episode.15
休日……シルヴィにとって休日と言う日は憂鬱でしかない。
何故なら、休日=仕事がない=
シルヴィの休日と言えば、ひたすらベッドの中で推しの顔を思い浮かべ顔をニヤつかせ、存分に楽しんだところでペンを取り出し描写する。そんな一日なのだが、本日は違う。
何故なら、先日ライアンに課された任務とやらで街に行かねばならないのだ。
馬鹿正直に従う義理もないので、籠城してやろうかと思っていたのだが、そんな思いも見抜かれていたのか朝早い時間にドンドンドンッ!!とけたたましいノック音で起こされた。
「………誰ですか………」
「お前なんでまだ寝間着なんだよ!!」
眠い目を擦りながらドアを開けると、そこに居たのは軍服に身を包んだライアン。
この前日に病室を出られたらしい。と言うか半ば無理やりに出て来たと言うのが本当の所。それもこれも全ては今日、この日の為。
「ほら、早く支度して行ってこい」
そう急かすライアンだが、シルヴィは不服そうに呟いた。
「いや、どう考えてもおかしいでしょ。なんで私がライアン少佐の買い物に行かなきゃならんのです?」
わざわざ私の休みを利用せんでも自分で行けばいいのに。と言うのがシルヴィの見解。
まあ、当然と言えば当然のこと。
だが、ライアンはどうしてもシルヴィに行かせたかった。
「うだうだ言ってねぇで行ってこい!!これは少佐命令だ!!」
「少佐程度で威張られても……」
「う、うるせぇよ!!」
ジト目で伝えると、ライアンは少し恥ずかしそうに頬を染めながら言い返していた。
少佐程度と言ってもシルヴィよりはずっと格上の者から命令。
それは聞かなくてはならない。
汚いよねぇ~”命令”なんて魔法の言葉使っちゃってさ。
恨めしそうに視線を浴びせていると、ライアンはシッシッと手で追い払うような仕草をした。
シルヴィは深い溜息を吐いて、渋々身支度を整える事にした。
◈◈◈
「いらっしゃいませ~」
カランカランッとベルを鳴らしながら店に入るシルヴィの手には紙袋が握られている。
あの後、ライアンに言われるがままに身支度を整え、一息つく間もなく宿舎を追い出されたシルヴィはさっさと終わらせる為に街中を闊歩していていた。
ライアンに頼まれたのは三つ。
一つは、剣の手入れで使うワックス。
二つ目は、髭剃りとボディー石鹸。
この二つは既に購入済み。残った最後の一つは珈琲豆。
この珈琲豆だが、ライアンは顔に似合わず珈琲が飲めなかったはず……と若干疑心を抱いたが、買ってこいというものは買って行かないと文句を言われても敵わんと言う判断に至り、珈琲の香り漂う店内へ。
店内は飲食も出来るらしく、数個あるテーブルにはカップルや一人で優雅に過ごす貴婦人などの姿があった。
その中でも目に付いたのは、纏っているオーラがタダならぬ雰囲気を醸し出している一人の男性。顔を見て驚いた。
「総監様!?」
「──君は、シルヴィ・ベルナール!?」
いつもの白衣を脱ぎ捨て髪をおろし、完全オフスタイルのアルベールに遭遇した。
いつもは白シャツに白衣を羽織っているのでアルベールと言えば白を連想させるが、今日のアルベールは反対色の黒シャツ。
そのギャップがまた堪らん。
やられた……まさかの黒シャツ……ん~……良き!!!
ここまでは完璧だったが、ただ一つ残念な事が……
「なんで眼鏡じゃないんですか!?!?!?」
店内に響き渡るほどの声で叫んでいた。
その声に一気に注目を浴び、アルベールが慌ててシルヴィを落ち着かせようとしている。
「お、おい……少し落ち着け」
「い~や、これは由々しき事態です!!眼鏡のない総監様なんて牙のない狼、温和な熊ですよ!!」
「……私の眼鏡にそんな意味合いがあったのか?」
「例えばの話です。それほど重要という事なんです」
眼鏡がなくてもイケメンには変わりはないが、シルヴィから言わせれば眼鏡も身体の一部。
今のアルベールはその一部がない状態。これが緊急事態と言わずして何とする!!
「……まずは落ち着いて話を聞け。眼鏡はあるぞ、ほら」
「──なっ!!!」
コトッと置かれた眼鏡は柄の部分がポッキリ折れ、レンズも割れていた。
シルヴィは震える手で眼鏡を取った。
「なんて事……誰がこんな酷い事を……!!」
「人が死んだ様な言い方をするんじゃない。昨日帰り際に踏まれてな。これでは仕事にならんので休みを貰った。今は新しいものの仕上がりを待っているところだ」
悲痛な表情で眼鏡を握りしめるシルヴィに、アルベールが落ち着いた声で伝えた。
その言葉にシルヴィは「本当ですか!?」と花が咲いたように微笑み返した。
珈琲を口にしていたアルベールはその表情を目にして、思わずゴキュッと音を立てて飲み込んだ。
「──ゴホッゴホッゴホ……!!」
「大丈夫ですか!?」
「……大丈夫だ」
変な所に入りむせたアルベールの背中をさすりながら優しく声をかけるシルヴィ。……そんな二人をほくそ笑む様に見ている者がいることに当の本人達は気づいていない。
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