第121話 ガリとエレイ

 静寂に包まれる<星読みの塔>の中でも特に静かな一画にあるエレイの部屋。

 ガリがそこに到着した時、ちょうど、ドアが開き、ホスルッドが部屋から出てくるところだった。

 ホスルッドは愛想よくあいさつをした。


「やぁ、ガリ。会えてうれしいよ。君の弟子が亡くなった件は本当に残念だった。お悔み申し上げる」


 ガリは無表情のまま無言を返した。

 特に気にする様子もなく、ホスルッドは続けて言った。


「君にお願いがあるんだ。うちの弟子が送っている手紙は届いているね? あの子に、せめて墓参りだけでもさせてあげてほしい。あの子はとてもショックを受けていて」


 イーアの遺体、あるいは遺骨と会わせてほしいと、ユウリは何度もウェルグァンダルに手紙を書いていたが、ガリはすべて無視していた。


「あいつに墓はない。それよりも、ばれないと思っているのか? ギルフレイ卿のためにあいつを呼び出し殺害のお膳立ぜんだてをしたのは、おまえだろう?」


 イーアが持っていたユウリの筆跡の手紙。

 イーアをおびき出すために使われたあの手紙は、ギルフレイ卿だけでは用意できない。ホスルッドが協力したとしか考えられなかった。

 ホスルッドは、ため息をついた。


「……ギルフレイ卿は、恐ろしい人だからね。従わなければ、うちの子に何をされるかわからなかったんだ。君には心底悪かったと思っているよ」


 ホスルッドは誠意をこめているかのように謝罪をしているが、まったく悪く思っていないのをガリは感じ取っていた。

 ホスルッドの本音はきっとこうだ。

 息子を守るために邪魔者はよろこんで消す。

 後悔は微塵みじんもない。


 そもそも、ガリなら自分の関与に気が付くとホスルッドは知っていたはずだ。なのに、平然と「会えてうれしい」だの「お悔やみ申し上げる」だの言っていた。

 とはいえ、はなからホスルッドがこういう男だと知っているガリは怒りも感じず、あいかわらずの無表情で淡々と言った。


「謝るべきは、俺じゃない。お前の弟子に謝れ」


 ホスルッドの眼が鋭くなった。


「ガリ、あの子には何も……」


「俺は何も言わない。だが、あの少年はさといと聞く。本当にばれないと思っているのか?」


 ホスルッドは肩をすくめ、質問に答える代わりに言った。


「秘密を守ってくれるお礼に、旧友としてひとつ伝えておこう。<白光>の幹部は、あの少女の暗躍の背後に君がいると思っていた。君が密約を反故ほごにして、牙をむくつもりだとね。だから、あの少女が死なずに妨害活動を続けていれば、<白光>は全力で君とギアラド人をつぶしにかかっていただろう。もちろん、ドラゴンの軍勢を呼べる君を相手にするんだ。大きな犠牲、帝都の一つくらい失う覚悟での全面戦争になる。でも、お互い、それは避けたいだろう?」


 ガリはそっけなく答えた。


「俺は人界に興味はない」


「長い付き合いだ。私は理解しているよ。でも、彼らはね。君のことを、あくまで「ギアラドの王」だと思っている。なにしろ血筋を非常に大切にする方々だからね。君はしばらく行動に注意したほうがいい。それでは、失礼」


 ホスルッドが優雅な足取りで去っていくのを見送って、ガリはエレイの部屋に入った。「あいつは何を考えているんだ?」とつぶやきながら。


「あんなことになっても、まだホスを心配してあげてるんだね」


 室内に座っていたエレイは、そう静かな声で言った。

 ガリとホスルッドのかつての同級生、つまりすでに30才に近い歳でありながら、エレイは今も中性的な少年のような外見のままだった。


 エレイは幼少期に当時の<星読みの塔>の塔主によって、数々の<代償>の秘術を施され、身体機能のいくつかを永続的に失った代わりに強い未来予知の力を得た。いわばエレイは人工的に無理矢理つくられた<星読み>だった。

 ガリはエレイ本人からはっきり聞いたことはなく気にしたこともないが、エレイに男らしい成長がほとんどないのは、おそらくその<代償>の影響だった。


 ガリはぶっきらぼうに言った。


「ただ、理解できないだけだ。なぜ、自分が親にされたことを子に行う? むりやり仲を引き裂かれ、恋人の死に目にも会えず、あいつは相当、親を恨んでいたはずだろう? なのに、なぜ?」


 エレイは静かに言った。


「ひどいように感じるけれど、親心なのかな。僕にも理解はできない。昔から、ホスは愛のためなら何でもしてしまう人だから。僕や君には理解できないよ。いい父親ではないし、息子には嫌われるだろうけど、自業自得。ホスも覚悟しているから、どうしようもない。……そっか。今日は、用事があってきたんだね」


 エレイは人の心を読む。

 すべてを完ぺきに読めるわけではないらしいが、ガリがはっきりと心の中に浮かべた思念はいつもすべて読み取っていた。


 エレイは悪意や悪だくみも読み取ることもできるため、裏表のある人間はエレイと会うことを避ける。あるいは、エレイが避ける。

 そのためにグランドールで孤立していたエレイと、人語を話すのが苦手で孤立していた少年ガリは、互いに数少ない友人となった。

 以来、15年以上の付き合いだった。


 <星読み>であるエレイへの依頼は、正式に<星読みの塔>に依頼を出せば膨大な金がかかる。

 だが、ガリが心の中でたずねれば、エレイはいつもこっそり雑談の中で教えてしまっていた。

 ガリは口に出さずにたずねた。


(エルフの隠れ里の入り口を探している。北アグラシアのどこかにあるが常に動いているらしい)


 イーアの体を治すため、ガリはエルフの治癒師を探そうとしていた。

 ガネンの民はイーアを残してすでに全員殺されているため、他のエルフの集落を探していた。


 1800年ほど前までにエルフはみな人界を去り異界へと移ったが、すべてのエルフがまったく人界と隔絶した場所に住んでいるわけではない。

 イーアの故郷、ガネンの森がそうであったように、人界との行き来が可能な場所に住んでいる者もいる。

 ガリが精霊から聞いた話では、北のどこかにあるそのエルフの隠れ里は人界からも行くことができる。

 ただし、人界との接点にあたる場所は常に移動しているという。


 エレイはつぶやいた。


「そうか。亡くなったあの子がエルフなんだね。どうりで、いくら探しても見つからないわけだ」


 たずねた以上のことをエレイはガリの心から読み取っていたが、ガリはそれは気にせず、たずねた。


「エルフがどうした?」


「残念だけど、教えられない。ここのルールだから」


 <星読みの塔>では、依頼に関する情報を依頼者以外にもらすことは許されない。

 逆に言えば、今の返事は、エレイが依頼を受けて、エルフに関する予言を出したということを意味していた。

 エレイは何かイーアに関する予言をだしたのだろう。

 <星読み>であるエレイが受ける依頼は国家機密レベルのものがほとんどであるのに。

 (あいつも大物になったものだ)とガリは心の中でつぶやいた。


 エレイは机の上に広げられていた地図を手で探りながら言った。 


「君が探しているものは北の高地の山中にある。この辺りかな。でも、気を付けて。危難の道になりそうだ」


 ガリは地図で位置を確認した。


「助かる。それと、もうひとつ」


 ガリは心の中で(<滅亡の予言者>は今どこにいる?)とたずねた。

 エレイは即答した。


「それについては何も教えられないよ。彼については、すべてが禁忌事項だから」


 一般には、<滅亡の予言者>ラムノスはすでに死んでいることになっているが、エレイの返答を聞いて、ガリは確信した。


(やはり、ラムノスは生きているのか)


「何も言えない。そもそも僕には何も見えないんだ。あの人は、僕をはるかに超える術者だから」


 エレイが何も探知できないのは、そうさせないようにラムノスが術で防いでいるからだろう。


(それほどの術者であれば、未来を操ることすらできる。やはり、ラムノスが裏で糸を引いているのか?)


 ガリがそう考えると、エレイはうなずいた。


「君が思っている通りだと、僕は思う。未来を完全に操ることは誰にもできないけれど、一つの流れに収束するよう、干渉することはできる。運命の重要な分岐点、鍵となる出来事や人物を特定できるなら。僕にはできないけれど、あの人ならできる」


 出会いは偶然ではなかったのだろう。

 イーアとユウリ、つまりホスルッド・クローの子が、一緒に育ったこと。

 あの年にイーアがグランドールを受験し、ガリと出会ったこと。


 ただの偶然に見えていたすべてが、実は運命の分岐点で鍵となる出来事だったとしたら。

 それを知っていた者、ラムノスが、そうなるように仕組んでいたとしたら。

 帝国滅亡の予言を実現する道へと知らずに誘いこまれていたのかもしれない。

 

 あるいは、グランドールでイーアがギルフレイ卿から支配者の石板の欠片を奪ったことや、殺されてギルフレイ卿の息子の体を乗っとっているこの状況すら、その道筋の上にあることなのかもしれない。

 

(俺たち全員が、ラムノスの掌の上で踊らされている。帝国を滅亡に導く駒として)


 不安を感じとったエレイはそっとガリの手の上に手を重ね、告げた。


「大丈夫だよ。君は大丈夫。君の未来に凶兆はない」


 ガリはいらつきを隠せない声で言った。


「当然だ。俺はいざとなれば人界を去り、アディラドに帰ればいい。だが、他の者はどうなる? 誰が、どれだけ多くの者が血を流す?」


 エレイは静かに言った。


「僕には見えない。僕ではわからないよ。未来は本当に混沌としている。複雑に入り組んだ線が絡み合い、ちょっとしたことが未来を大きく変えてしまう。たぶん、すべてを見透しているのは、あの人だけだ」

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