episode.4
マティアスの発言にザワザワし出す救護テント内だが、当の本人はと言うと
「おい!!しっかりしろ!!息を吸え!!」
「──……はっ!!」
ライアンに力一杯体を揺さぶられ正気に戻ったシルヴィは大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。
(危ない所だった……危うく本場もんの天国に逝ってしまう所だった……)
まあ、見習い衛生兵のシルヴィに本気で声をかけているとは思っていない。そこら辺は身の程を弁えている。
とはいえ、冗談にしてはタチが悪い。
危うく善良な衛生兵一人失う所だったんだぞ!?
なんて事を血の滲むガーゼを握りしめながら思っていた。
「ああ、冗談ではないよ。僕は嘘が嫌いだからねぇ。だからね、デュバノン。この子僕にちょうだい」
ポンッと肩に手を置き、身体を密着させながら言うもんだからシルヴィはヒュッと息を飲んだ。
(な、なななななんという過剰サービス!!)
先程まで剣を振るっていたとは思えないほど良い匂いが鼻をつき、甘い声が耳を潤す。意識を保っているのがやっとの状況で答えが返せるわけがなかろう。
そんなシルヴィの心境を知ってか知らずか上司であるグレッグは大きな溜息を一つ吐いた。
「いくら大佐でも許せる冗談と許せない冗談があるよ?分かっているのかい?」
「だから冗談じゃないって言ってるだろ?」
「そもそもそれが冗談だろう?この子はまだ見習いだよ?頭の良い君がまさか知らないとでも言うのかい?」
物凄い落ち着いた声で話しているが、傍から見ている者からすればそれは虎と大蛇の睨み合い。
下手に声をかければ確実に殺られる。そんな雰囲気に誰も声をかけられないでいた。
「──何の騒ぎだ?」
そんな雰囲気をぶち壊す救世主が現れた。
軍医総監のアルベール。その人だ。
アルベールは気だるそうにこちらに歩いてくるが、周りの者達の歓喜に満ちた顔を見て「何だ?」と何やら不穏な空気を感じていた。
「総監。実は……──」
グレッグの話を聞き一連の経緯を把握したアルベールは、睨みつけるようにマティアスを見た。
睨みつけられたマティアスは一瞬たじろいだが、顔を引き攣らせながらも笑顔を保っている。
「……シルヴィ・ベルナールを遠征に連れて行こうとしているらしいな。その了見を聞かせて頂こうか?」
「それは僕の直感だね。征野では毎日気を張っていないと生きていけない。だから現場は常に殺気立ってるんだよ。まあ、当たり前の事なんだけどね。それで心を壊す者も多い」
「……それとシルヴィ・ベルナールとどう繋がるんだ」
「あの子、いるだけで場の雰囲気が柔らかくなると思わない?そんな子が一人でもいれば少しは気が紛れて兵士達の士気も上がると思わないかい?」
不機嫌なアルベールに臆することも無く、淡々と話すマティアスは流石だと思う。肝が座っている。
マティアス大佐の話を簡単に纏めると、私の役割はマスコット要員か?
とはいえグレッグが言うようにシルヴィは見習い衛生兵だ。
いくらマスコット要員でも遠征となると腰が引ける。
「理由はそれだけか?」
「本当の理由は単純に気に入ったって理由だけど、それだけだと君は話しすら聞いてくれないだろう?」
「………………」
図星をつかれたらしいアルベールは眉間に珍しく黙ってしまった。
その様子にニヤッとマティアスが微笑み、すかさず畳みかけに入った。
「言っとくけど僕は本気だよ。こう言っちゃなんだけど、欲しいと思ったものは何が何でも手に入れる。今の僕があるのもその功績だよね。……だから、僕が手を下す前にその子頂戴?」
マティアスは獲物を狙うかのように鋭い視線をシルヴィに向けた。
眼鏡の隙間から覗かれた視線にシルヴィはゾクッと背筋が粟立ったが、その視線を遮るかのようにアルベールがシルヴィの前に一歩出ると、マティアスを睨み返した。
「言いたいことは分かった……そんな理由がまかり通るとでも思ったのか?」
「駄目なの?まあ、お堅い軍医総監様相手にそう簡単に手に入るとは思ってないけどね」
「──ならこの話は終いだ」
「いや、本人に直接聞いてみようよ。本人の意思なら無碍にはできないだろ?」
「………………」
マティアスの提案にアルベールが黙ってしまったのを肯定だと認識された。
マティアスは満面の笑みで顔を覗かせながらシルヴィを見た。が、当の本人はアルベールに庇われたのが嬉しくて心ここに在らずの状態で手を握りしめ、天を仰いでいた。
(まさかこんな形で総監様のお背中に守られるとは……!!!)
ものの数分で一生分の運とツキを使い切った感が否めないが、後悔はない!!むしろ本望!!
「もしも~し」
完全に自分の世界に入り込んでいるシルヴィにマティアスの言葉は届かない。
まさか自分を無視する女がいるとは思わず、マティアスは半分意地になりなりながら必死に声をかけている。
「……く……くくくっ……」
そんなマティアスの背後から小さく噴き出したような笑い声が聞こえ、振り返って驚いた。
テント内にいる者までが、その笑い声の主に目を落とさんばかりに見開いて驚いている。
お察しの通り、その笑い声の主はアルベール。
何年もの付き合いであるグレッグですら笑った姿を見た事がなく、驚きを通り越して放心状態だ。
皆の視線を受けても笑いが止まらないアルベールにマティアスは「マジか……」と呟いた。
「……これはちょっと
苦笑いしながら言うマティアスの声はシルヴィは元より、アルベールにも届かなかった。
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