怪物を凌駕する禁忌
全身から禍々しい力があふれさせながら、グラッドは槍を構えた。
「さあ、こっちだデカブツ」
誰もが恐怖を抱くであろう巨大なモンスターを挑発する。
本能に従って行動するモンスター相手でもその意図は伝わったようで、警戒するように距離をとっていたカタス・アレマグが怒りに身体を震わせた。
四肢で大きく水をかいて体当たりするように接近しながら、身体のあちこちから一気に黒い弾丸をばら撒いてきた。先刻、アルサーが防戦一方になった攻撃である。
即座にグラッドの視界が黒く染まり、弾丸が結界の壁面を削っていく。一歩でも外に出れば蜂の巣だろう。
人間のグラッドはマーメイドのように自由自在に泳ぐことは出来ない。敏捷性は著しく失われて、地上なら避けれる攻撃であっても回避は不可能となる
そうなればやることは決まっている。
攻撃、ただそれのみ。
そのためにグラッドは……攻撃にさらされ続けている状況下で、目を閉じた。
呼吸を整えて、瞑想するように集中する。
集中。
集中。
集中。
周りの音が聞こえなくなるまで、自身の意識を深く深く内側と沈めていく。
そうしている内に、グラッドは己の中に存在する忌むべき呪いの源泉――闇色の歪な水晶体をハッキリと捉えた。
ちょうど心臓の辺りにあるソレは、禍々しい威圧感を放ちながら今か今かと深淵の力を解放する時を待って鳴動しているように見えた。
遥か昔、魔神と戦った後からの付き合いではあるが、慣れることはない。その力を少なからず振るえるようになった今でも、可能な限り相対したくはない物だ。
『……何度やっても、慣れるもんじゃないな』
自嘲気味に息を吐きながら、グラッドは自身の身体を損なわぬようしっかりとイメージを固めながら、闇色の水晶体に手を伸ばす。
ソレがなんと呼ばれるのかをグラッドは知らない。ただ、どういう存在かをある程度は感覚で理解していた。
ただの青年を不老不死の存在に変えた元凶。
戯れか、気まぐれか。故郷、親友、仲間、守りたい者。大切なすべてを奪った魔神が残した膨大な力の根源。
コレを認識するたびに強い憎しみと、何もかもを破壊したい衝動に襲われる。
いつかは消滅させてやる。彼がそう誓ったのは何百、何千回だろうか。
だが魔神の力の根源だろうと何だろうと、そこに余計な意志は介在しない。
あるのは純粋な力だけ。人間には過ぎた力だが、どんなものであっても使い方次第で善にも悪にもなる。
そう教えてくれた人はどこにもいないが。
その声と言葉は、決して忘れることなくグラッドの中に刻まれていた。
『なあ親友。お前が、俺の分も背負ってくれるんだろ』
『大丈夫。あなたは負けないわ、私が保証する』
恐怖と不安に挫けそうになる心を、親友とお姫様がまた支えてくれた。
だからこそ、青年はどれだけ腕が震えようともさらに手を伸ばす。
『魔神の力だろうが何だろうが……』
グッと強く握りしめる。
魔神の力が、グラッドの身体を覆い尽くして中へと入りこむ。
ココに、力の解放は成された。
『オレの、大切な物を守るために使う』
◆◆◆
「あ、あれはっ」
戦況を確認しようとしたアルサーが驚きの声を上げた。
彼女の眼にはハッキリと、グラッドの全身から膨大な闇のオーラが立ち昇っているのが視認できている。
「闇の波動……」
遅れてウレイラが呟く。その声には困惑の色が濃い。
グラッドがカタス・アレマグの攻撃され続けているのも悲鳴ものだが、全く異質な力の波動がびりびりと伝わってきたのだ。
波動はメラメラと燃え盛る炎のように猛りながらグラッドを覆い尽くすと、次の瞬間には上方へと吹きあがった。まるで火山が噴火したかのような勢いで。
グラッドの身体が闇色の噴火に飲み込まれ、すぐに見えなくなる。カタス・アレマグの攻撃は一層激しくなり、彼らの戦場は黒い血が滲だかのような色合いに染まっていく。
「グラッド!!」
黒い弾丸の弾幕が終わる。
トドメとばかりに、怪物がその巨体をもって青年騎士が居た空間を押しつぶした。地震のような揺れに、マーメイド達がおののく。
辺り一帯が――静まりかえった。
決着がついたのを伝えるように。カタス・アレマグも身じろぎひとつしない。
ただただ、静寂だけが場を支配していく。
――その後。
変化はすぐに起きた。
「グガッ!?」
勝ったはずのカタス・アレマグが呻く。
まるで首を絞められたかのように。
何かに押し出されるように、その巨体が少しずつ持ち上がっていく。
そうしている内に、ウレイラ達の目にも何が起きてるのかが見えた。ただ、それがどういうものか彼女達の理解が追いつかない。
ただ認識したものを伝えるならば、巨大なモンスターの頭部と体を繋ぐ首に、大きな黒い手のようなものが絡みつきているというのが近い。
その手の根元に、人影が写る。
その後ろ姿はマーメイド達を助けようとする騎士に似ていたが、同じでは無かった。彼の青年の身体には、複雑な紋様のような痣が浮き上がっり、特に右手はほぼ全てが闇に染まっているかのよう。何より、ゴツゴツとした刃のような物が突き出た異形の腕に変貌していた。
「魔神の……」
ぽつりと、アルサーだけが答えを発した。
◆◆◆
「ぐっ!」
グラッドは苦悶の表情を浮かべていた。
心臓を中心に爆発的に広がろうとする闇の力は、何もしていなくとも暴走しかねない勢いで体内で暴れている。少しでも気を抜けば、その力の矛先がどこに向くかは分からない。
そうなる前に、決着をつける必要があった。
「ぐ、おおおおおお!!」
特に力が集中してしまっている右腕を左手で抑えながら、グラッドはカタス・アレグマを持ち上げている腕のようなものを操り、巨大なモンスターを捉えたまま長く伸ばした。
「グガガガッッ!!!?」
バタバタと体をバタつかせながらもがくカタス・アレグマだったが、闇の腕が引き剥がされ気配は無く、むしろより強く食い込んで勢いよく後方にあった岩盤に叩きつけていく。
何度も、何度も、何度も。
その圧力で押しつぶさんとせんばかりに、闇の腕はカタス・アレグマを攻撃した。硬い体にダメージは入りにくいが、拘束するには十分。
「くっ、まだ…まだぁ!!」
グラッドの身体から噴き出た闇が、さらに数本の腕を形成してターゲットを縛り上げる。伸びた腕は、上へ上へと獲物を高く掲げるように持ち上げた。
これだけ距離を取れば、被害は最小限に出来る。
そう判断したグラッドはキッと敵を睨みつけ、右手で愛用の槍を握った。
「出番だ、魔を貫く槍よ!」
普段は眠っている力を起こすためのキーワードを口にすると、なんの変哲もなかった素朴な槍が光り輝いた。
光は槍の穂先から柄の方へと広がっていき、その形態を変化させてゆく。
ものの数秒もかからずに、グラッドの手には白銀色に輝く光の槍が生まれていた。今となってはグラッドにのみ許された、故郷に封じられていた強大な魔を討つための武器。
それに、グラッドは闇を纏わせてゆく。
「我が名はグラッド。祖国を守らんと、己の全てを賭けて戦った騎士! 勝利の果てに、すべてを失った哀れなる人の子!」
力の制御を誤らぬよう、自身を見失わないように青年は声を張り上げる。
開戦前に正々堂々と名乗りを上げる騎士の矜持を、想いを槍に乗せるために。
「この身は大罪を犯した者として、永遠に呪われた! だがそれでも、守るべきものを守るために、この力を振るうとオレは何度でも誓おう!」
白い光の槍に闇が纏わりつき、灰色へと変わってゆく。
破壊の力が凝縮されたその槍を、グラッドは大きく振りかぶった。自分自身を強弓に見立て、限界まで弦を引き絞るように。
真似るべきイメージはある。
マーメイド達に教わった投擲術、海魔の槍だ。
水の中を早く泳げる足がなくとも、魔法が使えなくとも、それを補ってあまりある力によって肉体を変化させてイメージを現実に実体化させる。
その先に何が起きるかを感じ取ったのか。カタス・アレマグがこれまでにない程の大きな咆哮を上げ、身体を暴れさせる。いくつかの腕が引きちぎられる中、更に無数の黒い弾丸がグラッドに向けて発射された。
弾丸のいくつかは結界を貫通し、グラッドの身体を貫通する。
腕や足をえぐり、胴体を貫いていく。
それでも青年が全く動じることなく、傷口は瞬時に再生する。
そうして、グラッドは溜めに溜めた槍を――――。
「オレは……守ってみせる。今度こそ! 何度でも!!」
敵に向かって、投擲した。
「くら、えええェェェェ!!!」
巨大な闇の閃光が海を貫く。
魔神の投擲と評するにふさわしい威力を伴ったその一撃は、どのような障害も構わず貫き続ける必殺の槍として獲物へ向かってゆく。
対抗するように張ったカタス・アレマグの障壁も易々と貫通。
その巨体を捩じりきり、極彩色の闇へと取り込んでゆく。さながら虚無へと繋がった穴に吸い込まれるように。
「グガアアアアアアアンン!!?」
海の災厄の姿は、消滅した。
射程内にあった海水と共に、この世から完全に。
グラッドの放った必殺の一撃は、対象を呑み込んでもなおその勢いが止まることなく。後に、その海域では『黒い光が海に風穴をあけた』という噂が流れるようになっる。
「はぁ! はぁ……ッッ!! グオォォォッッ?!」
引き出した力を抑え込むようにグラッドがうずくまる。
周囲に漏れ出た闇は、彼の体の中へと徐々に引き込まれていき最後は霧散した。
「ハァ…ッ」
彼が苦しそうに胸を押さえながら立ち上がり、海の街へ体を向ける。
少なくとも視認できる範囲内での大きな被害は見当たらない。先程放った一撃の射程上には岩礁や砂地が吹き飛んだ跡はあるが、力の暴発は免れたようだった。
しかし。
グラッドはしばらく顔を伏せたまま、その場から動かない。
だらりと両手を下げたまま固まっている様子は、放心しているようでもあり、何やら逡巡しながら佇んでいるようでもあった。
「…………グラッド?」
固唾を飲んで青年をうかがっていたウレイラが、その名前を呟く。
本来聞こえるはずのない程の距離が離れているはずなのに、グラッドは名を呼んだ少女をギロリと睨んだ。
そこへ割り込むように。
白銀色に輝く槍が飛来して、持ち主の手へ収まり強く光る。するとグラッドの身体に浮き上がった紋様が消え、異形の腕も人間の物へと戻っていった。
「……ふはあッ!!」
ギリギリで空気が吸えたかのように、グラッドが大きく息を吐く。
何かを警戒するように焦っていたようだが、彼は徐々に落ち着きを取り戻して、戦いが終わったことを伝えるように、槍を少しだけ掲げて勝鬨の変わりとした。
街を破壊せんとする災厄を倒した英雄がそうしたのであれば、大手を振って皆の下へ凱旋してもおかしくない。
だというのに。
グラッドの表情は、どこか寂しげだった。
その視線の先では、海の街にいた住人達の。
困惑と。
驚愕と。
恐怖が。
少なからず渦巻いていたという。
◆◆◆
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