ハロウィンの夜に
仁城 琳
ハロウィンの夜に
人混みの中を歩く。毎年この日は仮装して浮かれた人達がいっぱい。馬鹿らしい。騒ぎたいだけでしょ。ハロウィンが本来どんな意味なのか、それすら知らず、騒ぐ口実に使ってるだけなんだ。どいつもこいつも馬鹿みたい。そんな風に思いながらここに来てしまう私も馬鹿の一人なのかもしれないけど。友人同士か、はたまた今日あっただけの『馬鹿騒ぎがしたい』と言う気持ちが一致しただけの他人か。分からないけれど数人が固まって盛り上がり、ここにいる人みんな友達と言わんばかりの大騒ぎに私はため息をついた。
「わっ!なんか今めちゃくちゃ寒かった!」
「そりゃもうこの時期だよ?ハロウィンだからって張り切っちゃったけど確かにちょっと薄着すぎたかもー。」
「でもでも!仮装可愛いねってイケメンに声掛けられたじゃん?オシャレは我慢って言うし!」
「いやなんかそれ違くね?まぁこんな格好で着るのも今日くらいだし楽しも!」
馬鹿らしい。
「あの子、仮装の完成度高すぎじゃない?」
「ほんとだー、あの傷メイクすごいね。すっごいリアル。」
「ね、すごいよね。私達も色々調べてやったけど、さっきの子のリアルすぎ。どうやってんだろうね。」
「衣装も普通の服って感じなのに破れ方とかめちゃくちゃリアル!すごいね。」
馬鹿らしい。
「え。小学生?」
「お前流石に小学生に声掛けんのはやめろよ。」
「いや違うって。俺は声掛けないけどさ、一人っぽかったし。誘拐とかさ。」
「あー、これだけ人混みなら混乱に乗じて...とかあるかも。でも警察も結構来てるっぽいし。大丈夫でしょ。」
「うーん、まぁ確かに俺が気にしてもしかたないか。」
馬鹿らしい。本当に馬鹿らしい。急に寒さを感じる?知ってる?幽霊とすれ違うと寒気を感じるんだって。リアルな仮装?うん、だって仮装じゃないからね。誘拐?されないよ。だって
「私はもう死んでるもん。」
不思議な事だが、普段は私がいても気付く人はいないのに、毎年この日、ハロウィンだけは私に気付く人がたまにいるのだ。それが分かっていて仮装する人が集まるここに来てしまうのは、見つけてもらいたいからかもしれない。首をブンブンと降ってそんな考えを振り払う。意味分かんない。誰かに見付けてもらいたいなんて。そんな、私が寂しがってるみたいじゃない。私はそんなんじゃないから。ただこうやって馬鹿騒ぎする馬鹿達を見に来てるだけ。とは考えてみたものの、気付いたら毎年ここにいるのは事実で、でもその理由は分からなくて。
「どうしてこの日なんだろう。」
人が沢山いて幽霊だって気付かれないから?しかも仮装してる人ばかりだからこんな見た目でも気にする人がいないから?毎年毎年考えてみても分からない。私は私が死んだ時の事も、生きていた時のことも思い出せないのだ。
歩き続けて気付くと人混みから離れた場所にいた。ふと気付くと子供が蹲っている。私よりも小さい...幼稚園に行ってるくらいの子かな?近付くと泣いているのが分かった。私は声を掛けようとして足を止めた。こんな見た目の私が声を掛けたら怯えさせてしまうのでは。そもそも私の事、見えるのかも分かんないし。迷っているうちに子供が泣いてぐしゃぐしゃになった顔を上げてこちらを見る。目が合った。私が見えるの?
「どうしたの。」
久しぶりに誰かに向けて出した声はかすれていて、小さくて、届いたかどうか分からなかった。
「ママとパパと、はぐれちゃったの。」
私が見えてるんだ。声も聞こえるんだ。小さい子供は私の事を見える子が多い。ハロウィンじゃなくても。この子もそうなのかも。
「迷子になっちゃったの?」
「分からない...ママとパパ、気付いたらいなくなってた。」
子供はまた泣き出した。どうしよう。こういう時どうしたらいいんだろう。自分より年下の子の相手なんてした事ない。...私、妹や弟はいなかったのかな。
「あなたのママとパパ、一緒に探してあげる。」
思わずそう言っていた。あの人混みの中ではぐれたなら探すのはとても大変だ。でもこの子は小さいし仮装はしていない。家族で出掛けていて、うっかり人混みに流されてしまったのだろうか。
あては無いけど、子供の手を引いて人混みの中を歩く。
「お姉ちゃん。」
「どうしたの。」
「お姉ちゃんは、本物のおばけさん?」
足が止まる。どうして分かったんだろう。そうだと言ったら怖がらせてしまうだろうか。迷ったけどこんなに酷い見た目の自分を、本物のお化けかもって思いながら一緒にいるのだ。多分大丈夫だろうと思い答える。
「...うん、そうかも。」
「ママがね、ハロウィンにはおばけさんが来るんだよって。だから絶対手を離しちゃダメだよって言ってたの。でも私、かわいいお洋服を着たお姉ちゃんが気になってママの手を離しちゃって...それで...。」
泣き止んだ子供の目に再び涙が溜まる。そっか。それで迷子になっちゃったんだ。
「...楽しそうだもんね。気になっちゃうよね。でもお母さんの言う通りだよ。あなたにはまだちょっと早かったかも。大きくなったら...友達とお姉ちゃん達みたいな服を着て遊ぶといいよ。大丈夫だよ。お母さんとお父さんの所に私が連れて行ってあげるから。」
『友達と』。何故か言う時に声が詰まった。急に悲しい感情が流れ込んでくる。どうして?
「うん!」
子供の目にはもう涙はなかった。私が責任を持ってこの子のお母さんとお父さんの所に届けてあげないと。だって寂しいもん。お母さんとお父さんの所に戻れないのは。これは。これは誰の感情?
「早くママとパパに会いたいな。」
「そうだね。...早く会いたいね。」
目頭が熱くなる。お母さんとお父さんに会いたい。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
子供が私の顔を覗き込む。唇を噛み締めて涙を堪える。記憶が、流れ込んでくる。
少女が玄関の扉を勢いよく開く。
「お母さん!行ってくるね!」
お気に入りの紫のワンピース。このリボンを髪に付けたらハロウィンパーティーにピッタリね、とお母さんが付けてくれたオレンジのリボン。昨日どの服を着ていこうって迷って色んな服を引っ張り出してやっと決めたこのワンピースと髪飾り。お父さんもかわいい魔女だなぁって褒めてくれた。今日のために買ったお菓子もしっかり持った。『ハロウィンパーティー』って響きがなんとなく大人っぽくて、お母さんやお父さんが一緒に来るクリスマスパーティーや誰かの誕生日パーティーとは違って特別な気がして。友達と、私たちだけのパーティーだよって言ってずっと今日を楽しみにしてた。仮装するのは照れくさいけど、お姉さんたちみたいにかわいい服を着たくて、自分が持ってる中で一番ハロウィンっぽい服を選んだ。私が選んだお菓子を友達にあげるのが楽しみ。友達がどんなお菓子を持ってくるのか楽しみ。トリックオアトリートって言うんだって。お姉ちゃんがいる友達が教えてくれた。意味は分からないけど、トリックオアトリートって言いながらお菓子食べようねってみんなと約束したんだ。私は走った。早く友達に会いたかった。
「いってらっしゃい!もう、はしゃいじゃって。車には気を付けるのよ。早く行きたいのは分かるけど、ちゃんと周りを見てね。」
「うん!分かってるってば!じゃあ、行ってくるね!」
服、褒めてもらえるかな。みんなもかわいい服着てくるのかな。走って。走って。信号が赤に変わったことにも気付かないくらい私は夢中だった。大きなクラクションが聞こえた。体に衝撃が走った。視界が真っ暗になった。
足が止まる。子供が不思議そうに私の顔を見る。
「みんなと、パーティーしたかったなぁ。お母さんとお父さんに楽しかったよって話して。帰りたかったなぁ。」
涙が溢れる。止められない。
「お姉ちゃん。これあげる。」
子供が小さなポーチからなにか取り出して私の掌に乗せる。それは小さなキャンディだった。
「ハロウィンにはお菓子をあげるんでしょ。ママが言ってたの。」
魔女の格好をした女の子が描いた袋に入ったキャンディ。
「それ、お姉ちゃんにそっくりだから。お姉ちゃんにあげる。」
お菓子。もらったって私は何も返してあげられないのに。
「お姉ちゃん、紫のお洋服と、オレンジのリボン。かわいい魔女さんみたい。かわいいね!」
そうだ。こんな風に友達とお菓子を交換したかった。お気に入りのワンピース、褒めてもらいたかった。
「...っありがとう。ありがとう...!」
「ママとパパ、一緒に探してくれたお礼!」
私は小さなキャンディを握りしめた。大切に。宝物を持つように。
しばらく歩いて人混みの少ない所に出た。
「幸!!」
「あ!ママ!!」
お母さんに会えたんだ。よかった。ちゃんと連れて行ってあげられた。こんな寂しい思いをするのは私だけでいいから。よかった。会えて。本当に。
「もうはぐれちゃダメだよ。」
「うん!ありがとう、お姉ちゃん!」
子供の手が離れていく。
「もう!幸!どこにいってたの!」
「ごめんなさい。ママ。パパ。」
「本当に心配したんだぞ。それにしてもよく一人でこの中から出てこられたな。」
「ううん。お姉ちゃんが一緒に来てくれたの!」
「お姉ちゃん?誰か一緒にいてくれたの?」
「お礼を言わないとなぁ。幸。そのお姉ちゃんはどんな人だった?」
「えっとね、紫のお洋服にオレンジのリボンを付けた、かわいい魔女のお姉ちゃん!」
不思議。
「ここ、私の家だ...。」
今までこんなことは一度だってなかった。家に帰ってこれたんだ。お母さんとお父さん、いるかな。会いたいな。家をそっと覗き込む。あれ、私の仏壇かな。お菓子でいっぱい。
「あの子、素敵な友達を持ったわよね。」
「そうだね。あの子が事故にあってから十年以上経つのに毎年お菓子を届けてくれるなんてな。」
「お陰で毎年あの子を思い出せるのよね。辛い思い出だけど、あの子のお友達のお陰で少し楽しい気持ちになれる。こんなにお菓子をもらっちゃって、あの子きっと食べきれないわ。」
お母さんもお父さんも、あの日パーティーの約束してたみんなも、私のこと忘れてなかったんだ。私、帰ってこれた。
「お母さん!お父さん!私ここにいるよ!…車、いつも気をつけなさいって言われてたのに、ごめんなさい...。」
私の声はいつも生きてる人には届かない。届かないって分かってるけど私は叫んだ。
「お母さん!お父さん!帰ってきたよ!...私...、私帰ってきたんだよ!お洋服ね、褒めてもらえたよ!かわいい魔女だって、昨日会った子が褒めてくれたの。友達にも見てもらいたかったけど...でも褒めてくれた子がいたの。お母さんが選んだ服、大好きなの。お父さんが言う通り、かわいい魔女だって!ありがとう...っ。」
届いて。届いてよ。
「お母さん...お父さん...!」
お願いだから、届いて。
「大好きだよ。お母さん、お父さん。」
身体を暖かい光が包み込む。あぁ...私、消えちゃうのかな。また帰ってこられるのかな。友達にも、ありがとうって言いたいのに。私は昨日あの子供にもらったキャンディを見る。私にそっくりだって言ってくれた袋を破るのは嫌だったけど、消えちゃうなら食べたかった。魔女の絵の描いてあるところを傷付けないように袋を開ける。口に入れると甘さが広がった。久しぶりだ。おいしい。ありがとう、幸ちゃん。私もお母さんとお父さんに会えたよ。あぁ、もう満足だ。身体と服が綺麗になる。お母さんが見送ってくれた、お父さんが褒めてくれた、かわいい魔女の女の子だ。お母さんとお父さん、それから新しい友達の幸ちゃん。みんなが褒めてくれた私で、さよならするんだ。
「!今、あの子の声が聞こえた!お母さんって!」
「か、母さんも?俺も今、お父さんって...!」
「帰ってきたのよ、あの子が...!」
とある一軒家。女性が慌てて飛び出してくる。続いて男性も家から出てくる。玄関の前、女性があるものを見つける。
「これ...。」
「あぁ、あの日のあの子にそっくりだ...。」
そこにはキャンディの袋が落ちていた。紫のワンピースを着て、頭にオレンジのリボンを着けた少女が描かれた小さな袋。まるで「ただいま」と言っているかのようなその小さな袋を夫婦は大切に拾い上げた。
ハロウィンの夜に 仁城 琳 @2jyourin
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