眼鏡をこよなく愛する人畜無害の貧乏令嬢です。この度、見習い衛生兵となりましたが軍医総監様がインテリ眼鏡なんてけしからんのです。

甘寧

episode.1

「…………………シルヴィ・ベルナール」

「はい。なんでしょうか?」

「…………………邪魔だ」




ここダラグ帝国には軍医を育てるための施設があり、周辺国からも軍医になる為に留学してくる者が多い。

その者達を纏めているのが、軍医施設の責任者兼軍医総監を務めるアルベール・ウィルムだ。

白髪で目鼻立ちが整った美丈夫。更には白衣にインテリ眼鏡と来ればオタク気質の女子達は黙っていない。


当然、シルヴィも同様に……


シルヴィの生家であるベルナール男爵家は首皮一枚で何とか没落を免れている超絶貧乏令嬢だ。

こんな必死にしがみついている爵位ならとっとと返還してしまえばいいのにと言うのがシルヴィの本音。

そんなシルヴィは今現在、少しでも家の為にと見習い衛生兵として出稼ぎに出ている。

そこで出会ったのが、イケメンインテリ眼鏡のアルベール。


シルヴィは入職当日上官であるアルベールを一目見た瞬間、雷を撃たれたような衝撃を受けた。


それからと言うもの、アルベールが薬の調合をすれば傍らに寄りその真剣な表情を拝み、書類を睨みつけていれば前に回り込み眉間に皺を寄せるアルベールを拝んでいた。


(この顔に眼鏡は堪らんとです)


何を隠そうシルヴィは三度の飯より眼鏡が好きという生粋の眼鏡フェチ。

男女関係なく眼鏡をかけている者がいれば食い入るように眺めるのが日々の楽しみなのだが、この国の眼鏡率は低く人類全てが眼鏡をかければいいと真剣に願うほど信仰している。


「はぁ~……君は何度言ったら分かるんだ?」

「何度言われようと無駄ですよ。私の眼鏡魂はそんな安いものじゃないんです!!」


鼻息荒く言い返すが、アルベールは呆れ顔。


このやり取りを見ている周りの者達も常習化してしまって気にする者はなく、黙々と自分達のやるべき仕事に手を付けている。


「いっその事眼鏡を辞めるか……」

「駄目です!!そんなの眼鏡に対する冒涜です!!」

「君は眼鏡のなんなんだい……」

「眼鏡をこよなく愛する見習い衛生兵です」

「はァァァァ~~~……………」


今日も今日とて軍医施設に総監様の盛大な溜息が聞こえた。




◈◈◈



シルヴィの仕事は包帯や消毒液など消耗品の管理と発注など、主に雑務をこなしている。


「シルヴィも懲りないわねぇ」

「まあ、そのお陰で私達の安寧が守られているんだけどね」


そう話すのは衛生兵の先輩であるお姉様方。


何故シルヴィが感謝されているのかと言うと、シルヴィが来る前までの軍医部は人の命を扱うのは当然の事、いざ戦地へ向かえば自分の命も護らなければならない。そうなれば必然と軍医部の空気は重くなり殺伐とした雰囲気になる。

アルベールは顔はいいが物事をハッキリ言うタイプの人間で冷酷。よく言えば冷静沈着だが悪く言えば独立独歩。

ただ腕前は確かなものなので誰も文句言えずにいた。

この人に耐えきれず辞めた者も少なくない。


そんな時、シルヴィが配属されてきた。


「これからお世話になりますシルヴィ・ベルナールと申します。宜しくお願いします」


パチパチパチと拍手が上がる中で、全員が思っていた。

(この子は何日持つのだろう……)と


しばらくした所で徹夜明けのアルベールが奥から出てきた。


「ああ、君が配属された子か……このような格好ですまない。私はここを指揮しているアルベール・ウィルムだ」


徹夜明けのアルベールはいつにも増して眉間の皺が強調され、機嫌は最悪。この状態のアルベールに声をかけるのは自殺行為とされている。


その場にいる全員がシルヴィを心配したが、当の本人は目を輝かせてアルベールを見つめていた。

まあ、あの容姿なら分からんでもないが、次に出た言葉に一同驚愕した。


「……インテリ眼鏡とかここは天国か……?」

「は?」


明らかに不機嫌なアルベールが睨みつけたが、シルヴィは臆する事なんてしない。むしろアルベールの方が押されていた。


「あの、私はシルヴィって言います。総監様のお噂は兼ねがね聞いておりましたが、まさか眼鏡愛用者とは知りもしませんで申し訳ありません。私とした事がまさかの不覚。この責任はこの身をもって償わせて頂きます」

「何を──……って、待ちなさい!!!」

「はい?」


シルヴィがおもむろに服を脱ぎ始めた所で慌てたアルベールが声を荒らげた。


「君は何をしているんだ!?」

「いや、とりあえずこの身を捧げようかと……」

「何故そんな考えになるんだ……」

「眼鏡あるとことシルヴィありと言われる程、自他が認める眼鏡フェチの私がまさかインテリ眼鏡である総監様に気づかなかったとは……眼鏡フェチの名が泣きます!!その責任を取らせてください!!」


アルベールは眉間に手を当てながら溜息を吐いた。


一連の様子を見ていた周りの者らも初めて見るアルベールの慌てた姿や歳若い小娘に押されている姿を目にして声にならいほど驚いていた。


「……君が色々と変わった趣向の持ち主だと言うことが分かった。とりあえずその責任とやらは取らなくていい。むしろ取るな」

「えっ?いいんですか!?総監様は神ですか!?」

「君の相手は疲れる……ここの説明は適当にそこら辺にいる者に聞いてくれ。私は帰る」


まさかのアルベールが言い負かされた!?とザワザワし出す現場にシルヴィ一人だけが、アルベールの後ろ姿を惜しむように眺めていた。


その後、シルヴィの話は伝説となり一連の話が城中に広まり、あっという間にシルヴィは時の人となった。

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