婚約破棄されたのに、王命で無理やりまた婚約させられました。クソが！

一話完結 ならば、ギンチヨ女侯爵を、第一王子の婚約者とする

「ギンチヨ嬢、新たな国王となる私との婚姻を命ずる」

　御年４０歳の栗毛の王太子が、まだ高等部の銀髪の私に命じました。

　王太子の執務室に呼ばれ、予想はしていましたが、やはり来たかと、そんな感じです。

　聖女の素質を持つ私が、国王陛下の長男である王太子、次男である公爵、孫である第二王子、誰と契りを結ぶかで、貴族院の動きが変わります。

　例えば、私が、第二王子と婚約すると宣言すれば、貴族院は、国王を第二王子にすると決議するでしょう。

「王太子殿下は、聖女ワン・グランプリで連続優勝した私を聖女だと、お認めになられますか」

　私は、彼の言質を取るため、質問への回答をはぐらかします。

「もちろんだ、聖魔法を使えることも、調べが付いており、ギンチヨ嬢は聖女だと認める」

　私の仕掛けた罠にかかりました。

「聖女は、初婚の男性とだけ婚姻が認められると、法で定められています。亡き国王陛下が法を制定し、先月から施行されております」

「なぜ、そんな法を……」

　執務室の重そうな机のイスに座ったままの王太子殿下。

　先日までは王太子だったのに、国葬の後に“王太子殿下”と呼ぶように通達が出ました。

「聖女の力が弱まるからだと聞いております」

　本当は、国王陛下が、私を王太子から護るため、密かに貴族院を通した法です。

　これまで、策士と言われてきた王太子ですが、最近は、キレがありません。

「ですので、私は、王太子殿下と婚姻を結べません」

　私の回答に、王太子は、初めて表情を崩し、苦々しい顔になりました。

「ならば、ギンチヨ女侯爵を、第一王子の婚約者とする」

　亡くなられた国王陛下の代理である王太子の宣言です。これは想定外です。

　午前中なのに、目の前が真っ暗になり、夢オチかと思いましたが、ここは王太子の執務室に間違いありません。

　私は、王立学園の高等部に通っており、今も学園の制服を着て、ここに立っています。

　銀髪を後ろで一つに結び、第一王子から追放と言われたことから金欠になったため、アクセサリーの一つも身に着けていません。

「王太子殿下、私は第一王子から婚約破棄を申し渡された身、そして第一王子は新しい婚約者と王宮で同棲しています」

　形勢を逆転するため、断る理由を探します。

「そのような報告は受けていない。第一王子の部屋にいるのは侍女だ」

　ぬけぬけとウソを言ってきます。

「第一王子が、パーティー会場で婚約を破棄したのは、余興だ。冗談だったのだ」

　数多くのお客様が見ていたのに、冗談で済ませる気ですか。

「私が、追放を宣言されたのは、ご存じでしょうか」

　第一王子から追放を宣言されたため、侯爵家の令嬢としての立場を追われ、金欠でバイト生活をしているのは、これも冗談なのですか。

「そのような報告は受けていない。第一王子の面白い冗談だったのだろう」

　また、ウソを言ってきます。

「ギンチヨ嬢は、今も侯爵家の令嬢である。貴族名鑑に名前が載っている」

　それは、お父様が、私の復帰の道を残しておくため、カゲで尽力してくれたおかけです。

　裏目に出ました。万事休すです。

「私が貴族のままであるなら、国王陛下の命令に従うのが義務です」

　そう返事をして、執務室を後にしました。

　いつもなら、悲しみで熱を出し、寝込むのですが、今は怒りの方が強いです。

　呪いで、手のひらにできた肉球が、手袋の中で、チリチリと発光しています。

　　　　◇

「貴方が、第一王子の婚約者ですか」

　ここは王宮の貴賓室です。

　友好国の公爵夫人から、呼び出されました。

　公爵夫人は、王太子の最初の妃様の妹です。

　金髪碧眼で、筋肉質なところは、甥にあたる第一王子とそっくりです。

　逝去した国王陛下の弔問のため、この国を訪れています。

　この対応のために、私は第一王子との再婚約を命令されたのですね。

「ギンチヨ女侯爵です、公爵夫人様」

　王宮から借りたドレスでカーテシーをとり、丁寧にあいさつします。

　このドレスは、王太子の最初の妃様の形見だそうです。胸がガバガバだったので、詰め物で誤魔化しました。

「楽にして。椅子に座りなさい」

　公爵夫人が座っているのは、応接セットの長椅子です。腰をずらして、私が座る場所を示しました。

　目上の者に横に座ることは、マナー違反だと言われかねませんので、警戒します。

「そうでした、王妃教育を受けているのですね。私が命じます、ここに座りなさい」

　公爵夫人は女侯爵よりも格が上なので、従います。

「第一王子と貴女とのことは、既に説明を受けています。緊張しなくても大丈夫ですよ」

　第一王子のクソ事件、私との婚約がフェイクであること、全てご存じでした。

「私と手をつなぎましょう」

　夫人は、そう言って、私が手袋をしていることに、気が付きました。

「人払いを命じます。しばらく二人きりで話します」

　私のわずかな動揺に気付いた夫人が、気を利かせてくれました。

　護衛兵たちが、退室していきます。

「ありがとうございました」

　私は、お礼を申し上げます。手袋の中の手を見られたくなかったからです。

「まぁ、これは見事な肉球ですね」

　私が手袋を外すと、夫人は、私が呪いで手のひらにできた肉球に見入ります。

「なるほど、大きな悲しみ、強い怒り、あふれ出た魔力で、一時的に出来た魔法の肉球ですね」

　私でも解らなかったことを、冷静に分析するこの夫人は、いったい何者なんでしょう？

　私と両手をつなぎました。私の魔力を感じ取っているようです。

「懐かしい。お姉さまの聖魔法の力に似ていますね。でも、貴女のほうが、ずっと強い」

　私が聖魔法を使えることは、秘密にしているのに、この夫人は簡単に見破りました。

「いいですか、聖魔法のことは、絶対に知られてはなりません。特にあの王太子には」

　きつく言われました。

「今から20年近く前、第一王子を産んだばかりのお姉さまは、突然に亡くなりました」

　夫人の瞳は、とても悲しそうな色に変わりました。涙が滲んでいるためです。

「今、私は、お姉さまが亡くなった真相を、あの王太子が隠していると疑い、証拠を探しています。このことは秘密です」

　固い決意を秘めた声で、教えてくれました。

「貴女には、お姉さまの力が宿っているようです。今日は、お姉さまに会えたようで、私は感激しています」

　夫人は、私をギュっと抱きしめました。小さく震えているのが、伝わってきます。

　　　　◇

「クソが！」

　私の怒りの声です。

　第一王子の浮気が再発しました。いや、続いていました。

　ここは、王宮の庭にある、第一王子が浮気に使っている、秘密の小屋です。

　建物はボロボロですが、内装は豪華な作りになっています。

　バイト生活の私には、様々な裏の情報が、嫌でも耳に入ってきます。この小屋の存在も、以前から知っていました。

　ドアを破り、突撃してきた私に驚き、第一王子と伯爵家令嬢は、ベッドから飛び起きて、壁際に逃げます。

「ドス、こい！」

　友好国の公爵夫人から教わった“突っ張り”が、二人を吹き飛ばしました。

　壁を破り……「ドップン！」

　逝去した国王陛下が育てた肥溜めに、見事に落ちました。

「また、つまらぬ物を吹き飛ばしてしまいました」

　今日の夕焼けは、いつもより赤く、滲んでいます。

　━━　ＦＩＮ　━━

【後書き】

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