第二章~Nice to me to Vampire~


 フォルティシアは吸血鬼である。

 吸血鬼とは、人に生き血を糧とし、長い時間を生き、銀やニンニク、日光を嫌う怪物。

 フォルティシアは人間が興味関心を持っていた。人間が好きといっても過言ではない変わった吸血鬼である。人間のことが知りたくて、フォルティシアは様々な国へと旅していた。

 そしてフォルティシアは初めて日本にやってきた。他の国とは違って独特な文化を持つと言われている国。どんな人に出会えるのだろうと心を弾ませてやってきたのだが、日本独特の肌にまとわりつくような暑さにやられて倒れてしまった。

 そんな時に出会ったのは、人ではないと気づきながらも家に招き入れた、お人好しな男だった。




 ビルの上に佇むフォルティシアは、ある美容室を眺めていた。先日、自身を助けた男、西城桐斗が働く美容室だ。日本人にしては長身で、見た目は二十代の男。長い黒髪をポニーテールにしていた。

 本当なら日本観光をする予定だった。だが先日、自身を助けた桐斗のことが気になり、半日ビルの上から観察していた。

(一見、普通の美容師なんだけど……気配が妙なのよね。人間の気配なのは確かなんだけど、少しだけ違うのが混ざっているような……あと時折、目線が空に移動しているのよね。こちら側の存在を視認出来るのは確かなんだけど……)

 次々と疑問が浮かんでくるが、半日観察しても明確な答えは出てこなかった。気づくと空が暗くなりかけており、仕事を終えて帰路へと向かう人が目立つ時間になっていた。

(こうなったら直接聞いてみるしかないわね)

 そして桐斗が美容室から出てくるのを確認すると、フォルティシアはビルの上から飛び降り、桐斗の傍へと着地した。

「こんばんは」

「うわあ!」

 驚いたのか勢いよく後ろに下がった桐斗。

「えっと……フォルティシア?」

「あら?覚えてくれてたの。嬉しいわ」

 対してほんのりと笑みを浮かべて返すフォルティシア。

「そりゃあ、あんな衝撃的な出会い方だったし……忘れる方が難しいと思うけどな」

 苦笑いを浮かべながら答えた。

 改めて見ると、桐斗はかなり長身の分類のようだ。フォルティシアの身長は平均よりやや低めで、ヒールのある靴を履いているため実際の身長より数センチ高くなっている。それなのに、フォルティシアの頭が桐斗の胸までしか届いておらず、見上げないと桐斗の顔が見えない状態だ。

(この人、よくよく見ると整った顔立ちしてるわね)

 男とは思えない綺麗な顔立ち。さらに長い黒髪をポニーテールにしているからか、一見女性のように見える。

「えっと……どうしたんだ?忘れ物か?」

「忘れ物ではないわ……あなたとお話しに来たの。桐斗」

「え……」

 予想していなかった答えなのか、返答が出来ない桐斗。

「とりあえず夕飯の時間だし、一緒にご飯でも食べない?」

「いいけど、吸血鬼って生き血が主食なんだよな?」

「私は人間の食べ物でも大丈夫よ」

「そうなのか?だったら……」

 桐斗は懐から携帯を取り出した。数分後、

「ファミリーレストランでいいか?いろんな種類があるから頼みやすいと思う」

「ええ。いいわ」

 そう言われて、数分歩くと英語で書かれた店にたどり着いた。

「ここ、結構美味しいし、ピザとかドリアとかいろんな種類の料理があるんだ」

 嬉しそうに話していることから、ここのレストランはかなり気に入っているのだと感じた。中に入り席に座る二人は、注文票を手に取った。

「それじゃあ……ミートスパゲッティとハンバーグと……シーフードドリアも美味しそう……それとシーザーサラダとステーキと……」

「おいおい!頼みすぎだろ!それ全部食うのか⁈」

「うん」

「マジで」

「まあ私、血を普段飲まない代わりに、人間の食事を倍以上食べないと栄養にならないのよ」

「え⁈」

 桐斗は目を見開いた。

(何だが今日は驚いてばかりね)

と呆れながら口を開く。

「そんな驚くこと?パンダだって肉食獣だけど笹をずっと食べてるでしょ?それと同じ」

「そう言うもんなのか?」

「そう言うもんよ」

 話していくうちに、それぞれのメニューが決まり注文した。ちなみに、フォルティシアは頼んだメニューをすべて大盛にした。

「えっと……それで話ってなんだ?」

 待っている間、桐斗が恐る恐る問いかけた。

「別に重大な話ってわけじゃないわ。ただ、興味を持っただけ」

「興味?」

「ええ。私、人間という種族に興味があるの。それで百年以上いろんな国を旅してる」

「百年以上⁈」

「正確に言えば百二十年くらい?」

「さすが吸血鬼。十八歳くらいにしか見えないのに」

「ちなみに、吸血鬼の中では若い方よ。百五十年しか生きてないもの」

「規模が違う……」

 開いた口が塞がらないという表情だ。

「いろんな国を周って、いろんな人間を見た。だけど、あなたのような人は初めて会ったわ。人間のようだけどうっすらと違う気配が混じっているあなたのような存在を……ね。ねえ……あなたって……私には見えないものが見えてる?」

「‼」

 桐斗の目が見開いた。

(どうやら当たりのようね)

「吸血鬼ともなると分かるのか?」

「まあ、気配と勘。あと経験かなあ」

 沈黙が流れる。その間に、頼んでいたメニューが届いた。テーブル一面に並べられた料理を口に運びながら、桐斗が離し始めるのを待った。深いため息が聞こえた後、

「そこまで考察しているなら、隠しても無駄だな」

と観念したように答えた。

「俺は縁の糸が視えるんだ」

「縁の糸?」

「ああ。家族の縁、友達の縁、恋人の縁。そんな関係を糸で視えるんだ」

「……嘘でしょ?」

「本当だよ」

「それじゃあ、私とあなたに縁の糸はあるの?」

 そう聞くと、桐斗は視線を下に下げ、穏やかな笑みを浮かべた。

「薄い黄色の糸が結ばれてる。縁の糸にはそれぞれ色があって、それぞれに意味がある。薄い黄色は知人。まあ、お互い知っている関係だな」

 大まかで、かつ的を射ている回答だった。フォルティシア自身が視えないので半信半疑なところもある。

(信じられない力だけど……嘘を言っている感じではないわね。こちら側視えない人間ってこういう気持ちなのかしら)

「へえ……すごいわね。生まれつきなの?」

「いや、一年前。あることがきっかけで視えるようになった」

「あること?」

「今、ニュースでやってるぜ」

「?」

 そんなこと言われても、ニュースで取り上げる特集なんて星の数ほどある。見当がつかず、フォルティシアは首を傾げた。

「一年前の飛行機事故。俺は、その事故の生き残りなんだ」

飛行機事故と聞いて、先日テレビでやっていたニュースの情報を引っ張りだす。

「それって……生存者は一名って」

「ああ。俺が唯一の生き残りなんだ」

 悲しい表情をしながら語った。

「あの事故から、縁の糸が視えるようになった。あと、幽霊とかもな」

「……それで、怪物である私にも慣れてたってこと?」

「いや、さすがに吸血鬼は初めてだぜ」

 そう言いながら料理を口に運ぶ桐斗。対してフォルティシアは新たな疑問が浮かんで、食事の手が止まる。

(死にかけてこちら側を視認できるようになった事例はある。だけど、縁の糸という事象に関わるようなものを視認できるようになるもの?それとも……)

「桐斗。あなたって親族に妖怪とか怪物っているの?」

 そう問いかけると、桐斗は口に入れていた食事を吹いた。

「いやいや。家族も親戚もれっきとした人間だよ」

「ふ~ん」

(血縁関係にそのような存在が居たなら、死にかけたことで覚醒したとかという事例もあるから、あり得なくもないけど……桐斗の遠い先祖がそういう存在だったか、あるいは別の要因か……)

「その縁の糸って……切ることが出来るの?」

 すると、桐斗の手が止まった。しばらく沈黙していると、重たい口が開いた。

「さあな。やったことねえから」

「……そう」

 何か含みがある言い方に違和感を覚えながら、フォルティシアは食事を勧めた。


 食事を終えて外へ出た頃には、時刻は二十時半になっていた。

「よく食べたなあ。常人の五人前はいっていたような」

「それくらい食べないと栄養にならないのよ」

 夜の街を歩くと夏らしい温かい風が吹いてくる。体にまとわりつくような暑さは日本独特な暑さだと感じた。そう思いながら歩いていると、一際大きいポスターが目についた。花火大会のポスターだ。日付は明後日になっていた。

「花火みたいのか?」

「まあ、せっかく来たしね」

「その祭り、盆踊りとかもやるんだよ。いろんな屋台もやるんだ。焼きそばとかたこ焼きとか……イカ焼きとかも売ってるぜ」

「魅力的だけど……祭りに行くんだったら浴衣も必要でしょう?私、まだここの地理知らないし、お店もよく知らないし……」

 祭りの雰囲気や食べ物も気になったが、日にちが近すぎて準備出来ないと考えた。すると、

「一緒に行くか?」

「え⁈」

 突然、桐斗が申し出てきた。

「一人で行くよりいいだろ?明日からお盆休みに入るから、俺も見に行こうと思ってたんだ」

「……確かに案内する人がいたらいいなあとは思ってたけど……貴重な休みを私に費やしていいわけ?」

「結局俺も行く予定だったし……『旅は道連れ世は情け』って言うだろ?」

「何それ?」

「日本のことわざでな。旅って何があるか分からなくて不安だろ?その時、同行者が居ると心強く感じる。それで、人生という旅も人の情けや思いやりが心強く感じるから、助け合う気持ちが大切だよっていう意味のことわざだよ。俺の好きなことわざなんだ」

「へえ……。それ、いいわね」

 自然と笑みが零れた。

「まあ……だったら、明日買い物付き合って。ここの地理詳しくないし……祭り行くんだったら浴衣も買いたい」

「おお、いいぜ」

 明るい笑顔で返された。

(この男……人が良すぎるのでは?日本人は人がいいって聞くけど……)

「桐斗、悪い人に騙されそう」

「急にどうした⁈」

 こうして明日、買い物に付き合うことを約束した後、フォルティシアは桐斗と別れた。

 人が良すぎる男、桐斗に対し心配な気持ちを胸に残しながら、かつ明日のことを期待しながら帰路に着いたのだった。

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