雷獣たちの鍛錬風景:1

 敵と闘う事を想定して妖術を操る。雷園寺穂村は、この鍛錬をおのれに課していた。鍛錬に励む事そのものは、別に父や継母などに命じられた事ではない。むしろ現当主である穂村の父は、彼が普通の妖怪に育てばいいと思っている程度なのだから。元より父は、穂村たち――次期当主が確約している時雨の異母兄姉たち――には、雷園寺家とは無関係な雷獣として育ってほしいと思っているくらいなのだから。

 もっとも、それは穂村たちがどうでもいい存在だったからだとか、雷園寺家に暗い影を落とす象徴たる子供らを疎んでいたからという訳では無い。父は父なりに穂村たちを愛し、護ろうとしていたのだ。雷園寺家から敢えて追放し、血気盛んで義に篤い叔父に引き取られた雪羽と同じように。

 とはいえ、穂村がそんな事を知ったのはほんの五、六年ほど前の事に過ぎない。それに父の真意など知った事ではなかった。奇しくも穂村は雷獣としての特性を受け継げなかった。電流探知をろくに扱えず、妖力の保有量も同胞たちよりも少ない。端的に言えば出来損ないだった――本来ならば雪羽とは双子の兄弟として生まれるはずであり、更に言えば先に生まれた兄よりも長く母の胎内にいたというのに。ああしかし、穂村は、雷園寺穂村は雷園寺家に生まれた事を誇りに思っていた。今は亡き母を敬愛し、雷園寺家の正しい次期当主である雪羽の事を慕っていた。六年前の秋に生じた大事件の果てに、雷園寺雪羽が次期当主候補として正式に認められた時の喜びぶりたるや、もはや言葉に出来ぬほどだったのだ。

 要するに、穂村が鍛錬を行うのは愛する兄の為だった。雷園寺雪羽こそが雷園寺家の当主になるのだ。万が一……億千万の可能性の果てにそうでなかったとしても、僕は兄の許に仕えるのだ。それこそがおのれの存在意義に違いない。その思いを胸に、穂村は今日も鍛錬に挑むのだ。


 変化はイメージが物を言う。雪羽の親友である島崎源吾郎はそう言っていたが、まさしくその通りだと穂村も思っている。変化術やそれに付随する攻撃術も、術の使い手である穂村のイメージに左右されている事が、鍛錬を重ねるたびにはっきりしてきたのだ。要するに、はっきりとイメージできなかったりイメージしたものにためらいを抱いてしまうと、変化術は失敗してしまう。源吾郎などはイメージが曖昧でもどうにかなるなどと言っていたが、それと自分を比較してはいけない。向こうは四尾でこちらは一尾、それも雑魚妖怪ほどの力しかないのだ。

 それでも穂村は、徐々に変化のコツを掴み始めていた。より恐ろしく、よりおぞましいモノに化身するにはどうすれば良いのか。その事に彼は心を砕いていた。

 板張りの広々とした鍛錬室。穂村は板に敷かれた白線の前に立ち、その先にある的を睨んでいた。同心円状の模様が描かれた丸い的には、既に二筋の傷跡が残っていた。雷獣が放った雷撃による傷である。そして雷撃を放ったのは、穂村の弟たちだった。

 既に攻撃術を終えた弟たち、開成と時雨は今は壁を背にして見学に徹している。穂村の後ろではなく壁沿いに座り込んでいるために、二人の姿は穂村の視界にもはっきりと飛び込んでくる。

 開成と時雨は端的に言ってくっ付いていた。母親の違う兄弟であるのだが、この二人は何かと仲が良いのだ。開成は雷獣らしい雷獣の気質の持ち主であり、つまるところ細かい事は気にしない性質なのだ。ついでに言えば、ここ数年で時雨を弟として扱う事が出来るという事に無邪気に喜んでいる節もある。

 そして異母弟の時雨が、穂村たち兄妹の中で最も開成と相性が良いのもまぁ自然な流れだった。雷園寺家への思いが膨らむがゆえに、穂村は時雨と接する時はぎこちなくなってしまうためだ。妹のミハルも異母弟妹達には親切ではあるが、ミハルも時雨も思春期に突入しているので、互いに遠慮のようなものがあるのだろう。

 視線を的に戻す。それでも開成と時雨の声は聞こえていた。


「時雨君。今度は穂村兄さんの番だぜ。兄さんは俺たちとは違う術を繰り出すだろうから、瞬きなんぞせずにじっくり見よう、な」

「そうだね開成兄さん。穂村兄さんってホントに凄いよね。ミハルお姉ちゃんと一緒に動画配信とかでお金だって稼いでるし、色々と難しい事とかも知ってるんだからさ……」

「ははは、そういう事は直接穂村兄さんに言うんだな。兄さんだって時雨君に褒められたら喜ぶはずさ! 何せ俺らは兄弟なんだし。そう言えば、動画配信は俺もちょっと手伝い始めたんだよな。うん、あれは結構面白いけれど、でもやっぱ大変だからなぁ」


 無邪気な弟二人の言葉に、穂村はおのれの裡に宿る闘志が燃え上がるのを感じていた。俺たちとは違う術、だと――あくまでも僕は、マトモな雷獣みたいな術が使えないからそうせざるを得ないだけではないか、と。

 穂村は目を閉じた。瞼の裏にある闇に目を馴染ませながら、おのれを形どる姿をゆっくりとイメージしていく。雷獣でないのならば、やはり鵺の姿、キメラに化身するのが一番であろう。ライオンの頭部に山羊の胴体と蹄、そしてドラゴンの尾。火山に住まい、自ら火焔を吐いたという異形の獣。

 穂村はおのれの肉体がほどけてぼやけていくのを感じた。これこそが、穂村にとっての変化の予兆だった。大きな衝動が胸の中に駆け巡り、思わず口を開ける。その口から吐き出されるのは、まさしくライオンのごとき吠え声だった。

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