第41話
「本当に宿題全部終わらすとは思ってなかったよぅ。辛かったぁよぉ~」
「後顧の憂いはない方がいいだろう? 後は全日程遊んで暮らしても無問題だぞ?」
「そーだけどさー。ウチは毎年、夏休みの最後の方に泣きながら宿題やるのが慣例だったから慣れないよ~」
「……泣いてちゃ駄目だろ?」
平時よりも多くしたバイトの隙間の日は日夜めちゃくちゃ多く出た夏休みの課題を熟すことに費やしていた。
千春も夏休みだけの短期のバイトを初めたので俺と同じく間の日は宿題をやるようにさせていた。
「それにしても、課題の量は多かったな」
「多いにしても限度ってもんがあると思うんだけどー」
「とはいえ全部終わったんだからこれで心置きなく東京観光に打ち込めるってもんだろ?」
「ふふふ。だねー。さてさて、どこに行くか決めないとね! 大都会がウチを待っているぜっ!」
頑張った甲斐もあり、8月の第二週の終わりには一部日記的な課題以外は全部終わらせられることが出来た。これで完全に後腐れなく遊び尽くせる。
時間はたっぷり作った。これでどこにでも行きたいところへ行けるし、観光地化されていない普段生活の東京を散歩するだけという贅沢な時間の費やし方もいいだろう。
まだ東京行きまで日にちはあるんだから十二分に悩んでくれるといいと思う。
書き入れ時って事もあってカフェめれんげは普段以上に忙しい。ついでに言えばリア充なバイトのお姉様方はカレシとのデートに忙しくシフトを絞っていやがる。
結果、リア貧な俺のところにシフトのお鉢が回ってきてしまい休みたくても休めない状況になっている。代わりにお盆は完全に休むけれど、うちの事情を知っているマスターには『親孝行しておいで』と言われているので気兼ねなく休ませてもらう。親孝行は多分しないと思うけど。ごめんね。
「つっかなんで詩音まで休んでるんだよ!」
「詩音さんは今日明日の2日間カレシくんと海に旅行しに行っているからだよ」
「いずれはてめーの店になるんだからしっかり働けよなー」
「はいはい。僻まないの。大好きなおねーちゃんを知らない男に取られていじけてるゆっきーもかわいいね」
ゆっこが揶揄ってくるが無視するに限る。因みに詩音のカレシが気にならない訳では無いが、いじけるまではないので。念のため。
今日は凛さん、ゆっこ、俺がフロア。厨房はマスターと奏ママで回す。
「いらっしゃいませ。お客様は何名様でしょうか?」
「二人だよ」
「二名様ですね……。って拓海。何しに来たんだよ?」
「全く失礼な店員だな。うちの奥さんが行ってみたいって言うから来たんだよ。よろしくな、こちら、オレの奥さんの美弥さん」
「こんにちは。山科美弥と申します。うちの拓海がいつもお世話になっています」
ほう、”うちの拓海”ね。なるほどなるほど。
「あ、どーも。相馬結月です。拓海のパートナーさんなんですね、はじめまして」
美弥さんは背が低め、一見少し引っ込み思案なふうに見えるけど、拓海よりはっきりとした口調で挨拶しているし意外としっかり者なのかもしれない。
あと見た目はなんていうか、小動物系。リスとかうさぎとかに例えられていそう。なんとも可愛らしく拓海の好みにぴったりじゃないかと思った。
「拓海くん、相馬さんは全然だらしなくないじゃないですか。清潔ですし、何よりカッコいいですよ?」
「なんだよ拓海。俺のことだらしないって吹聴していたのかよ? 後で覚えておけよ⁉ では美弥さん。お席にご案内しますね」
美弥さんを座席まで案内する。拓海? あいつは放っておく。付いて来たければ付いてくればいいってな感じ。
「おい! 置いていくなよっ、美弥さんも? ねぇ、美弥さんってばー」
「本日のランチはこちらになっております。ハンバーグのソースは、デミグラス・シャリアピン・バジルトマトソースの三種類からお選びいただけます」
「結月、シャリアピンソースってどんなのなんだ?」
「玉ねぎや赤ワインに醤油を加えて作るソースだね。東京の帝国ホテル発祥の由緒ある……かどうかはよく知らないけど、美味いやつだよ」
「へー。じゃぁオレはそれで。美弥さんはどうする?」
「では、わたしはバジルの方でお願いします」
「かしこまりました。美弥さんには俺のおごりでキャラメルナッツケーキをデザートで持ってくるね」
親友をよろしくお願いします、の思いを込めてね。
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