クアンゲルの一転
Gatling_1010/
ep1 指名依頼、か。
今日もやってるな。
賑やかな夜街。一仕事終えた冒険者が馬鹿騒ぎする場所。
噂じゃ、貴族も身分を隠して遊びにくる。
酒と女と金の街。
『今日はいい酒があるぜ』
『今夜だけの特別な踊り子を』
『安くするぜ旦那』
『そこの獣人のおねーさん、少し』
なんて、至る所で呼び込みをする店主達。
この喧騒が心地いい。柔らかに灯るオレンジの街灯も、酒と肴の匂いも。
私はこの夜街が大好きだ。
「おうクアンゲル、今日も飲んでくか」
「あぁ。邪魔するよダグル」
この男は、私がよく行く酒場のマスターだ。元冒険者らしく、日焼けしたゴツい体に、睨むだけで人を殺せそうなツラ。揉め事上等のこんな街じゃなけりゃ、即衛兵のお世話だ。
今日は別の店に行くつもりだったんだが、
まぁいいか。あっちは今度で。
開けっぱなしの扉を通る。店の中に入ったと同時に、ふわっと香る酒の匂い。
いつもより空いてるな。そういえば向かいの店が新しい酒を入れたと言っていたから、そのせいかな。
今となっては私専用みたいになってしまった席に座る。カウンター端の窓辺の席だ。風が当たって気持ちいい。
「ファンターレンを」
「好きだな」
キュポン、とコルクを抜き、トクトクとよく磨かれたグラスに酒を注ぐ。その動きはスムーズで繊細だ。あんなにゴツい体ではグラスを割ってしまわないか心配になる。
「ほらよ」
目の前に置かれたグラス。その中で輝く琥珀色の液体は、ファンターレンという酒だ。近くのファントというところで作られている、私のお気に入りの酒。
グラスを持って香りを楽しむ。がばがば飲んでもいいが、今日は格好つけたい気分だ。
一口含み、中で液体を転がす。少しばかりとろっとした舌触りに、ふんわりと広がる木の香りと甘さ。
そこらで売ってる安物じゃ、この香りと甘さは味わえない。
これはファンターレンの中でも上物だ。相変わらずいいものを出すな、この店は。
「今日は客が少ないな。カウンズの野郎共も見かけない。」
「向かいの店が新しい酒と、新しい踊り子を入れたんだと。それを見に行ったよ。あいつら女好きだからな。」
「酒は聞いてたが、女も新しく入るのか。この寂しい店内も納得だ。」
「言ってろよ。どうせ明日には戻ってくる。あっちの店は肴が不味いからな」
「そうか?私はそうは思わんが」
「お前は舌が馬鹿なのさ」
「馬鹿野郎。酒の味だけわかればいいんだよ、私は。」
「お前...酒の味がわかるのか...?」
「んだと?てめぇ」
ダグルと雑談する。昨日の夜も来たというのに、話のネタは尽きない。何せここは夜の街。
酒に肴に女に、冒険話に武勇伝。噂にも事欠かない。つまり、時間を潰すには最高の場所だ。
私は女だから興味ないが、男には娼館もあるしな。
「何か飯でも食うか?」
「そうだな...この前作ってたスープはあるか?白身魚がごろごろ入ったやつ。あれが食いたい。」
数日前に、ダグルが作っていたやつだ。
スパイスたっぷり、魚ごろごろ野菜もシャキシャキ。塩っ辛いのが気に入って何杯もおかわりした。それを強請ったんだが。
「あぁ...あれか。すまん、他のでいいか?」
どうやらないらしい。残念だ。
「それならスパイスチキンがいいな」
「すまん、それもない。」
「何にもねぇじゃねぇか」
なんなんだ。今まで品揃えは良かったはずだが。
「いや、チキンはあるし魚もあるんだ。ただスパイスが最近入ってこなくてな」
「なんだ。どっかのバカ商人どもが買い占めたのか?」
申し訳なさそうな顔をしたダグルに話を聞くと、どうやら少し前から、スパイスが取れる山になにか棲みついてるらしい。それが邪魔をして、スパイスの採取ができないんだとか。
そんな話は聞いていないが。少なくとも噂ぐらいは流れていてもいいはずだが、今まで私の耳には入ってきていない。
きな臭いな。
「飯も作れないほど不足してるなら、依頼が出てるはずだろ?見なかったぞ」
そう、依頼だ。しかしギルドでは見なかった。あれば冒険者たちが受けるか、店主たちで噂ぐらいはするはず。
...これは、ギルドで情報操作してるな。
「あぁ、それなら、ほら。」
ダグルが懐から一通の手紙を出し、私のテーブルに置いた。
これは...ギルドの封蝋?差出人は...パーゲルのおっさんか、嫌な予感がする。
「なんだこれ」
「お前がさっき言ってた依頼だよ」
うげ、もしかして指名依頼か?
「そのツラ、パーゲルさんの前でするなよ。」
顔に出ていたらしい。昔からあのジジイは苦手だからな。
ダグルが封蝋を外し、中身を広げて私に見せる。ニヒルなスマイルを添えて。
「夜の街ビナック最強の冒険者、クアンゲル・ウルシュ、冒険者ギルドからのご指名だ。」
「ファント山に住み着いた蒼炎猟犬(ゲヘナハウンド)を討伐し、スパイスを調達せよ。ってな。」
くそったれ。やっぱり別の店に行くべきだった。
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