第16話 一縷の希望
アリサの意識は、訳も分からず宙に舞い上がったところでぷつりと途切れていた。
それから目を覚ますまでは、ほんの一瞬の出来事だったようにすら思えた。
アリサはハッとして身体を起こした。
見覚えのある場所だった。ここに来て間もない頃、初めての「決闘」でルカーシュという生徒に負けた時に来たことがある。
医務室の一つのベッドに、アリサは寝かされていたらしい。
そして、すぐに負けたのだということを認識した。
「アリサ! 目が覚めたのね!」
と声のした方を向くと、ヒルデグントが駆け寄ってくるのが見えた。
「無理しちゃ駄目よ、アルマの本気の魔術を受けたんだから……。想像もしたくないわ」
ヒルデグントはアリサの両肩に優しく手を置くと、ゆっくりと寝かせた。
「昨日からずっと気を失ってたのよ? もう少し安静にしていて。ルシアン先生が治療してくれるみたいなんだけど、明日まで不在にしてるみたいなの。戻って来るまでは、身の回りのことは私がするわ。ちょうど、週末だし」
「昨日……から?」
アリサの声はかすれていた。確かに長い時間気を失っていたようで、声が思うように出ない。
「そんなことより、アリサ、何か食べたい物があったら言って。今日はいい天気だし、私、すぐに買って来るわ。あ、でも、マリアナさんからお見舞いのフルーツを貰ったから、私、準備するわね」
ヒルデグントは明るい顔で立ち上がると、駆け足で部屋から出て行った。
一人残されたアリサはため息を吐いた。週末の休息日ということもあり、士官学校内は静まり返っている。
全身全霊で戦い、そして負けた。
もっと失望するものだと思っていたのだが、医務室のような閉鎖的な場所に居るせいか、あまり実感できなかった。
ヒルデグントはとても良くしてくれた。身体が思うように動かないアリサに代わって、身の回りことは全てやってくれた。物静かな彼女にしては珍しく、明るく色々な話題を次から次へと話してくれた。どうやら気を遣ってくれているらしい。
そして、次の日の夕刻にはルシアンが帰って来て、治療をしてくれた。
ベッドで横になるアリサの上に両手をかざす。
ルシアンの手から魔力の粒子が輝きを放ちながらアリサへと降り注ぐ。アリサの身体を光が包むと、怪我は塞がっていった。
「大変だったね。幸い、後遺症が残るレベルの酷い怪我はないみたいだ。もう寮に帰っても問題ないよ」
治療を施した後、ルシアンはこの男特有の優雅な微笑を浮かべて部屋を後にした。
「それじゃあ、私も帰るわね」
アリサの完治を見届けたヒルデグントは、安心した様子で言った。
「ヒルデグント、丸二日も付き合わせちゃってごめん」
ベッドの上から、アリサは申し訳なさそうに言う。
「そんなの、気にしないで」
近くで手荷物をまとめていたヒルデグントは、手を止めて優しく微笑む。
「私、負けたんだよね、やっぱり」
アリサは聞くと、ヒルデグントの笑顔が曇った。
「ああ、ごめん! 暗くならないで! 私が弱かっただけだから」
アリサは慌てて声を明るくして言う。
「そんなことない!」
ヒルデグントはベッドの端にしがみつくように詰め寄った。
勢いにアリサは思わず身を引いたほどだった。
「アリサは強いわ! 私、自分が恥ずかしくなるくらい……」
「え?」
「アリサは諦めずにずっと戦って来たじゃない! それだけでも、とても強い人だと思うわ」
「そうかな……」
アリサは照れた顔で頬をかいた。
ヒルデグントは「そうよ」と笑いかける。
「……それに、私がアルマと仲違いした時だって、一人になった私を見放さないで傍に居てくれようとした」
ヒルデグントは思い返すように一瞬目を伏せた後、真っ直ぐアリサを見た。
「だから、私、忘れないわ。アリサのこと」
言ってから恥ずかしくなったのか、ヒルデグントはベッドを離れてまた帰り支度に戻った。
ヒルデグントは手早く荷物をまとめると、医務室のドアへと向かう。
しかし、ヒルデグントはドアの取手に手をかけたまま立ち止まった。
「……離れ離れになっても、ずっと友達で居てくれる?」
ヒルデグントがドアに向かったまま聞く。
「もちろん。ずっと友達だよ」
アリサはその背中に向かって微笑む。
「……ありがとう。私、きっと手紙を書くわ」
ヒルデグントは振り返って、照れたような笑顔を浮かべた。
彼女の顔が、ふと幼く見えた。
しばらくしてアリサも帰り支度をした。
寮へと戻って故国のラヴァンディエへ帰る準備をしなくてはならない。
人の少ない夕暮れの庭園を抜け、寮へとたどり着く。
たった二日見ていなかっただけだと言うのに、なぜか庭園や寮の風景が懐かしく感じた。いつの間にか帝都士官学校の風景は、自分の中で馴染みのあるものになっていたらしい。
自室の扉を開けると、髪を解いてベッドの上で本を読んでいたアルマは、ハッと顔を上げた。
そして、すぐに本をベッドの上に置いて駆け寄って来る。
「アリサ、ごめんね! 身体、大丈夫だった?」
アルマはアリサの身体を下から上まで心配そうに見た。
「あ、うん。大丈夫だから、心配しないで」
アリサは頭をかきながら苦笑する。
その後、お互いどんな言葉をかけ合えばいいかわからず、沈黙してしまう。
「……帰る準備、しなくちゃ」
アリサはぎこちなく微笑んで、自分の生活スペースの整理を始めた。ベッドの周囲や、部屋の棚、机の上に私物が置いてある。
アリサはそれを黙々と整理して、捨てるもの以外は大きな革製のトランクへと詰め込んでいく。
「アリサ、ごめんね……」
荷物をまとめるのを手伝っていたアルマは、ふと手を止めて言った。
「どうして謝るの? どんな結果になっても私たち友達だって話したでしょ」
アリサの手は荷物の整理を続けている。
「……最後まで勝てるって本気で信じてたの。私、諦めなかった。でも、アルマには勝てなかった。だから、私の完敗」
アリサは荷物の整理を終えて、ベッドの上のトランクをぱたりと閉じるとアルマの方を向いた。
アルマは涙を流していた。
彼女の涙につられてアリサも、胸の奥に押し込んでいた悔しさや寂しさがあふれ出て来る。
「泣くなんて……ずるいよ」
アリサも涙声で言うと、顔を伏せたまま寮の部屋を逃げるように出た。
「シエル……?」
アリサは姉の名を呟く。
部屋を出ると、夕日の差し込む寮の廊下に一人、シエルが
「来週には、士官学校は長期休暇に入るわ。その時が、あなたの士官学校を去る時よ」
シエルは言う。最後まで滞りなく妹の面倒をみるつもりらしい。
アリサの顔をまじまじと見るとシエルは呆れたようにため息を吐いた。
「……泣くのは止しなさい。全力で戦った者らしく、潔い態度で国に帰るのよ」
シエルは背を向ける。
「……後は、私がやるわ。あなたの分もブランドード家の名を背負って最後まで戦い抜いてみせる」
まるで自らに言い聞かせるように、シエルは言うと去って行った。
負けた妹に対しては厳しい言葉だが、彼女なりの労いなのかもしれない。
アリサは黙ってその背中を見送った。
(そうだ、マリアナさんにもお見舞いのお礼を言わなきゃ)
瞼に溜まった涙を拭いながら思った。
(それから、ロマンにも……)
アリサは、思い立って寮を出た。
ロマンは一人思案しながら庭園を歩いていた。
アリサ・ブランドード。彼女からは帝国に
(何とか帝国に残ってもらう口実はないものか……)
ロマンは庭園を行きながら、一人悩んでいる。
本来ならば、帝都士官学校で成績を上げて残ってもらうつもりだった。しかし、力及ばず、アリサは脱落を余儀なくされてしまった。
庭園の開けた場所に、湖に面した噴水の広場がある。その名の通り噴水を中心として円形に広がるこの広場の真正面には、湖の中央に浮かぶ帝都士官学校の立派な校舎が見える。
寮に住む生徒たちの憩いのスペースとなっており、夕刻の広場には今日も生徒たちの姿が多く見られた。
ロマンがそこに差し掛かった時だった。
突然、女が目の前に飛び出して来た。
「ダーリン♪」
リヴだった。また髪を下ろして化粧もばっちりの完全武装モード。両手を後ろに回してあざとい表情でこちらを見上げている。
無論、これも偽装。
「また、お前か……」
ロマンは苛々と舌打ちした。
「いい加減にしろ。お前のせいで皇太子殿下との関係も拗れている。これ以上、余計なことをするようならば、お前も敵とみなすぞ」
ロマンの鋭い視線からは殺意にも似た光が滲んでいる。
あまりの迫力にリヴは思わず「ひっ」と息を呑む。
「……ご、ごめんって。他に頼れる人が学内に居ないのよ。まさか師匠に頼るわけにもいかないし……」
「隠密が仕事なら手頃な相手くらい現地調達しろ」
「無理よ! 私、戦闘訓練とか仕事ばかりで恋愛なんてしたことないし。ていうか、あんただってそうじゃないの?」
リヴは恥ずかしそうに顔を逸らすとこちらの様子を横目で伺った。
ロマンは苦い表情で沈黙する。
図星だった。
「……もういい。それで、今度は何だ?」
ロマンは咳払いした後に言う。
「実は、あと一押し足りないと思うのよね」
リヴは顎に手を当てがい、考え込む仕草をする。
「何の話だ?」
と聞くと、リヴはロマンの身体に手を回して身を寄せた。
「!?」
「私たちの偽装。国のためとは言え、これから不正に文書を盗みに行くのよ? 念を入れておくに越したことはないでしょ?」
リヴは胸に顔をうずめたまま、ロマンにだけ聞こえるように小声で言う。
「……文書?」
ロマンは、手をリヴの背中に回して抱き寄せるふりをして言った。
「そう。あんたが前に言ってたアリサっていう子へ皇帝陛下の目を盗んで招待状を送るには、招待状の発送を担当している管理課の職員を抱き込む必要がある……。それで、郵便物の流れを調査した結果、つい昨日、宛名しかない書面が帝都士官学校の管理課のある職員に送られてたってことが分かったの。ちなみにこれも不法侵入だけど」
リヴとロマンの仕事は常に非公式なものばかりである。特に今回は国のどこに敵の目があるか分からないだけに堂々と調査に乗り出すことは難しい。
「その宛名のない書面の中に皇帝陛下に反乱を企てる連中の手がかりがあると言うのか?」
聞くとリヴはロマンの胸の中で小さく首を振った。
「内容を確認しない限り分からないわ。けど、かなり怪しいと思わない?」
「……分かった。それで、俺に何をさせる気だ?」
ロマンは小さくため息を吐いて言う。「ありがと」とリヴが頬ずりした。
「学内であんたの恋人として動くには、まだ、私たちの関係を知る人が少なすぎると思って」
リヴに言われてロマンは思い返すが、確かに知っているのはレオニート、オレクくらいのものだろう。
「あんたが私を連れて管理課へと行っても不自然じゃない空気にするためには……」
胸にうずめていた頭を少し離してロマンを見上げた後、視線を周囲へと動かした。
既に何人かの生徒がこちらを不思議そうに見ている。
「いや、待て……。それは止めろ」
察しのついたロマンは嫌そうな顔をする。
「この場所には士官学校の生徒がたくさん居る。今、私たちが見せつければ、大勢の目を集められる。そうすれば、噂が勝手に校内に広がって私たちは周囲から見て完全な恋人同士ってわけ」
リヴは真剣な声で言う。どうやら本気らしい。
「してるフリで良いのよ、お願い! 皇帝陛下のために」
「……くっ、止むを得ん」
(ふっ、チョロいわね)
「おい、今、心の中で俺を馬鹿にしなかったか?」
「は、はぁ!? そ、そんなわけないじゃないダーリン♡」
リヴは慌てて取り繕って神妙な顔で胸の中からロマンを見上げた。
「……それで、準備は良い?」
「ああ、だが、俺からする。お前は絶対に、動くな」
「おお~、やる気出してくれて嬉しい」
「違う。事故防止のためだ」
「ハイハイ、それで良いから」
リヴは両手を肩にかけたまま、ロマンの恋人を演じて微笑みかけると、目を閉じた。
ロマンはそのまま自然に顔を近づける。唇に触れるか触れないかのギリギリのところで停止する。さらにリヴの身体を抱き込むことで周囲には情熱的に見せ、かつ死角を作る。
二人の情熱的な愛情表現に、周囲からは
その生徒たちの中に、顔を真っ赤にするアリサの姿があった。
アリサはくるりと振り返り、思わず逃げるように広場を走り去った。
しかし、リヴとの演技に集中するロマンは気が付かない。
念を入れてやや長めに演技をした後、もう一度
「これで満足か?」
「カンペキ♪」
お互いに耳元で囁き合う。
「あとは噂が広まるのを待つだけ。またね、ダーリン♪」
リヴはウインクを残して去って行った。
翌々日、帝都士官学校の前期最終日。
「はい、ダーリン。出番よ」
「だから、その呼び方を止めろ」
二人は部屋の端にある来客用のソファーに腰掛けている。二人の背後には大きな縦長の窓があり、昼の強い日差しが二人を照らしている。
窓からは、校舎を囲む湖と、士官学校正面にある庭園が湖の向こうに一望できる。
二人は帝都士官学校、最上階の管理課に来ている。
リヴはロマンの膝に置かれた手に自分の手のひらをかぶせて指を絡め、肩に頭をもたれかけた。香水の匂いがロマンの鼻にほんのりと香って来る。
「今から大事な作戦だっていうのにその顔なーに? 恋人と居る男らしく振る舞いなさいよ」
リヴは小声で言いながら、ロマンの少ない頬の肉を引っ張る。が、周囲から見れば、恋人同士がちちくり合っているようにしか見えない。
「うむ、分かった……」
「……ねぇ、いつもと変わらないけど?」
相変わらず無表情のロマンにリヴは呆れ顔をする。
「いや、喜んでいる」
「どの辺が!?」
思わずツッコんでしまい、リヴは慌てて周囲を確認する。
と言っても幸い二人以外に周囲に生徒は居ない。人が他に来る気配もない。
「俺は常時この表情だ。喜んでいる時もな」
「はぁ……。ま、あんたはそれでいいや」
リヴは諦めた。
木材をまるで鏡面のように磨き上げた艶のあるカウンターを隔て、部屋の半分から向こうは帝都士官学校の管理課職員のスペースとなっている。教師たちとは違い、彼らは士官学校の広大な敷地内のあらゆる設備を運営管理している。生徒宛の郵送物の保管所の管理、庭園の清掃、寮の運営、テラス「湖面の語らい」の経営など、全て彼らの管理下にある。
「……その割には人数が少なくて、特にお昼時は一人なんだよねぇ」
とリヴはカウンターの向こうに眼をやった。カウンターの奥には、職員用のデスクがいくつも並んでいる。どの机にも書類や本の山が築かれており、職員の多忙さが垣間見えるようであった。
その一角で、生真面目そうな初老の男があくせく分厚い本をめくりながら何か確認している。
やがて確認が終わると、男はその本を小脇に抱えたままカウンターの方へと来た。
「お待たせしました」
男は待っている二人を呼んだ。
「やはり、庭園内の寮に外部の人間が部屋を借りると言うのは……。お気持ちは、分かりますが……」
男は申し訳なさそうな顔でロマンと話しながら、隣に居るリヴを一瞬見る。
「そんなはずはない。規定第三十五条第二項を確認してくれ」
ロマンは首を横に振り、納得いかない様子で食い下がる。
「いや、そう申されましても……。先ほど確かに寮に関する規定を一通り確認したんですよ」
男は困った顔をする。
ロマンがさらに文句を言おうとしたところに「ねぇ、ダーリンつまんない~」と退屈そうに聞いていたリヴが、駄々をこねながら手を引っ張る。
「お前のためにやっているんだろうが……」
ロマンは呆れた顔をした。
「だけどぉ、なんでこんなに時間がかかるのよ~」
「ええい! お前が居ると話が進まん。向こうで待っていろ」
ロマンは手を離してリヴに言う。彼女は何かぶつくさと文句を呟きながら部屋の端へと消えて行く。
「あの……」
職員の男は気まずそうにこちらを見ている。
「失礼。とにかくもう一度、ここで規定第三十五条第二項を参照してくれ。恐らくあなたの解釈に違いがあると思う。頼む」
ロマンは真剣な顔で男に言う。
「はぁ、わかりました。仕方がありませんね」
男は規定が記された分厚い本のページを再び
帝都士官学校の管理規定は校内の設備、生活の細部にわたって規定されており、量は膨大である。小さい文字が細かくびっしりとページ一杯に記載されているため、初老の男性がその中から特定の条項を見つけ出すのには、かなりの時間を要する。
男は時折ページを
その間にリヴはカウンターを飛び越えて、職員スペースへと入り込む。流石は隠密といった具合で、跳躍と着地の物音を身体全体で吸収し、静かに侵入してみせた。
リヴは姿勢を低くして音を立てないように部屋の壁際に行き、ある棚を見ていた。そこには、職員がそれぞれ重要な書類を保管する引き出しがある。在籍する職員ごとに一つの引き出しが用意されているようで、引き出しの取手の下あたりに職員の名前が刻まれた金属のプレートが打ち込まれている。
リヴは先日掴んだ怪しい手紙の宛名に書かれていた職員の名を見つけ、立ち止まる。本来、この棚は鍵がかかっている筈なのだが、職員が居る時間は何度も開け閉めするのが面倒なので開きっぱなしのことが多い。
リヴは引き出しを音もなくゆっくりと開き、中の書類を探る。
(はい、見つけた)
リヴは棚を探り、一通の宛名だけの封筒を取り出した。それを懐に忍ばせると侵入した時と同じ場所へ戻り、静かに外に飛び出た。
一分にも満たない時間だった。
元の場所に戻ったリヴは、ロマンに向かってウインクする。
ロマンはその合図を見るや
「……ああ、失礼。やはり、俺が間違っていたかもしれない」
とあっさり手のひらを返す。
「ええ!? 今、ちょうど条項を見つけたところで……」
「いいや、大丈夫だ。恋人のことでつい、むきになってしまっていた。職務の邪魔をしてしまい、申し訳なかった」
「は、はぁ……」
職員の男は煮え切らない顔をしつつも、本を閉じた。
そのタイミングを見計らったかのように、リヴがロマンに取りつく。
「ダーリン、もういいから早く帰ろうよ~」
と腕を引かれ、ロマンは部屋を出て行く。
職員の男の深いため息が二人を見送った。
「ビンゴ、ってとこかな」
校舎内の人目のつかないところまで来ると、リヴは封筒の中身の手紙を広げて笑みを浮かべる。
「何が書いてあった?」
とロマンが手紙に手を伸ばすとリヴはすっと手を引いた。
「ヒ・ミ・ツ」
「おい……」
ロマンは呆れ顔で、片手で頭を抱える
「もちろん教えるよ。でも、師匠への報告は私からしたいから、その時までは秘密」
「俺も協力しただろうが」
「分かってるよ。だから、それは貸しにするって言ってるじゃん。でも、今回の件はアタシのお手柄ってことにしといて。お願い!」
「……まぁ、良いだろう」
ロマンはため息を吐いて言った。
二人は明日、ラディクに諸々の報告をすることになっている。と、いうことは明日には手紙の内容が知れるということだ。
「……そうだ。貸しだと言うなら、早速返してもらいたい」
考え込むようにしていたロマンが顔を上げて言った。
「ん? 何? あ、もしかして……」
リヴは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「本当に私に惚れちゃった? あんたがどうしてもって言うならぁ……」
「違う」
「……あんたのそういうとこ、ホント可愛くないわ」
リヴはひきつった笑顔で言う。
「それじゃ、何?」
「ああ。前に話したアリサ・ブランドードという生徒だが、成績が振るわず、前期で退学が決まってしまった」
「はぁ!? マジで!? あの子が居なくなったら困るんだけど!?」
「そうだ。だから、何とか帝国に引き止める方法を探している。何か知恵はないか?」
ロマンの言葉にリヴは眉間に小さなしわを寄せて考え込んでいたが、何かを思いついたようで、ぱっと顔を輝かせた。
「そうだ! あの方法ならもしかしたら……」
「教えてくれ」
「うん。私が帝都士官学校に在籍してた頃にさぁ、友達が同じように退学になりそうになったんだけど追加で実施された『決闘』で成績を上げて助かったことがあるのよ」
「追加? どうやって追加を? 一人の生徒が半期で組まれる『決闘』の数は始めから決まっている筈だが……?」
「第十二条第三項だよ」
リヴは、にやりと口の端をつり上げる。
「生徒は年に一回だけ、自分で任意に『決闘』の相手を決められるの。そして、管理課の申請が通れば、速やかに『決闘』をその期中で行うことが、教師に義務付けられてる。で、実は個人の『決闘』の回数の上限は、規定に明記されてないの。対戦回数も生徒数によって変動する場合があるしね」
「……なるほど。本来ならば半期で行われる回数の内に含まれる想定の規定だが、期中全ての日程を消化した後に申請すれば……」
「その通り! 規則的には、教師側は『決闘』を期中に行わないといけなくなる。つまり、規定の穴だね。たぶん、まだ改定されてないと思う。師匠ったらすっかり忘れてたから……」
「成程、恩に着る」
ロマンが礼を言うとリヴは少し驚いた顔をした。
「……どうした?」
リヴの反応を見たロマンは怪訝な顔をする。
「いや、初めてあんたが笑ったところ見たなって」
「ん? 笑っていたか……?」
ロマンは不思議そうに首を傾げてリヴを見つめ返した。
(ふーん、意外とカワイイ顔するじゃん……)
とリヴが思ったことを、ロマンは知る
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