第33話 汗をかく(流す)と謂う事

 衆議院第一議員会館 正面玄関。

伴がコンビニの袋を提げて階段を足早に上がって行く。

衛視が伴の『秘書バッチ』を見て敬礼する。

伴は首に掛けた「IDカード」をかざし、軽く会釈する。

衛視がコンビニの袋の中を確認する。

衛視はニコッと笑い、


 「弁当ですか。お疲れさまです」

 「どうも」


伴が急いでエレベーターに向かう。


 堀田事務所(公明党)の第一秘書・早川(早川俊久)がエレベーターを待つ。

伴が早川を見て、


 「お疲れ様です」


早川は少し驚き、


 「おう、久しぶり!」

 「そうですね」

 「地元から?」

 「いや、国交省です」

 「コッコウショウ」


エレベーターが停まりドアーが開く。

伴はエレベータードアの開放ボタンを押す。


 「どうぞ」

 「あ、すみません」


エレベーターの中にワインの箱を数段重ね載せた台車が。

早川は台車の横に立つ女性秘書・森住(森住玲子)に、


 「甲州ワインですか。お中元?」

 「はい」

 「うちにも来るのかな?」

 「勿論ですよ。先生お元気ですか?」

 「元気すぎて困ります。先週人間ドックで検査してもらったら体力は三十代ですって」

 「あら、そう言えば堀田先生、スポーツクラブに通ってらっしゃるんですって?」

 「ええ? 結構、知れ渡ってますねえ」

 「うちは運動不足で尿酸値が上がってしまって。運動って言ったら議会で大声張り上げるぐらいでしょう。あれじゃその内、糖尿で」


八階のドアーが開く。

エレベーターの開放ボタンを押す伴。


 「どうぞ!」

 「あッ、すいません」


森住は台車を押しながら伴を見て、


 「中尾先生の所の秘書さんですよね」

 「はい。伴と申します。宜しくお願いします」

 「こちらこそ。先生に宜しく」

 「はい」


森住は台車を押しながら廊下の表札を確認し去って行く。

伴と早川が廊下を足早に歩きながら、


 「森住大臣の長女だ」

 「え! そうだったのですか。可愛い方ですね」

 「可愛い? まだ独身だ。良かったら話を進めようか」


 中尾博康事務所。

武智が電話を掛けている。

伴が戻って来る。

高木は伴を見て、


 「ご苦労さまです。」

 「すいません。遅くなって。あれ? 先生は」

 「電話が入ってちょっと前に出て行きました」

 「え~え! 道路(課)の金井さんと話してたのに」


武智が受話器を置く。

伴を見て、


 「おう、ご苦労さん」

 「何か遭ったんですか? 急に戻って来いって」

 「うん? うん。良いなあ、オマエは」

 「え?」

 「おい! ちょっと黙ってろ。俺は忙しいんだ。」


伴は自分の席に座り、カバンを置いてコンビニの袋から弁当を取り出す。


 「お昼? 今からですか」

 「ハイ」

 「カップ麺が有りますよ」

 「え、食べて良いですか?」

 「どうぞ。今、お茶を入れますから」

 「あ、すいません」


伴はカップ麺の蓋を開けて「ソバ」に湯を入れる。

武智は伴のカップ麺を見て、


 「旨そうだな」

 「え? まだ食べてないんですか?」

 「いろいろあってな。食う暇がねえんだ」

 「? どうしたんですか。元気ないっすね」

 「鬱病(ウツビョウ)だ」

 「え! この間の集団検診の結果が出たんですか」

 「違う! あのオヤジ、俺にあれヤレこれヤレって山ほど宿題を置いて行った。稲大はオマエ一人でやれよ」

 「えッ! 一人、ですか?」

 「そうよ。俺は忙しくてそれどころじゃねえ。今から地元で票集めだ」

 「ええ! 群馬ですか?」

 「おう。それも国境(クニザカイ)だ。水神(ミズカミ)の婆さんの所まで行くんだ」

 「ああ、この間の食事会の?」

 「そ〜よ。まったく。忘れない内に行って来いとよ。伴、あのオヤジが食事に行こうって始まったら覚悟しておけよ。喰った後、三倍のお土産(ミヤゲ)がくっ付いて来るからな。そうだ、高木くん、ワリ~けど売店で総理の絵が描いてある湯呑みを三十個、アレ、取って来てくれや。あの山川の婆さんに配ってもらっちゃうから」

 「ハイ」

 「あれって一個いくらだ?」

 「さあ・・・八百円位かな」

 「三十個で二万四千円? 高っけえなあ」

 「パー券、一枚分ですね」

 「何!」


武智は伴を睨んで、


 「・・・まあ、そうだな。高木くん、現金有るか?」

 「それくらいなら」

 「そうか。あ、ついでに俺の弁当も買って来てくれ。オイナリさんとカップ麺」

 「はい」 


高木は手提げ金庫から現金を出して事務所を出て行く。

伴はカップ麺の蓋を開けてかき回す。

スープをすすりながら、


 「後援会長の息子さんの段取りなんですが」

 「うん? おい! 裏口じゃなくて『勝手口』ってモノもあるらしいぞ」


伴は思わずスープを喉につまらせる。

咳(セキ)込みながら、


 「カ、カッテグチ! そんな入り口も有るんですか?」

 「うん? うん。何か、一年間イギリスかどっかの国にへ留学してな、大学へ推薦で入るんだってよ。早川が言ってた」

 「ハヤカワさん? 早川さんとエレベーターで一緒でしたよ」

 「早川と? アイツ、株の話はしねえだろうな」

 「カブ? しませんよ」

 「そうか。アイツ、最近自宅を新築したらしいからよ」

 「ジタクをシンチク! 良いですねえ。それはそうと、どうやって?」

 「うん? うん。俺が今から浦口に電話してやる。良いか、聞いてろよ」


武智は受話器を取り、浦口に電話をする。


 「もしもし、浦口理事長をお願いします」


女性の声が受話器から聞こえる。


 「どちらさまですか?」


武智はあの慇懃な声で、


 「中尾事務所の武智で〜す」

 「あ、お世話になります。少々お待ち下さい」


浦口が受話器を取る。


 「もしもし、いやいやいや毎度毎度お世話になりま~す。どうしました?」


武智はいやらしい声で、


 「イヤンもう。二つも決まっちゃいましたよ~。どうします?」


浦口は驚いて、


 「えッ! 本当ですか! ありがとうございま〜す。二つなんて信じられナァ~〜イ。どうしましょう」

 「ね~。ウフフ」


と、武智。

                          つづく

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