って付け足す。案の定、朗はムスッとしている。

「きゅ…えぇ?」

混乱する私に糸くんはホラ、と牙を見せてくれた。確かに、吸血鬼のお約束な牙があった。

「俺は猫の使い魔ですから、猫又に近いですね。」

朗らかに鉤月さんが笑う。ちょっと得意気だ。おいおい、そこは乗っかる所ではないでしょ。

「そして、我らが主の『月の魔女』…マスター。ここは、黒月学園に在籍する魔の眷属の為の居場所、学園長公認の特別施設です。」

「学園長、公認?」

なんと。

「その証拠に、5人目の寮生は学園長ですから。」

そんなバカな…

更に糸くんが続ける。

「まぁ、気楽にしてね。月の寮は楽しいよ~」

「はぁ…」

まだ実感が湧かないのか、微妙な返事になる。

「あぁ、あとここは偶々男子しか居ないだけで、男子寮じゃないですからね!」

付け足す様に鉤月さんが言ったが、実際男子寮状態という事に変わりは無いわけで。

早くも不安しか無い。…学園長に会わないと。色々聞いておかないといけない。

ああ、月の寮に夜がやってくる。

彼の人と共に。


 窓を開けると、心地よい夜風が頬を撫でる。湯上がりの濡れた髪や肌が夜に染まる。

「ふぁ〜」

私の部屋は3階になった。聞けば3階は女子専用階らしく、今の所は誰も居ないんだそうだ。…ちょっと淋しいな。

ぐるりと室内を見渡す。二部屋分の広さがあるらしい。オーナーだから、みたいだけど思いがけず嬉しかった。

同居人というか、家族の多い家で育ったせいか部屋はいつも狭かったからだ。こんなに広い部屋が自分一人のものだなんて…

「贅沢すぎる!」

テンション上がります。

ベッドカバーも何か、刺繍やらレースやらの付いたやたら可愛い物だ。

(これ、鉤月さんが用意したのかな…)

何処からか、甘い花の香が漂う。窓辺に飾られた花かな?と、その方向に視線をやってドキリとする。

ひらり、翻る白色。

窓の手すりに舞い降りた長い脚。翻る白いトレンチコート。

「え…?!」

誰?てか、何?!ここ、三階!窓の外!?

思わず飛び退いて、戦う構えをとる。しかし、警戒する私に優しい声が降る。

「こんばんは、お嬢さん」

舞い降りた声の主は、手すりから窓枠へ。身を屈めて部屋の中に入ってきた。優しい微笑みの男の人。

いつの間にか、自然に手を取られて引き寄せられる。あっという間に腕の中へ。漂う、バラの香り。

「えっ、あの…誰?」

「ようこそ、月の寮へ。待っていたよ、由依。」

抱擁を解き、私を見つめる優しい瞳。

この人、どこかで…?

「私は、夜灯黒月やとうくろつき。君のお祖母様の弟子で魔法使い。ついでに黒月学園の学園長だよ。」

「えっ、学園長?!」

出た!会ったら色々聞きたい事があったのに、全然出てこない。

とりあえず、わかっている事と言えば、祖母の遺志でこの学園での後見人に指名されている人だと言うこと。おかげで、この学園に編入するためにめちゃくちゃ勉強頑張ったんだよね…。

学園長はなんだか凄く優しげな微笑みを私に向けてくれる。不思議な人。

「さぁ。」

学園長は、私の手を取って掌を広げさせた。その上に自分の拳を翳す。

「君に返そう。」

握った掌をゆっくりと開くと、私の掌にシャランと何かが落ちた。

「鍵…」

それは、アンティークな鍵のペンダント。古いが凄く凝った造り。くすんだ金色はランプの灯りに照らされて夕焼け色に光る。

「マスターキーだよ。今日から君が持ちなさい。」

「マスターキー…?」

「そう、これは月の寮の全ての鍵。開けたいと思えば開くし、閉じたいと思えば鍵を掛けられる。…人の心さえも。」

「え?」

きょとんと聞き返す私の手を、学園長は優しく包んだ。

「君の体、君の心…君のすべてが鍵になる。これを使いこなすのが『月の魔女』の役目だよ。」

されるがままにもう一度手を開くと、そこにあった筈の鍵がない。消えた。

「大丈夫、君の中にある。」 

「がく…」

混乱して慌てる私に、学園長はいたずらっぽく笑う。

「違うよ。今日から私は君の先生だから、クロ先生と呼びなさい。」

「えっ」

「ク・ロ・先・生!」

ハイ、と促される。

「…クロ先生…」

「よく、出来ました。」

よしよし、と満足そうに頭を撫でられる。

なんだコレ…

「あぁ、そうだ。由依、おいで。」

おいで!って、先生、そっちは窓です…

半ば強引に手を引かれ、窓際に連れてこられた。夜風に髪がたなびく。

今一度言うが、ここは三階。そう、三階なのだ。落ちたらごめんじゃ済まない高さ…下手したら死ぬんだけど。

先生を見つめるけど、気付かない。というか、気付かないふり?

「手を。」

「えっ、…いや、あの」 

私が戸惑っていると、突然体が浮いた。

「うわっ」

「今夜はいい月夜だ。少し散歩でもどうかな?」

気付けば、学園長の腕の中だった。

お姫さま抱っこで私を抱え、足は窓枠に掛けられて、今まさに飛び降りようとしている。

「ひっ…」

次の瞬間、ほーいと彼は飛び降りた。 

(し、死ぬーー!)

が、急に落下速度を感じなくなった。それどころか、ふわりとした浮遊感。

「大丈夫だよ。」

目を開けると、夜空。

私は学園長の腕に抱かれて空を飛んでいた。

彼の足元には、箒。…箒?

「箒立ち乗り。ふふ、格好いいでしょ」

学園長は、月を背負って微笑んだ。

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