第2話 似たもの夫婦


「「ぬぁぁぁ⁉」」


お互いの姿を見て、叫んだ。

ゲーム「after life」で使っていたアバターそのもの!

あのゲームのアバター作成は、二通りあった。

一つは、数あるサンプルから選び、好きなようにカスタマイズする方法。そしてもう一つは、自分の顔を基礎として、カスタマイズする方法だ。

私達が選んだのは、後者だった(もちろん、シミやシワを無くして!)。

そして、選んだ種族は‥‥エルフだ。

黒目黒髪に、尖ったエルフ耳。ベースが自分達本人の身体だったせいか、若干背が低いのが微妙だと爺さんと笑った。二十代の設定にしたが、どう見ても十代半ば。

爺さんの話からすると異世界に転生したらしいが、ここはゲームの世界か?


「ど、ど」

「な、な」


二人して混乱していると、背後でドサッ! と何かが落ちる音が聞こえて来た。

私よりも先に冷静さを取り戻した爺さんが、私をその背に庇う。


「とぉちゃ‥‥かぁちゃ‥‥」

「「ん?」」


爺さんの背中から覗いてみると、やたら大きな猫が立っていた。


「おめぇ‥‥ニャ助か?」

「ニャ助?」

「ほれ、子供がおっただろ。アフター・ライフの方にも」


アフター・ライフではユーザー同士の結婚が可能で、子供もできる。も・ち・ろ・ん、あれやそれはご法度なので、夫婦揃ってのプレイ時間の長さとアイテムが必要になる。

プレイヤーが選んだ種族によって、産まれる子供の種族も変わる。

産まれて来る子供は、両親どちらかの種族を選べるようになっていた。

例えば、獣人と人の夫婦なら、産まれて来る子を獣人か人のどちらかから選べる。

もちろん、同族同士も結婚可能だが、子供の種族は一種類となる。

と言う設定だったのだが‥‥まぁ、後から「そんなのつまな~い」や「種族差別だ!」や「そもそも空想上の種族が出て来るゲームの中でそんな制約意味が無い」等々、多種多様なご意見がユーザーから吹き出し、運営側が出した苦肉の策が「超レアアイテム」だ。

年に数回ある、夫婦参加のイベントで優勝すると貰える、超レアアイテム。

このアイテムを使うと、子供の種族をゲーム内全ての種族から選ぶ事ができる。

なので、ドワーフと人族の夫婦に獣人の子供が産まれる等、現実に起きたらカオスな事この上ない事が可能となった。

そして、私達夫婦もゲーム内に子供がいた。その一人が、三毛猫の獣人「ニャ助」だ。


「とぉちゃ、かぁちゃ!」


二足歩行で突進してきた! そして、私達を二人まとめて抱き上げた!


「うわっ!」

「ひゃ!」

「とぉちゃ、かぁちゃ、やっと会えた」

「ぶっ! こら! ぶふっ!」


私は爺様の背に庇われていたので大丈夫だが、矢面に立った爺様は、大きな猫の顔にぐりぐりと来られている。ゴロゴロと喉を鳴らす音が凄い。ゲームの中ではある程度決まった台詞しか言わなかったし、中身はエヌ‥‥エヌピーシーとか言う、機械だった。


「落ち着かんか!」

「はっ! ご、ごめんなさい! 会えたのが嬉しくて、つい」


そっと地面に下ろされ、ほっと一息。


「それで? お前さんはニャ助なのか?」

「その‥‥そうであり、そうでもないと言うか‥」

「「ん?」」


ニャ助は、昔飼っていた猫がモデルだ。

ある日玄関の前に落ちていた、ボロボロの子猫。爺さんと二人で懸命に世話をして、爺さんが逝く三年前に、二十才で天寿を全うした。


「かぁちゃがこっちに来るって聞いて、迎えにいったんだけど、異世界とか言う場所に行っちゃうって聞いて‥‥とぉちゃも行っちゃったって聞いて‥‥」


ニャ助の大きな瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。


「そしたら、やる気のなさそうな人が「ちょうど良いのがあるから、君も行っちゃう?」って聞かれたから、来たの!」


何が何だかちんぷんかんぷんだが、隣から鼻をすする音が聞こえて来た。


「そうか‥‥お前さんも‥‥むこうで探したんだが、見つけられなくてなぁ。きっと婆さんが来る時に会えるだろうと」

「とぉちゃ!」

「ニャ助!」


ひしと抱き合う二人。


「と言う事は、身体はゲームのアバターのニャ助で、中身は猫のニャ助って事かい?」

「そうなの。だから、こうして二人とお話もできるよ」

「「⁉」」


そう言えば、喋っとる!

同じ事を思ったのか、爺さんも驚いている。


「爺さんの話にも出て来とったが、異世界に行かないかと聞いて来た人、どうにも同じ人じゃないかね?」

「ああ、そうかもしれんな」

「凄い人だねぇ」

「もしかしたら、神さんかもな」


爺さんとニャ助がいたのはあの世だ。あながち、間違ってはいないかもしれない。


「何にしても、有難い事で」


元の世界がどっちにあるのか分からないので、お天道様に手を合わせておく。


「有難いなぁ」

「ありがたい」


ニャ助も私達の真似をして、手を合わせた。


「さて、これからどうしたもんかね」

「先ずは、現状把握だな」


と言う事で、それぞれの持ち物とステータスチェックを行う事になった。


「服装は‥‥ゲームのままだな」

「そうですねぇ」


私も爺さんも、ひっぱりにもんぺ姿。ほぼ実生活と同じだ。


「あ、これ」


腰に下げた小さな巾着。私も爺さんも、同じ物を持っている。


「ゲームのままなら、アイテムなんちゃらになっとるんじゃないか?」

「アイテムバッグですよ」

「そう、それ!」


試しに根付に触ってみると、目の前に画面が現れた。

ゲームの時と一緒で、画面には中身のリストが出た。


「おぉ! 中身まで入っとるぞ」

「有難いねぇ」


リストには、野菜の種や苗、収穫した野菜や果物も入っていた。

アフター・ライフでは、爺さんが「スローライフだ!」と言って農作業を中心とした生産業をしていた。まぁ、やっていた事は実生活とほぼ同じだったが。とは言え、お互いに年を取って、体力やら節々の痛みやらで、自分達の食べる分だけ育てていた。その分、ゲームの中では育てたい物を育て、畑を広げられるだけ広げていた。


「幾らか現金も入っとるみたいだが、使えるんかねぇ?」


そんな問いに、答えたのはニャ助だった。


「使えるよ」

「使えるんか」

「うん。実は僕、二人より早くこっちに来たみたい。一年くらい、情報収集も兼ねて町に住んでたんだ。それで‥‥二人から預かっていたお金を使っちゃって」

「そんな事は気にせんでいい」

「そうですよ。それより、一年も‥‥すまんかったねぇ」


しょぼんとしょぼくれてしまったニャ助の頭‥はとどかないので、腹を撫でてやった。


「そんな! 二人の役に立てると思うと、嬉しかった!」


照れたように微笑むニャ助は、猫と言うより忠犬のようだ。


「それで、ここは「魔の森」と呼ばれているんだ」

「「魔の森?」」

「うん。えっと、ちょっと待ってね」


ニャ助が向かった先を見ると、大きなリュックサックが置かれていた。その中をゴソゴソと探り、取り出してきたのはこの世界の地図だった。


「この世界には、六つの大陸があるの。大小様々な国があるけど、殆どが王制。ここまでは、ゲームと同じ。それで、この場所はここ」


ニャ助が指したのは、世界地図の真ん中。

ゲームの中とそっくりな世界地図。私達の家があったのも、同じ場所。

どの国にも属していない事から、この大陸には多くの生産系プレイヤーが拠点を作っていた。


「僕達が今いるこの大陸は、真ん中に行く程凶悪な魔獣が出るとされていて、国や町は大陸の端の方にしかないの。僕が拠点にしている町からここまで、人族なら歩いて一か月かかる。馬車を使おうにも、道が無いので無理だと思う。それで、ここは、そのど真ん中」

「ほぉ」

「あらまぁ」


なんだかとんでもない所みたいだねぇ。


「世界一危険な森と言われ、冒険者でさえここまでは来ない。その代わりと言うか、この森はどの国にも属していないらしいよ」

「ほほ~ん」


あ、爺さんが悪い顔してる。

それにしても、何故こんな場所に私達の家が? それも、ゲームの中で作った家だ。

う~ん‥‥まぁ、神さんの考える事なんて、儂らに分かるわけないが。きっと、ここで第二の人生を生きなさいと言う事だろう。何故かボロボロになっとるが。


「それで、その‥‥この世界はどうやら、二人がやっていたゲームの二百年後みたい」

「「二百年後?」」


ニャ助がまたリュックから何か出してきた。


「これを見て」


ニャ助が出してきたのは、一冊の本だった。


「ここに二百年前、突然世界の人口が半分になったと書いてあるの」

「「半分⁉」」

「病気や災害ではなく、ある日突然、目の前からいなくなったって。世界は大混乱になって、落ち着くまでに二十年掛かったんだって。僕はこの消えた人口は、ゲームのプレイヤーだったんじゃないかなって」

「そうだなぁ。それだけの数となると、ニャ助の言った通りだろう。もしかしたら、ゲームのサービス停止に関係あるかもしれん。儂が逝く頃には、終わっとったはずだ」

「え?」


サービス停止? 


「ん? 言っとらんかったか?」

「聞いてませんよ! だから、そろそろお迎えも近いだろうし、冥土の土産話にと思ってゲームをつけたんですよ!」


まさかのサービス停止!


「まったく。爺さんは昔っから肝心な事を言い忘れて」

「いや~、年を取ると記憶が~」

「ま、まぁまぁ! 二人とも、喧嘩は」


爺さんと言い合っていると、ニャ助が私達の間に身体を滑り込ませ、止めた。


「モフモフ」

「ふわふわ」


そう言えば、昔からそうだったねぇ。


「この際、ゲームの事は考えても分からん」

「そうですねぇ」

「と言う事で、ここからまた始めればいい! ちょうど家もあるしな」

「ボロボロですけどね」

「僕も頑張る! この身体を貰ったおかげか、ゲームでの知識やステータスもあるよ!」


ここがどの国にも属していないというのなら、開拓すればいい。


「また一緒にいてくれるのかい?」

「せっかく自由になったんだし、儂らの事は気にせんでもいいんだぞ?」

「僕は‥育ててもらった恩はもちろんあるけど、二人と一緒にいたい!」


ニャ助は成猫になっても、ずっと儂らの付いて回りをしていた。

家の中はもちろん、畑に行く時も。ニャ助が逝ってしまった時は、爺さんと二人で一晩泣き明かしたもんだ。

爺さんはああ言ったが、本当は一緒にいて欲しいと思っているだろう。


「そ、そうか‥‥じゃあ、また三人で暮らすか!」

「うん!」

「ふふふ」


異世界とか、ゲームとか、難しい事は分からん。

だけど、こうしてまた家族と一緒にいられるのは、神さんに感謝せんとね。


「あ、僕以外の子供達も、ちゃんといるみたいだよ」

「「なぬっ」」


中々に、賑やかになりそうですね。

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