episode.26

「…………それは何に対する謝罪だ?」


ベットの上でちゃんと背を正し、アルベールに誠心誠意謝罪をした。

だが、アルベールは何処か不満そうに顔を歪めている。


「お見合いを断るためとは言え、総監様を巻き込んでしまいました」

「君は見合いに前向きではなかったのか?」

「それはそうなんですが……正直、あの方と一緒になった自分を想像すると苦労する未来しか見えないんです」


パウルに会うまでは確かに前向きだった。

実際、目にしたパウルは極上の眼鏡男子だったが、あのチャラチャラ感がシルヴィを落ち着かせてくれた。


いくら女遊びをやめると宣言してくれたとしても、女好きと言うのは簡単に治るものではない。

それこそ、女好きを治す薬が欲しいぐらいだ。そんなものがあれば、世の女性達が血眼になって欲するだろう。


まあ、要は口では何とでも言えるって事。


パウルは商人だ。口が上手いことだって知ってる。そこまでシルヴィは馬鹿じゃない。


「そうか……なら、このまま私と恋仲という事にしといた方がいいだろう」

「いえいえいえ!!そんな滅相もない!!きっと縁談は破談になってますから大丈夫です!!」


これ以上アルベールに迷惑はかけられない。その一心で提案を否定したのだが、どうにも雲行き怪しい。


(ちょっと、なんか顔色が……)


明らかに怒っているのだが、その目の奥には微かに寂しげな感情も滲んでいた。


「……あの様子じゃ破談はないだろ……」

「え?何ですか?」


あまりにも小さな声で囁かれたので聞き取れなかった。


「……何でもない。とりあえず、暫くは私と恋仲という事にしといた方がいい。反論は聞かん」

「ええ!?」

「なんだ?私では不満か?」

「そう言う訳じゃないんですが……」


本当にいいのだろうか……

例えフリでもこの関係が終わったら、いつも通りに振る舞えるだろうか……


「それならいいだろ。な、?」

「~~~~~ッ!!!!!!」


耳元で名を呼ばれ、シルヴィは両手を握りしめ天を仰いだ。


いける!!この関係が解消しても、推しには変わりない!!

なんなら、今この時も推せる!!


涙を流しながら歓喜するシルヴィを見て、アルベールは「フッ」と優しく微笑んだ。




◈◈◈




半ば無理やりだが、恋仲という関係になれたアルベールは目の前で眠るシルヴィを愛おしい目で見つめていた。


(間に合ってよかった……)


アルベールはシルヴィが実家に戻る為、城を出たと聞くと慌てて馬を用意したのだ。


「あれ?どこ行くの?」


城の門の前で馬に跨るアルベールを見て、マティアスが声をかけた。

今日はアルベールにとっても勝負の日だと言う事は城に在中している者ならば知らない者はいない。


そんな日に出かける?そんな馬鹿な。


そう思って声をかけたのだ。


「……ちょっと出てくる」

「はあ!?今から!?もう申請の時間だろ!?」

「……日が暮れるまでには戻る」

「はっ!?え、ちょっと!!」


マティアスの引き止める声も聞かず、アルベールは馬を走せた。

それもこれもシルヴィの見合いの場に行く為。


(なにも邪魔しに行くんじゃない……)


どんな男か見るだけ。部下が変な男に引っかかるのは上司として許せんからな。


そう自分に言い聞かせ馬を走らせた。


前もって得た情報を頼りにやって来たのは、シルヴィの実家近くの町。

王都ほど賑わいもないが、どこも店の名に恥じぬものを扱っていると見えて活気はある。

アルベールはそんな町並みをみながらシルヴィを探した。


店までは把握出来なかったのだ。

そして、たまたま目に付いた料理店に足を踏み入れた。

踏み入れてすぐに、女性がぶつかってきた。


「あ、すみま……」


その女性を見て驚いた。


「君は……シルヴィ・ベルナールか?」


いつもは化粧など無縁で、髪など簡単に一つに縛っただけ。服装も白衣姿ばかり見ていたが、今目の前にいるのは派手やかなドレスに身を包み綺麗に髪を結い上げ、化粧まで施したシルヴィだった。


その美しい姿にアルベールは息を飲んだ。


それと同時に、見合い相手であるパウルに射殺さんばかりに睨みつけた。


パウルの為に時間をかけて綺麗にしたという事実がアルベールの黒い感情を増幅させる。


(何故、こんな奴のために……!!)


アルベールがそんな自分の感情と戦っている最中にも、パウルはアルベールを刺激する。


「僕の婚約者や」


その言葉にアルベールは心臓を鷲掴みされたように一瞬息が止まった。

すぐにシルヴィが否定してくれたおかげで我に返れたが、危うく息が出来ずに倒れるところだった。


(ああ、そうか……)


私は彼女、シルヴィ・ベル……いや、シルヴィのことが好きなのか……


ここまでしてようやく自分の気持ちに気がついた。


そこからは早かった。

シルヴィが自分と恋仲だとパウルに紹介したので、都合よくその話に乗った。

シルヴィはまさか私が乗ってくるとは思っていなかったようで、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていた。


自分の気持ちに気づいた今では、その顔ですら愛らしいと思ってしまうんだから恋というものは恐ろしい。


だが、パウルはそんな二人を怪しんだ。


それはそうだ。相手は商人と聞いた。取ってつけたような芝居を怪しまない方がおかしい。


しかし、アルベールは半ば無理やりにその場を後にした。


腕の中には至極幸せそうに眠るシルヴィがいる。

その顔を見ていると自然と顔が綻んでしまう。


「遅すぎる初恋だな……」


そう自嘲しながらシルヴィを見つめていた。







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