第122話 アンドルの妹

 イーア、というかアラムは、ラグチェスターに入学して寮に入ったけれど、アラムのお母さまが「寂しいから週末は家に帰ってきてね」というので、毎週末、ギルフレイ卿の邸宅に戻ることになっていた。

 そのために、館の玄関前に転移できる転移水晶まで渡された。これがあれば、一瞬で家に帰れるから、毎週末帰らない言い訳はつくれなかった。


 どうせギルフレイ卿はバララセの戦いで忙しくて家に帰ってこないけれど、ギルフレイ卿の館に戻ると、イーアはやっぱりちょっと心配になる。

 しかも、いつも召使いたちがさりげなく監視をしているきがしてならない。単にお世話をするために観察しているだけかもしれないけれど。

 館の中だと気が休まらないせいもあって、ギルフレイ卿の館にいる時、イーアはお庭を散歩するのが好きだった。


 というわけで、その日もイーアはお庭を散歩していた。

 小鳥がたくさんいる木の傍を歩いていて、イーアはふと小鳥たちの中の一匹に目をとめた。一匹だけ、ちょっと種類の違う小鳥がまざっていた。


(あれ? あの小鳥って、ケピョン?)


 ケピョンは存在感が薄い上に地味などこにでもいる小鳥に似ているので、注意しないと気が付かない。だけど、バララセでずっといっしょにいたので、イーアはケピョンの見分けがつくようになっていた。

 イーアが手をのばすと、ケピョンがイーアの手にとびのった。このなれ方は、やっぱり野生の小鳥じゃない。


『ケピョン、通信をお願い』とイーアが精霊語でささやくと、ケピョンはケピョ、ケピョ、と鳴きだし、そして、じきにヤララの、ものすごく不安そうな声が聞こえた。


『イ……アラム? 今、大丈夫?』


 イーアは周囲を見渡した。たぶん、今は誰も見ていない。それに、遠くから見ているだけなら、アラムが小鳥とたわむれているようにしか見えないはずだ。

 イーアは小声の精霊語でささやいた。


『今は大丈夫だと思う。やっぱり、ヤララだったんだね』


『ガ……あの人に連絡係をたのまれて。この子たちを館と学校の庭に配置しているから、何かあったら連絡して。でも、聞いて驚いたよ。まさか、そんなことになってるなんて……』

 

『うん。びっくりだよね。じゃ、またね』


 通信を終えると、ケピョンは小鳥たちのいる木の上に飛んでいった。

 以前ヤララに聞いた話によると、ケピョンはもともとどこにでもいる、ほとんどただの小鳥みたいな力の弱い精霊だ。だから、人間や魔獣を排除する結界にも引っかからないし、魔術と違って見つかってあやしまれることもなければ、魔道具の伝話機のように傍受ぼうじゅされることもない。

 つまり、連絡係に最適らしい。

 ケピョンを連絡係にできるのは、ヤララくらいしかいないけれど。


 イーアはまたお庭の散歩を再開しながら、ふと思いついた。


(そうだ。バルゴにアラムのことを聞いてみよう)


 館の中で働いている人にはあまり迂闊うかつなことは聞けないし、そもそも、みんな言うべきことと言わざるべきことをわきまえている人たちなので、何も教えてくれないだろう。

 でも、バルゴだったら何か教えてくれるかもしれない。

 イーアはバルゴの小屋に向かった。


 バルゴは小屋の近くで薪割りをしていた。

 イーアが来ると、バルゴはよろこんで迎えてくれた。

 バルゴの粗末な家の中に入り、イーアが「ボクが意識を失っていた理由について何か知っていますか?」とたずねると、バルゴは言った。


「それが、何も知らねぇんだ。みんなわからねぇんだよ。お前は前の日まで、いや、その日だってずっと元気だったのに、突然、意識を失って、それっきり起きなくなっちまったんだ。どんな治癒師に見せても無駄だった」


「そうだったんですか……」


「何かの呪いって話もあったんだが。だったら、アンドルがどうにかできるだろ。あいつは、古代魔術を極めたえらい魔導師なんだから」


「父上は、何か言ってましたか?」


「いや。だけど、なんつーか。アンドルはあの頃から、すっかり変わっちまったな。お前が眠っちまってから、みんなかわっちまったんだ。特に奥方はすっかり元気をなくしてずっと寝ついていた。やかた全体が、まるで幽霊屋敷ゆうれいやしきみたいになってよ」


「そうだったんですか……」


 イーアはふと、自分が元の体に戻った後、アラムは、アラムのお母さまは、どうなるんだろうと思った。

 イーアがこの体からでていけば、きっと、アラムは魂のない寝たきりの状態に戻るだろう。そしたら、みんなまた暗く落ちこんでしまうのだろうか。


 イーアの家族を殺し、マーカスを殺したギルフレイ卿のことは、許せない。絶対に。

 だけど、何も知らないその家族に罪があるとは思えなかった。

 偽りの関係だとしても、親子として愛情を注がれて暮らしているうちに、イーアは、アラムのお母さまはなるべく悲しませたくないと思うようになっていた。


「ま、元気になってよかったよ」


 バルゴがそう言った時、イーアはちょっと心が痛んだ。本当のアラムは今も意識を取り戻していないから。

 だけど、イーアは少しでも情報をひきだそうと、バルゴに質問した。


「そういえば、さっき、父上がすっかり変わったと言ってましたけど」


「ああ。昔とは別人みたいにな。でも、変わったのは、もっと前からだったかもしれねぇな。お前が生まれる間には、もう……。いつからかアンドルはまるで心をなくしたみてぇになってな。ま、子どもの頃だって冷酷だって言われることはあったが。あれは、フィネヴィアさん、母親を殺されて復讐に燃えてただけなんだ。本当はいい奴なんだよ。少なくとも、俺やあいつの妹にとっちゃ、アンドルはずっと、すげぇいい奴だったのさ。それが、あの頃から……」


「母親が殺された? 妹?」


「ああ。フィネヴィアさんは俺達がまだ子どものころに殺されて……。以来、アンドルは復讐のために生きるようになった。アンドルの妹は、アラムにとっては叔母さんか。だいぶ前に音信不通になって、俺ももう長いこと会ってないんだが。実は魔術は、妹のほうがアンドルよりずっと上だったんだ。出自と人種と女だからって理由で、どの魔導師にも弟子入りさせてもらえなかったのに。フィネヴィアさんとアンドルから習った知識で魔術を独学で極めてて。アンドルも妹には勝てないっていつも言ってて、困ったときはいつも頼ってたんだ。つーか、あいつには俺もアンドルも絶対勝てねぇっつーか……確か、写真があったな……」


 なつかしそうに話しながら、バルゴは引き出しから古い魔法写真を取り出した。

 そこには3人の子どもたちがうつっていた。わんぱくそうな少年バルゴが、精悍せいかんな顔つきの意志の強そうな少年といっしょに映っていた。

 だけど、イーアの目は、もうひとりの茶色い肌に茶色い瞳のとてもかわいい女の子にくぎづけになった。


「ほら、これが俺で、これがアンドルだ。それで、これがアンドルの妹」


「この子が?」


 ふたりはまったく似ていないから、何も知らない人がこの写真を見たら、ふたりが兄妹だとは想像もしないだろう。


「ああ。見た目は似てねぇが、兄妹だ。ふたりは親父がちがってな。アンドルの父親は前のギルフレイ卿だが、妹のミリアの親父はバララセ人だったらしいんだ」


「ミリア?」


 それは、イーアのお母さんの名前だった。

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