第19話 初めての『陳情処理』

 地元、中尾事務所駐車場である。

外はすっかり暮れて月が笑っいてる。

中尾先生と運転担当の伴は公用車(アルファード)の中に。

先生は事務所用のゴムのサンダルに履き替え伴に、


 「お疲れさんねえ〜」

 「ハイ、勉強になります」

 「・・・そうか〜?」


運転席を抱く様にして、右手の指先に『一万札』を摘み伴の頬にピタピタと。


 「コレでスタミナでもつけなさい。


伴は驚いて、


 「えッ! 良いンですか?」

 「それから、寄宿舎の風呂は壊れている。銭湯に浸かって来なさい。飲み屋なんかに行くんじゃないよ」

 「ハイ。あ、それとさっきのカラオケの集いでこんなモノを預かったのですが」


伴は封筒を中尾先生に渡す。


 「なに?・・・陳情かな?」

 

 朝。第一議員会館『中尾事務所』である。

伴が久々に地元事務所から戻ってくる。

カードをスライドし、元気よく事務所のドアーを開ける伴。


 「おはよう御座います」

 「あ~ッ! バンケン」


高木は久しぶりの伴を見て嬉しそう。


 「お疲れ様でした。武智さんがお待ちですよ」

 「本当ですか?」

 「本当ですよ~。・・・大丈夫でした?」

 「点数が少し減りました」

 「テンスウ?」

 「免許です」

 「ああ、メンキョの。皆さん地元に行くとあれで苦労してるみたいですよ」


 伴が応接室のドアーをノックする。

武智の渋い声が、


 「あ~い」


応接室のドアーを開けると、武智が上座のソファーに座ってコーヒーを飲んでいる。

伴は姿勢を正して、


 「ただ今、戻りました」

 「おう? おうおうおう! お疲れお疲れ。良かったなあ、運転手が見つかって」

 「ハイ!」

 「おおッ? 良い返事だ。だいぶ秘書らしく成って来たな。ハハハハ、まあ座れや」

 「ハイ、失礼します」


武智は両手を大きく上げて伸びをする。


 「あ~あ」


鋭い目で伴を見て、


 「で、その陳情書ってヤツを見せてみろ」

 「はい」


伴は懐から、陳情書を取り出し武智に渡す。

武智は封筒から陳情書を取り出し、テーブルの上に広げる。


 「おい、ドアーを閉めろ」

 「ア、はい」


ドアーを閉めてソファーに座り直す伴。

武智は黙って広げた陳情の内容を読んでいる。


 「・・・ほ~う」

 「その『戸倉みち子』さんて知ってますか?」

 「戸倉、トクラ、トクラ・・・? オヤジの関係かな?」


武智は席を立って代議士の机上の受話器を取り短縮ボタンを押す。


 「ア、もしもし、ヨネさん?」

 「あいよ」

 「栄護だけど・・・」

 「どうかしたかい?」

 「トクラミチコって知ってるかい」

 「トクラミチコ? 若いのかい?」


武智が受話器を手で塞いで伴に確認する。


 「おい、年寄りか若いのか?」

 「メガネを掛けた中年の女性でした」

 「チュウネン?」


武智は受話器を耳に、


 「もしもし、メガネを掛けた中年の女らしいや」

 「中年の女? トクラ、トクラ・・・、あ! 沼田に一人居るよ。養豚組合の専務理事が戸倉耀蔵(トクラヨウゾウ)って云うんだ。そのカミさんじゃないかな。ただ、その人は五木田派だよ」

 「ゴキタ!? 五木田ン所で処理出来できねえのか?」

 「ありゃ~、ダメだ。最近、評判の悪りいこと。良い秘書が居たんだけど五木田がクビにしちゃったんだよ」

 「良い秘書がクビ? ・・・横山か?」

 「そうだよ、可哀そうに」


武智は驚いて、


 「アイツ辞めたのか?!・・・面白れえ。票の半分取っちまおうか」

 「ま〜あ、ヤルんだったら今だね。アレ(選挙)も近いし。で、戸倉がどうかしたのかい?」

 「旦那(燿蔵)の心臓がイカレたらしいや」

 「あら、そら~、気の毒だねえ。何とかなんないのかい」

 「何とかするんだよ。伴が良い話しを持って来た」

 「バンケンかい。あの子はよく動く子だ。博康も誉めてたよ」


武智はヨネの話しを聞いて感心する。


 「? ほう・・・」


武智は伴を見る。


 「おい、忙しいから切るぞ」

 「あいよ。インフルの予防注射はしたのか?」

 「ナニ?」

 「インフルエンザ!」

 「あ〜あ、その内にな」


武智は受話器を置く。

伴を睨んで、


 「どうかしました?」

 「オメ~は大したもんだ」

 「え!? 何か?・・・」

 「あのオヤジ、オメーの事ベタ誉めだぞ! その陳情、頑張れや」

 「あ、イヤ、そんなあ~。僕一人じゃ」

 「バカ野郎! 俺は金集めで忙しいんだ」

 「僕、陳情処理なんて初めてですから」


武智は仕方なく、


 「分かったよ。俺が線を引いてやるよ」


武智は応接室のドアーを開ける。


 「高木君! 厚労省医政局『津田係長』につないでや」

 「はい」


伴は武智を見て、


 「ありがとう御座います」


武智は伴をキツイ目で見、


 「まったく、面倒見切れねえよ」


高木が、


 「武智さん、二番、津田係長さんです」

 「あいよ~!」


武智が代議士の机上の受話器を取り、ボタンを押す。


 「イヤ~、いやいや、お世話になりま~す。武智で~す。どうですか~、スコアーは?」


受話器から津田の声、


 「ええ?・・・最近右肩が上がっちゃって。シャンクしちゃうんですよ~。どうしてだろう・・・」

 「え〜? それじゃ、また沼田を取らなくっちゃ」

 「教えてくれますか?」

 「ハイ! 手取り足とりお教えさせて頂きます。ハハハハ。それはそうと津田さん、心臓の名医を誰か知りませんかねえ」


津田は驚いて、


 「え! 代議士ですか!」

 「いや、中尾の後援会長なんですよ」

 「ああ。それなら順環堂大の児玉先生が良い。松野サンも生還しましたから。ただ、順番がねえ〜・・・。ちょっと聞いてみましょう」

 「いや~、お世話になりま~す」


武智は受話器を置く。

伴が武智の顔を見て、


 「はい、ここから先は伴くん。津田係長の所に直ぐに行きましょう。以上!」

 「え!?」

 「教えた通りにやるんだ」

 「あ、まだ何も」

 「いいから、早く行け! 戸倉の旦那が死んじまうぞ」

 「・・・はい」


伴の気が進まない返事。

                          つづく

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