episode.36

シルヴィが次に目を覚ました時には、よく見知った自室のベッドに寝ていた。


ああ……やっと帰ってこれた。そんな安堵の気持ちでいっぱいだった。


「──起きたか?」


その声に驚き横を見ると、アルベールが当然のように椅子に腰かけ本を手にしていた。

その姿はもう騎士ではなく、いつもの総監様の装いに戻っていた。

もう騎士の姿は見れないと思うと正直残念ではあるが、これがいつものアルベールであり、何となく安心する。


「体は大丈夫か?どこか痛むところはあるか?」

「え?いや、すこぶる元気ですが?」

「それならいいが……」


アルベールは診察するようにシルヴィをまじまじ見た。


(あれ?総監様ってこんなに心配性だっけ?)


大丈夫だと言っているのに、アルベールは脈を取ったり目を見たりと逆にシルヴィが心配になる程の過保護感。


「……脈が少し速いな……」


「それは貴方様が触れているからです!!」と言いたいが、何となくそんな事が言える状況ではない。

ちゃんと空気は読みますよ。


「今回はすまなかった」

「へ?」

「私が君を残して王都に戻ったのがいけなかった。一緒に連れてくれば君はこんな目に遭うこともなかったはずだ」


目を塞ぎがちにアルベールが言う。

確かに、アルベールと一緒に戻ってきていればパウルに攫われることもなかっただろうが、あの人の事だ。きっと違う手でシルヴィを自分のものにしようとしただろう。


「いやいや!!総監様の責任ではないですよ!!それに総監様はちゃんと助けに来てくれましたし!!」

「当然だ。恋人が攫われたと聞いたらいても立ってもいられんだろ?」


『恋人』と言う単語を聞いて、嘘だと分かっていても顔が熱くなる。


(でも、もうこの関係ももう終わりだ)


パウルとの一件はこれで解決と言えよう。となれば、アルベールを縛り付けておく訳にもいかない。


本当は、少し……いや、嘘だ。大分寂しいし、このままでいたいと思ってしまう。アルベールが他の女性に笑いかける姿を想像するだけで胸が苦しくなる。それは、嫉妬と呼べるものだろう。


(こうなりそうだから嫌だったんだよ……)


こんなドス黒い感情を推しに向けるのが嫌で、恋愛対象外にしていたと言うのに……


仮の恋人だったアルベールは、職場で見せる雰囲気とは全然違い優しい一面もあり、可愛いと思うこともあった。

アルベールと一緒にいた時間はとても楽しくて、推しであるが彼でもあるアルベールが本当に愛おしかった。


だからアルベールが助けに来てくれて本当に嬉しかった。


(これ以上思い出に浸ると泣く……)


グッと拳を握りしめ、アルベールを解放する一言を言おうとするが、中々声が出ない。


(大丈夫。これは一時の夢だったと思えば大丈夫……!!)


これ以上、自身が黒い感情に飲まれる前に!!


「総監様、今まで本当にありがとうございました」


土下座するぐらい深く頭を下げると、何かを察したアルベールの表情は一瞬にして曇った。その表情にシルヴィは気づいていない。


「これ以上総監様にご迷惑をかける訳には参りませんので、仮の恋人役の解消を──」

「断る」

「ええ、そうですよね、ことわ……──ん!?!?!!??」


シルヴィは自分の耳がバグったのかと思い顔を上げた。

そこには不機嫌なアルベールが腕を組んで睨みつけている。


「えっと……なんと?」

「断ると言ったんだ」


聞き間違いじゃなかった。


「いやいや、パウルとの件はもう終わりましたし、総監様が無理をすることないです!!」


と言うのは建前。本当は自分がこれ以上一緒にいるのが辛いから。


「……そうか……」


その一言を聞いて、ズキッと胸が痛んだ。

ああ、やっぱり無理していたんだ。


(やべ……泣きそう……)


アルベールの本心に気づき、目頭が熱くなるシルヴィは何とか泣かないように頑張った。


これで終わる……そう思っていたのに、アルベールがシルヴィを前にして跪き、手を取った。

その行動の意味がわからず狼狽えるシルヴィ。


「……しっかり言葉にしていなかった私に非があるな……」


そう前置きしてから


「シルヴィ・ベルナール男爵令嬢。心より愛しています。私と仮ではなく、本物の恋仲となってくれませんか?」

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