落花生の花言葉
ご飯のにこごり
第1話 魔法
授業が全部終わった放課後。チャイムが鳴り終わると蛍の光が流れ始めた。2人きりの教室。窓から見える運動場でサッカー部と野球部がアリの大軍みたいに動き回っている。
あのさ、落花生の花言葉って知ってる?とサラが言った。サラが話し出すのはいつも唐突で構えていないとこを刺される。なんなの、と私は尋ねる。金色の髪がいたずらに揺れて、答えは待ってましたと、ばかりに返される。
「なかよしだよ。私たちのことみたいだよね」
そう言われて思わず頬が緩む。嬉しい。これだからいつもまともに食らう。いつも仏頂面の私にそんな事言ってくれるのなんて他に誰も思いつかない。こんなに正反対なのにね、と私は少し遅れて返す。それを聞いてサラも笑った。西陽に照らされたせいか笑顔に儚さが映った。溶けて消えてしまいそうな笑顔だった。
「すごいよね同じところ探す方が難しいよ。パッと思いつくの、幼稚園から中学まで一緒なくらいじゃない?」
適当に相槌を返して耽る。そう、何から何まで違う、他人だからそうでしょと言われたらそれまでなんだけど。ほんと髪質から性格まで全部違う。だからこんなに仲良くなれたんだと思う。私はサラの柔らかい癖のある髪が好きだし、明るくて少し抜けてて人懐っこい性格も好き。あと舌っ足らずで猫舌で、偏食で深く考えず喋るところも、口から溢れてしまいそうな好きで頭がいっぱいになっているとサラは、さらっと言った。
「秘密なんだけどね私ね、魔法が使えるの」、と言ってふいっと水の靄だけ残して消えてみせた。
教壇の裏から現れた彼女は笑っていた。したり顔で称賛を待っている。
「ねえびっくりした?びっくりした?」
「まあね」
「反応うっすいなぁー!」
「いつから使えるの?」と私が言った。
「わかんない、気付いたら使えたよ」とサラが答える。
そうとだけ言って私は机の横のカバンを抱えて教室を出た。サラもそれに続いてまだ物憂げな目を輝かせて私の後をついてきた。無駄に長い廊下を歩き、下駄箱で靴を履いて昇降口から出ると彼女がやっと口を開いた。
「もっと他に聞かないんだ」
「聞いたってどうせ何もわからないんでしょ」
「まあそうだけどさ、やっぱり普通気になるもんじゃん。普通」
「じゃあ何が出来るの、それに。そんなに普通を押し売りすんなし」
「さっきのだけだよ、いいじゃんお買い得だよ!」
「何だよ聞いて損した気分だわ。そういえばそれって物には使えないの?」
「使ったことないなぁ。試すか、ほいっ」
サラは間抜けな声を上げて目の前にあるカラーコーンに触れた。コーンは水みたいに溶けて地面にへばり付く。投げ捨てられたガムみたいなそれは人の血痕のようにも見えた。蝉の声と体育館から聞こえるざわめきがやたら耳に入り込む。もしこれを生き物に使っていたら。と思うとゾッとする。そんなのとは裏腹にサラはまた間抜けに声をあげる。
「ん、へ?」
私はその声が漏れる前にサラの口を押さえた。幸い周りには誰もいなくてまた部活動の声だけ静かに響いた。なに赤くなってるんだよ。私はそのまま手をどけキスをした。彼女はもっと赤くなって溶ける。赤いままで手を引いてそのまま夕焼けを背に負って走った。「お互い様だね。」言葉の意味はまあわかる。それより、とにかく走る。二人汗だくのまま学校を飛び出し、いくつかの信号機を超えていつも通る農道を走った。田んぼだらけで家なんてない寂しげな農道。その先のずっと先に私たちの家たちが立ち並んでいる。いつもはあまり目にも入らないお社にやたら目を引かれる。農道のど真ん中に大木と一緒に偉そうに居座るお社。
「あ、あれだ」
「え、なにが!?」
「今朝ね、お願いしたの消えちゃいたいってそしたら魔法が使えるようになったの」
「そっか」ある程度の覚悟を持って社の戸を開け願いを叫ぶ。
「サラを幸せにしてあげて」
母親のいないサラが母性を感じたのはこれが初めてだった。こんなに優しい叫びを聞いたのも。また初めてだった。
「何も起こらないね」
「いいんだよ、何も起こらない方が」
「そうだね」
「そういえば、もうすぐ夏休みだね。」と私は言った。
2人は手を繋いで暗闇を満たすカエルの声に背中を押されながら帰ることになった。
落花生の花言葉 ご飯のにこごり @konitiiha0
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