隣の山田

Data

1.

 窓の外、風が潮の匂いを運んでくる。

 ぼくは左腕で頬杖をつきながら、外でウミネコが鳴きながら羽ばたくのを眺めていた。

 机の上には白紙のノート。右手は絶え間なく芯を出したりしまったり、くるくる回したりと忙しないシャーペン。

 ぼくの周りでは談笑したり、板書を写すノートに黒鉛が擦れる音が絶えない。教師も取り立てて咎めたりする気力もないのか、ただただお決まりとなった授業の流れを繰り返している。

 肩を叩かれる。

 隣の席の山田だ。彼女は拝むように両手を合わせ、

「ごめんノート見せて」

 と懇願した。その黒いミドルヘアーについた寝癖と鼻からズレた眼鏡が可笑しい。

 ぼくは無言のまま何も書いてないノートを見せる。

「これでいいなら」

「いらん」

 山田は呆れたようにあーあと嘆息すると自分のシャーペンを手に取り、しばしくるくる回したかと思うとやがてそれにも飽きて放り投げた。頭の後ろで手を組んで椅子の上でずるずると伸びをする。

 ぼくはそんな山田の姿を一瞬で目に焼き付け、紙面上にシャーペンで大まかに輪郭を描いた。その上に細かいディテールを加えていき、仕上げにペン入れのつもりで濃くなぞる。

「上手いね」

 横から覗き込む山田。

「五点」

「最高記録だ」

 今までは二点までしかもらえなかった。

「でも実物よりも可愛いから−五点」

「このブスが」

 消しゴムで消してやった。

「なんてことを……」

「また描いて欲しいなら金取る」

 拳で頭を小突かれた。

 チャイムが鳴る。

 教師は早々に退散した。きっと生徒が嫌いなんだろう。公立高校の給料程度じゃ相手にするのは割に合わないと考えているに違いない。もっとも、あまり課題を出さないことに定評があるのでそれなりにありがたい存在ではある。

 ぼくは足を組んで机に投げ出す。

「あーあ、つまんねぇの」

 両手を頭の後ろで組む。

 山田も同じ格好で嘆息した。

「お前下着見えるよ」

 ぼくは指摘する。

「見せてんだよ」

「きも」

 山田はスカートの裾をつまみ上げ、徐々にたくし上げた。

「見たい?」

「金払うから見せるな」

「ほれ」

 ばっ、と一瞬スカートを素早く捲った。

 ノーパンだった。

「いやなんなのお前」

「びびってやんのー」

 ビビるどうこうの話ではない。犯罪である。

「セクハラだって教師に言うわ」

「残念、君に下着脱がされたって騒いでやるから」

 むかついたのでさっきの光景を絵に起こしてやることにした。クロッキーではあったが、一見して山田だとわかるクオリティには仕上がった。

「リベンジポルノ作戦だ。お前がそのつもりならこっちもこの絵をクラス中にばら撒いて毎晩のお楽しみのお供にしてやることにしよう」

 山田は喉を詰まらせたような声を出した。

「卑怯な」

 セクハラした上に冤罪をかけようとした女のセリフとは思えない。

「やれやれ」

 結局ぼくらは休戦協定を結ぶことにした。所詮はガキのお遊びだ。

 ぼくは椅子から立ち上がるとベルトを外し制服のボトムスを下ろした。次いでボクサーパンツを脱ぐ。

 周りの視線が痛い。女子の悲鳴、男子の歓声。

「えぇ、なにしてるん」

「はい、誕プレ」

 ぼくは山田の顔面にパンツを投げる。

「汚っ!」

「淑女をノーパンで過ごさせるわけにはいかないんだよ」

「それをブラつかせながら言うな。変態紳士かよ」

「お揃いだな」

 ぼくは哄笑する。

 周りはゼロKくらいの冷ややかさだった。なのでさっさとボトムスを履く。

 山田が端末を取り出しながら言った。

「おい、お前のポケットになんか入ってるぞ」

「?」

 彼女はぼくの尻ポケットに手を伸ばすと何かを引き抜き、かざした。

 女物の下着だった。

「これはわたしの下着だな。さてはお前盗んだな」

「ちがう!」

 ハメられた。ぼくが盗んだことにしやがった。さらに撮影までしながら。

「よこせ」

 端末を奪おうと手を伸ばす。山田はひょいと端末を逸らした。行き場を失ったぼくの手は山田の双丘にぶち当たった。布ごしにやわらかい感触。

「おおっとぅ!次は強姦かぁ?!」

「あ…」

 股間が立ち上がり、閉めていなかったファスナーの間から顔を覗かせた。

 シャッター音。

「順調に墓穴掘ってるねぇ」

 下から掬い上げるように蹴りを入れた。山田はふうわりと軽やかに舞う。

「くそくそくそ」

 教卓に着地する山田。クイクイと指を曲げて挑発する。日頃なんてことない動作が、今は卑猥に感じる。

 教室の引き戸が勢いよくスライドした。入ってきたの女教師だ。

 教師の瞳にふりちんのぼく、ノーパンの山田、撮影機能を起こした端末を構える生徒たちが写る。なにかあったのは一目瞭然。

「おい」

 その喝は強烈でさながら電撃が走ったかのようだった。ぼくらは一人も余さず静止した。

 それから各々、下着を履いたぼくら二人は職員室でこってりと絞られた。

 女教師こと進藤はキレキレにキレて事務机をバンバン叩き、ドスの効いた声で次やったら殺すと脅した。当然ぼくらはそれを録音し、何かあった時に暴露しようと決意した。

 職員室を出た時にはもう放課後だった。二人してドアの前で伸びをし、夕陽に目をやる。

「あー疲れた」

「あいつよくあんな声出せるよな」

「ね」

 ぼくはあくびをする。

「あ、これ返す」

 山田がいそいそと下着を脱ぐとこっちに放ってきた。ボクサーパンツである。

 対するぼくは山田の下着を脱いで手渡した。

 お互い職員室に引っ張られる前に急いで履いたものだから間違った方を選んでしまっていた。アホどころの話ではない。

「帰るか」

 帰りに学校裏手の入り江に寄った。流木のベンチに並んで腰掛けながら自販機で買ったコーラを流し込む。しばらくして山田は流木下の地面のやや凹んだ部分を掘り返した。出てきたのは缶。それも大麻入りのだ。

 山田は火をつけてそれを吸う。ややもすると成分が回ったのかぼうっとしだした。ぼくも山田の手からそれをぶんどると思い切り吸った。

 ぼうっ……。

 そのあと二人で口づけを交わした。口腔を通じて互いの唾液を飽きるほど交わらせ、貪り合う。

 そのまま一発済ませ、その後空腹を満たすために下校した。

 居酒屋に入り、ぼくはウーロンハイ、山田はマムシ酒(アルコール度数100%)を注文。三つ隣の席に母校の教師たちが仕事終わりの酒を浴びに来ていたがなにも言われなかった。ぼくらは疫病神みたいなもので関わり合いにならない方が良いと判断されているらしいと以前友人が言っていた。ちなみ最近そいつにも縁を切られた。

 へべれけになって接吻し合った。山田がぼくの手首を掴んで自分の襟元に差し込ませる。下着越しに乳房の感触。

「ここでする?」

「やるしかない」

 給仕係が料理を届けにきた。

「おまたせ……しました」

 やめるしかない。

 給仕が料理を並べている間、ぼくらは神妙な体を装った。実際装い切れていなかったと思う。

 給仕が去った。

 ぼくらは顔を見合わせた。山田が両掌でぼくの頬を包み込む。

「顔ちっちゃ」

「脳みそも小さくて悪かったな」

「成績もビリだし」

「いつもぼくと最下位争いしてる奴が何言ってんだ」

 そのまま続きをしようとしたところで脳内に通知音が甲高く響き渡る。

 ぼくはめんどくさいなと思いながらポケット内の端末の通話をオンにした。

「なんです?」

『五分前にマーシャンのクソ野郎どもが空から降ってきやがった』

 通話先の相手は開口一番にそう言った。相変わらずの冷たい声音だ。

「……五機ですか?」

『一機だ』

「なわけないでしょ」

 マーシャンはいつも最低五機は引き連れてくる。集団での一撃離脱。ピンポイントでフロンティアの重要拠点を破壊して去っていく。その変態機構によるステルス性能はバカにならない。こちらはいつも後手を踏まされるのだ。基地の探知機はただの飾りと化している。

 今ご飯食べてるんだけどな、とぶつくさ言いながらもぼくは身なりを整え始める。

「招集?」

 乱れた衣服の前を直しながら山田が聞いた。無言で頷く。

「せっかくアルコールキメたのに、やんなっちゃうわー」

 ぼくも頷く。

 まったく、同感である。

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