停滞

 初めの頃は飛び越せば向こうの岸に渡れそうだった小川も、いつの間にか何倍もの幅になっていた。ルティアとシェサの二人は、ゆるやかに流れる川に沿って、会話もないままに歩いていく。


「ねえ、疲れないの?」


 沈黙に耐えかねて、ルティアが口を開く。


「別に……」


 シェサはそっけなく答えて、ただ歩みを進める。


「でも、もう何時間も歩き詰めよ?」


 シェサは足元がおぼつかず、今にも転んでしまいそうだ。ルティアはそれを心配して語りかけているのだが、シェサは歩くのをやめようとしない。


「ルティアは疲れないの? 僕よりもずっと小さいみたいなのに」


 跳ねるように歩くルティアを横目に見ながら、珍しくシェサが会話に加わる。ルティアはシェサが話してきた事が嬉しくて、片足で「トンッ」と飛び跳ねるとニッコリと微笑む。


「だから言ったでしょ? あたしは歌の精なの。見た目と年齢は関係ないの。年下に見えても、あたしはあんたより、ずぅーっと年上なんだから」


 ルティアはそう言ってから、思い出したようにシェサに尋ねる。


「そう言えば、あんたっていくつなの?」


「十一」


「ふーん。じゃあ、あたし。あんたの十倍は生きてるわ」


「じゃあ、おばあさんなんだ」


 シェサはそっけなく言って、近くの木の根元に座り込む。しかし、こんな事を言われて、ルティアが面白い訳がない。


「おばあさんってなによ! 妖精は、人間よりずっと寿命が長いから歳をとるのが遅いの! そんで人間よりずっとすぐれてるんだから!」


 ルティアはひとしきり叫んで落ち着いたのか、シェサのとなりに腰を下ろす。


「やっぱり、疲れたんでしょ?」


 ルティアの言葉にシェサは首を横に振る。


「別に……。ただ座りたくなっただけ」


「いじっぱり!」


 ルティアはそう言うと、また竪琴たてごとをかき鳴らし始めた。


  月だけが見てる


  月だけが……


「さっきから、そればっかり……。続きが思いつかないんなら、初めにうたってた歌でもうたいなよ」


 シェサはルティアの歌をさえぎるように告げる。すると、ルティアは竪琴を弾く手を止めて、無造作むぞうさげんの一本をピンとはじいた。そして、弦の余韻よいんが鳴り止んでから、つまらなそうに口を開く。


「あのね。歌にはさ、やっぱりそれなりの環境っていうか、雰囲気っていうか、そういうものがいる訳よ。ここであの歌をうたうのってなんか場違いなのよ」


「それでもいいからうたいなよ」


「うん。でもさ、あたし、昔の事なんて覚えてやしないもの。だから、もう、どんな歌だったか忘れてしまったわ」


「そう……」


 シェサはそう言うと立ち上がり、ゆっくりと歩き始め。ルティアもそれに気付いて立ち上がると、竪琴の弦を一本はじき、また「月だけが見てる」とうたいながら後について歩き出した。

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