最愛の願いを聞いて

イコ

序章 上編

 愛するクロエの一生をここに記す。

 もっとも忠誠高く。

 もっともクロエを愛した者より。


 1、


 一匹の黒い狼が賢者に拾われた。


 賢者は死にゆく黒い狼にクロエと名付け、自らの知識を授けた。


 短い命の残火を想い、獣であっても己の知識を誰かに受け継いでほしいと思っていた。


 そして、自分の代わりに死から生還したクロエが、自らの目標を達成してくれることを願った。


 幸いクロエは賢い狼だった。


 賢者から学びとることで世界を知り、自らがやるべきことを学んでいった。


 とうとう、その時がきてしまった。 

 賢者が死を告げる時……。

 生きとしいける者は等しく死にいたる。

 それはクロエだって例外ではない。


 賢者は死ぬ間際にクロエに魔法をかけた。

 それは己の死を条件に発動する強力な魔法であり、黒い狼だったクロエは、褐色の肌に黒い髪、黒い狼の耳と尻尾だけを残した美しい女性へ変貌を遂げた。


 これはクロエ本人から聞いた話だから間違いない。

 彼女は狼から人へ進化を遂げたのだ。


 賢者の下で知識を得た獣、されど人外であることは間違いない。

 彼女に心はなく、知識だけは賢者の弟子として。

 その道を歩み始めることにした。


 手始めに彼女がおこなったことは、かつて、賢者が仕えた王国へ志願することだった。


 知識のある彼女は、賢者の紹介状と賢者の死。

 そして、賢者を証明する大魔法を持って王国へ志願することを成功させた。


 クククッ……! あの時の出来事は今でも度肝を抜かれたよ。


 当時の俺は一兵卒の平民で、彼女は大賢者の弟子だ。

 それも城を守るために作られていた湖を一瞬で蒸発させてしまったんだからな。

 

 しかも次の瞬間には元に戻してしまう魔法を使ってみせた。


 とんでもない威力を秘めた魔法と、時間を元に戻す魔法。

 どちらも失われた古代魔法であり、賢者にしか使えない証明になる。


 2、


 賢者クロエは、現れた当初幼い美少女だった。

 されど、さすがは賢者の弟子と言われる知識と魔力を持っていた。


 だからこそ、人の社会で生きていくのは難しい。


 能力の高さで貴族たちのプライドを傷つけた。

 見た目は差別を受ける獣人、しかも年若い少女だ。

 確かに綺麗な顔をしている。

 

 だが、コネも権力もない彼女が生き残れるほど貴族社会は甘くない。

 

 王国で賢者として職を得たまではいいが、仕える者が俺のような平民の兵士しか存在しない。

 もう一人クロエの世話役となったメイドもいるが、賢者の従者としては役不足でしかない。平民二人を部下につけられた賢者様ってのは、肩身が狭くはないのかね?


 まぁ後から知ったが、彼女は人の心がわからないそうだ。

 知識は賢者様に教えられたそうだが、心は知らない。

 なんともアンバランスな話だ。


 俺にはある任務が与えられていた。

 

 《賢者を殺せ》


 つくづく貴族社会というのは嫌なところだ。

 

 特に女同士の嫉妬ほど厄介で手に負えない感情はないだろう。

 王都という場所はそれが渦巻く恐ろしい場所なのだ。

 王様は賢者クロエを自分の息子に嫁がせようと考えている。


 王様さぁ〜もう少し考えてくれよ。

 そんなことを貴族令嬢たちが許すはずがないじゃないか。

 

 いや、わかってやっているんだろうな。

 

 この世界において魔法は失われつつある力だ。


 だが、クロエは全ての魔法が使えた。


 火、水、土、風、雷、光、闇、空、時間。


 この世界に存在したと言われる魔法たちが使える存在。

 それは貴重な存在であると同時に危険な存在になる。


 人ってのはよく深い物だね。

 未知の力を恐れ、恐れは排除する。

  

 だが、俺が剣を向けてクロエを殺そうとした時……。

 クロエは魔法を使うことなく、そして、表情一つ変えることなく。

 本当に人かと疑わしくなるほど冷たい瞳で俺に問いかけた。


「あなたは力を欲しいと思ったことはないですか?」


 おいおい、俺は平民だぜ。

 今までは貴族たちに虐げられてきたんだ。

 

 力? そんなの欲しいに決まってんじゃねぇか!


 これは悪魔の囁きか? それとも天使の微笑みか? 賢者様が俺に力をくれるという。

 そんなの受け取りたいと思うのが、これまでの俺の人生だ。


 平民でよかった? 王国の民だ?

 

 バカなのか? 貴族たちが贅沢三昧。

 スラムで食事が食べられない? 平民だって、日々の糧を得るのに必死で働いているんだ。

 この世界なんてクソ喰らえだって、何度も思ったさ。


 賢者クロエ、あんたならこの状況を変えられるのか?


 俺が持っていたのは、健康的な体と今まで生き残ってきた運だけだ。


 いいぜ。あんたの剣になってやるよ。

 

「代わりに私に心を教えてください」


 なんだその取引……、はぁ、わかったわかった。一緒に考えてやるよ。


 こうして俺は賢者様の弟子であるクロエの騎士として、正式に仕えることになった。

 それが多くの悲劇や激動の時代を生きる始まりになるなんて思いもしなかったがな。


 ただ、俺ができることは、元狼の賢者様。

 彼女の牙となり、剣となり、騎士として、戦うことだけだ。



 3、


 ついにやりやがった。

 王様が、クロエを息子と婚約をさせた。

 これは荒れるぞ。


「婚約とは?」

「あ〜、狼風にいうなら、ツガイ? 伴侶とか?」

「そうですか、私は彼の方とツガイに」

「嫌か?」

「そういう感情はありません」


 賢者様が現れて二年が経とうとしていた。

 若く美少女だったクロエは、次第に美しい女性へと成長を遂げつつある。

 

 それまで賢者を排除しようとしていた貴族たちも、クロエの美しさと魔法に魅力されつつあった。

 

 それは俺も、そしてもう一人クロエに仕えるメイドも同じようだ。


「クロエ様、このような野蛮な男の側にいてはいけません。クロエ様は聡明でお美しく、これから王妃になられる方なのですよ」

「うるせいよ。メイド」

「ふん、この野蛮人!」


 俺とメイドは相性が悪い。

 メイドは、クロエを可愛がりすぎている。

 そのスキルの高さは素晴らしいと思う。


 しかも、この女も他の貴族女性から送り込まれた暗殺者だ。

 賢者クロエは、常に命を狙われている。

 俺は、この女と対峙したことがある。


「あなたも殺し屋のくせに、どうして私の邪魔をするんですか?」

「悪いな。俺は賢者様と契約したんだ。力をもらう代わりに心を教えてやるってな」

「はっ、あなた如きが賢者様に心を教える? 無理にも程がありますね」


 俺たちはそれぞれの力をぶつけ合った。


 毒に、隠し武器、格闘術に、隠し球に魔法まで使ってきやがった。


 どんだけハイスペックな殺し屋だよ。 

 クロエに力をもらっていなければ絶対に勝てなかった。


「殺しなさい」

「はぁ〜? なんでお前が命令してんだよ。無理だな」

「なぜ?」

「クロエが悲しむ。なぁクロエ?」


 俺が組み伏せたメイドをクロエは見ていた。

 戦闘を察知したのだろう。クロエが立っていた。


「あなたは何が欲しいの?」

「うるさい! 私にはこの仕事しかないのよ! そう育てられてきたんだもの。今更普通の暮らしなんて望めない」

「そう、ならあなたを縛る全ての者から解放してあげる」


 そういうとクロエが魔法を発動した。

 どうやらメイドは隷属の魔法という強制的に命令される契約を結ばれていたそうだ。

 それをクロエは排除した。

 

 しかも、意趣返しにこれまでメイドを苦しめた商人や貴族は呪われるおまけ付きだ。


「クロエ様〜!」


 それからのメイドはクロエの忠臣になって仕えている。

 俺のことを野蛮人というのをやめてくれれば、クロエに同性の友人ができてよかったと思えるが、三人になるとどうしても俺はハブられる。



 4、


 クロエは王妃にはならない。


 王様が与えた王子は、吃音が酷く、脳が未発達で、明らかに厄介払いをされた王子だ。

 それが貴族たちにも伝わったことで、クロエに向けられていた嫉妬はどこかへ消え失せた。逆に蔑むようなバカにする声がチラホラと聞こえてくるようになった。


 王子は、王位継承権を剥奪されてクロエの下へ婿養子としてやってきた。

 

 クロエよりも幼い少年で体も病気がちで外で遊ぶこともままならない。

 自分のことができず、上手く話すこともできない。

 そんな少年に対して、クロエは優しく接することを決めたようだ。


 俺もメイドも、クロエの姿に絆されて、王子様に対して失礼がないように接することを決めた。

 

 彼は、クロエが決めた相手だ。


 発達障害ではあったが、見た目は王家の美しさを受け継ぎ、黙っていれば王族として申し分ない気品も持っている。

 

 このまま何事もなく四人で笑い合えていればよかった。


 だが、人生とはままならないものだな。

 王国に未曾有の危機が訪れた。 

 

 飢餓と流行り病だ。


 王様は賢者であるクロエに助けを求めた。

 それも仕方ないだろう。

 貴族たちは我先にと、自治領にこもって王国を助けようともしない。


 そこでクロエは、ある政策を打ち立てた。

 王都に住まう領地を持たない貴族たちの解雇と、彼らに当てていた賃金を他国から食糧を買うための資金へ。


 これには貴族たちが猛反発した。


 そこでクロエは二つ目の案を出した。


 食料が差し出せないのであれば、王国の民が食べられるだけの金銀を差し出せと領地持ちの貴族たちに命令するように王に進言した。


 王は三日ほど考えた末に、クロエの進言を聞き入れた。

 王都で雇われた貴族を首にする第一案を否決させて、王都から逃げた貴族たちに税を納める命令を出した。

 

 それを取り締まる者として、王都で領地を持たない貴族たちを使ったのだ。


 自分の首が掛かった仕事となれば、貴族たちも死ぬ気で取り組んでくれた。

 すでに貴族たちから、王への忠誠心などありはしない。

 

 飢餓を起こした王は、その政策を最後に王位を返上して息子に明け渡した。


 5、


 疲弊した王国ってのは、他国からすれば弱り切った餌だ。


 餌食になることは目に見えている。


 新たな王は、我が王子様よりも年上ではあったが、幼いことに変わりなく。

 すぐにクロエに助けを求めてきた。

 

 他国からの侵略をどうやって止めれば良いのか? 飢餓で苦しむ各領主たち。

 彼らに金銀財宝を放出させたことで、武器も買えない状況にしたのはクロエだ。


 一度きりだと、クロエは戦場にでた。


 そこは酷い有様だった。


 人が人だと思えない侵略が行われて、領地は荒らされていた。

 

「これが人? これが心ある者のすることですか?」


 当時のクロエは、俺やメイド、王子と接することで優しい気持ちや、飢餓で苦しむ人たちを助けた感謝などを受け取り、少しずつ優しい心を学び始めていたんだと思う。


 優しさ。

 笑顔。

 喜び。

 楽しみ。

 そんな感情に触れることで少しずつクロエは成長していた。

 

 だが、戦争にあるのは阿鼻叫喚だけだ。


 痛み。

 悲しみ。

 苦しみ。

 怒り。

 恨み。


 負の感情ばかりが渦巻く環境は、クロエの心に闇を植え付ける。


 賢者でありながら、心を持たないクロエにどうして俺は戦場を見せちまったんだろうな。そこには綺麗なことなど何もない。

 

 クロエに力を使わせるなら、俺が全ての厄災を! 全ての人間を殺してやりたい。


 だが、俺は無力でクロエに頼らなければ、一人の力じゃたかが知れていた。


《聖騎士団総隊長》


 弱冠二十歳にして、平民から聖騎士団のトップまで上り詰めた女がいた。


 彼女は貴族として変わり者で、剣と生まれながらに授かっていた魔法を駆使して団長にまで上りつめた。

 彼女は戦場にあって、唯一クロエの横に並んでくれた。


「賢者クロエ、あなたがきてくれたことを心からお喜び申し上げる」


 他の嫉みを向けてくる貴族令嬢たちとは違って、クロエを一人の人間として接してくれる彼女は、戦場で肩を並べる戦友だった。


「どうか、私とともに王国を侵略する野蛮なる者を排除してほしい」

「ええ、聖騎士団長。あなたに協力します」


 聖騎士団長は素晴らしい実力者だった。


 彼女と彼女の部下たちが向かう先は連戦連勝。 

 さらにクロエが助けることで、騎士たちを強化して怪我人は治癒されていく。

 次々と王国への侵略者を追い返すことに成功していた。


 すでにクロエが王国にやってきて五年が経とうしていた。


 王国は勝利を手にして、飢餓と戦争を越えることができた。


 それは賢者クロエの名声を高めることに繋がり、ますます注目を集めることになってしまった。


 そして、クロエ自身の心にも変化をもたらした。


 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 あとがき


 どうも作者のイコです。


《世界を変える運命の恋》コンテスト用の作品です。


 全五話の短編なので、読んでいただければ幸いです。


 あと残り6日しかないので、その間に書き上げて完結させます。


 どうぞ応援よろしくお願いします。

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