第4話 定例会議
事務所のドアーが開き、中尾先生(財務副大臣・中尾博康)が事務所に入って来る。
武智は急いで席を変わる。
高木が先生を見て、
「あッ! おはよう御座います」
今日の中尾先生は若干、『虫の居所』が良くない。
青木(秘書・運転担当)が息を荒げて事務所に入って来る。
先生は応接室に入り、ドアーを閉める。
武智は先生を見て起立、伴もそれを見て遅れて起立。
二人は不動の姿勢て挨拶をする。
「お疲れさまです!」
青木がドアーをそっとノックして応接室に入って来る。
「お疲れさまです」
中尾先生は青木を無視し、新人の『伴』を見る。
「・・・うん」
ソファーにフカブカと座る先生。
三人はそれを確認して静かに浅く座る。
武智と息を整えた青木は、背広の内ポケットから手帳を取り出す。
伴は武智と青木の仕草を見ている。
先生は突然、ニッコリと笑い、
「青木くんねえ」
青木は自分の名前を呼ばれ、
驚いて、
「ハイ!」
「君は目立ち過ぎるぞ~」
「ハ?」
「アナタが代議士じゃないんだから〜」
青木は恐縮し、頭を掻きながら、
「すいません。気を付けます」
「気を付ける? 痩せなさい!」
「あ〜・・・はい」
中尾先生は武智を見て、
「・・・だいたいねえ。『アナタ』がだらしないからこんな事に成るんだ。浅生先生の事務所に行ってみなさい。あそこの秘書さん達は実にしっかりしている。歩くとお金がひとりでに付いて来る。アナタとは全然違う。私はね、アナタを叱っているんじゃないんだ。よく勉強しなさいと言ってるんだ」
武智は恐縮して、
「ハイ」
「タケチくん、私の今回のポストは何? 」
「ハイ! 財務副大臣です」
「でしょう。 お金が集まらない訳がないじゃないの。何をためらってるんだ、アナタは」
「ハイ! すいません」
伴はこの雰囲気を緊張して聞いている。
先生は青木を見て急に優しく、
「青木クンも分かるね」
「ハイ!」
「行け行け、ゴーゴーッ!」
ここから先は中尾先生の『いつもの説教』が始まる。
「アタシはね、学生時代、ゴム紐を売って学費を稼いだんだ。売れて売れて笑いが止まらなかった。秘訣は何だと思う、タケチくん」
「ハイ! 『愛』です」
中尾先生はその答えを聞いて力強くテーブルを叩く。
「その通りッ! 政治家は愛が無ければお金は集まらない。愛と、もう一つ灯(トモシビ)ッ! そうすれば、蛾(ガ)でも集まって来る。灯とは何? タケチくん」
「ハイ。結果の出る陳情処理です」
「そう。結果は糧(カテ)になり、票に成る」
先生は急に話題を変えて、猫撫で声で、
「で、タケチくんは今どの位?」
「ハイ。現状は」
武智が手帳を捲(メク)る。
「やめなさい! 私と話す時は結論だけ! 時間がもったない」
「あ、ハイ! 二百と」
「はい! 次、青木くん!」
「ハイ。二十枚」
「ニジュウ? 君は身内にパーティー券を売ってるのか?」
「あ、すいません! 百でした」
「でしょう。一週間で百枚。素晴らしい。やはり僕の人選にくるいは無かった。ただしッ! ・・・全部入金出来ればの話しだがね」
先生はニッと笑い、
「あんなものは紙屑だ。化けなければ何にもならない。みんなに言っておきます。パー券売りなどと云うものは足で稼ぐモノではない。アタマで稼ぐモノ! 私に近づきたい人達は沢山居るはずです。アタシの政治手法を売り、そして稼ぐ。差し当たって『四百』捌きなさい。しかし、無理はいけない。無理をすると・・・。高木ク〜ン。入金は?」
高木が事務室から、
「はーい」
高木が応接室にメモ紙を持って来る。
先生が渡されたメモ紙を見て驚く。
「八十? ・・・で地元は?」
「あッ、下に書いてあります」
中尾先生はため息まじりに天井を睨み、
「・・・百二十五か・・・。まだ日にちはあるな」
中尾先生は全員を見回し、
「あなた方の双肩に掛かっている。で、医師会は回ったの?」
武智が、
「あッ、これからです」
「あそこは鮫島サンの所にね」
「はい。アポは取ってあります」
先生は腕時計を見る。
「・・・おお? もうこんな時間だ」
背広のポケットから「本日の行動表」を取り出し、テーブルの上に広げ、
「え〜と、・・・」
事務室に戻った高木を呼ぶ。
「高木く~ん! 修正表」
「ハイ!」
高木が応接室のドアーを開けて「修正表」を持って来る。
先生が高木を見て、
「で?」
修正予定表の一行を指差し、
「はい。無階先生との朝食会が入りました」
中尾先生は驚いて、
「無階先生と朝食会? 青木クン、車(クルマ)ッ!」
「ハイ」
青木は手帳を背広の内ポケットに入れ、応接室から大きな身体(カラダ)をゆすって出て行く。
中尾先生は手帳と行動表を懐に入れながら、
「いいかね。今度の東プリ(東京プリンスホテル)は二千人も入るんだ。それにゲストは元総理の大泉先生。私の顔に泥を塗る事だけはやめて下さいね。三人に言っておくが、もうこの時間から走ってる秘書もいるんだ。時は金! タケチくん、今日の目標は?」
「ハイ! 五十です」
「百だね」
「えッ! あ、ハイ!」
中尾先生は伴を見て優しく、
「伴くん。こんな簡単な打ち合わせを週の始めにやっている。君も大いに議論しなさい」
「え? いや、ハイ!」
中尾先生は急いで応接室を出て行く。
武智・高木・伴の三人が起立して、
「いってらっしやいませ!」
嵐の去った中尾事務所。
武智が事務室で電話を掛けている。
高木は応接の机上を片付けている。
伴はソファーに座り、冷えたお茶を飲みながら、
「・・・凄いですね~」
高木は優しく笑って、
「何がですか?」
「いや、今の打ち合わせです」
「そうですか? どこもこんなもんですよ」
伴は驚いて、
「ええ! そうなんですか」
高木はニッコリ笑って、
「すぐ慣れますよ」
武智が電話を終えて事務室から戻って来る。
伴を見て、
「イヤ~、いやいや凄げえだろう。毎週あれだ」
武智はソファーに座る。
高木を見て、
「高木くん。熱いの一杯もらえるかな」
「ハイ」
「・・・陳情処理だとかパー券売りだとか。国会議員の仕事って面白れ~だろう」
伴は怪訝な顔で、
「オモシロイ?」
「これがケアーだ。慣れだよ。ナレ! オヤジからあれを取ったら何も残んねえ。とにかくコマケー(細かい)んだ。あんな事、車ん中でやられてみろ。運転なんか集中できゃしねえ。みんな一日で辞めちまうよ。運転手はあの青木で五人目だ。・・・しかし、あの青木はよく頑張ってるなあ」
高木がコーヒーをテーブルに置きながら、
「相性が合うんじゃないですか?」
「アイショウ? ・・・デブとハゲか? 」
高木はクスッと笑い応接を出て行く。
「しかし、あのオヤジは金集めと演説が下手(ヘタ)だなあ〜・・・」
武智はコーヒーを飲み干し伴を見て、
「バンケン」
「ハイ!」
「今日は、俺と同行でもしてみるか」
「え! 僕、今日は何も持って来てないです」
「いい! 名刺と俺のカバンを持って付いて来い」
「え? あ、ハイ」
高木は薄笑いを浮かべながら、武智の『本日の行動予定表』と、
『財務副大臣 中尾博康 秘書 伴 憲吾』
の名刺を二ケース。パーティー券を二束(二百)持って応接室に入って来る。
高木は優しい微笑みを浮かべ、
「頑張って下さいね。『エース』なんだから」
伴は机に置かれた自分の名刺の肩書きと札束の様なパーティー券を見て目が点に。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます