第11話

「モデルルームはわかったけど、実際に住むのはどの辺りなんだろう?」


「えっとね。この二次元コード読み込んで、次にウチらのID入れるとマイページにアクセスできるって」


「ほーん。で?」


「えっ? ウチが調べるの?」


 スマホ片手に説明会の小冊子持っているのだからついでにお願いします……。


「もう、しょうがないなー。えっとね、おっ、近い。ウチらの愛の巣は三富町のスカイハイツで、一〇一三号室だって。間取りもモデルとほぼ一緒だね」


「それってあそこに見えているマンションか。ここらへんで一番高い建物だな」


 愛の巣って何だよ。それにしても高校生の結婚ごっこにしては分不相応なくらい立派なお住まいなことで。


「入居はシミュレーションが始まる3日前からだって」


「個人の荷物の搬入を考えると、まあ丁度いいのかもな」


「アンタは荷物が多いの? ウチはあのマンションからなら歩いて10分くらのとこが実家だから無理して持っていかなくてもいいかなぁー」


 近いから必要なものがあったら都度実家まで取りに戻れば済むってことか。


「俺は不要なものは一旦売り払うとして、そこそこ少なくするつもりではいるけどな」


「なんで売り払うの? そのまま置いておけばいいじゃない?」


「俺、一人暮らしだから、半年も自宅を離れるんじゃ、家賃が無駄じゃないか? だから、引き払って完全に移り住もうかなって」


 一地方都市のワンルームだから家賃はたかが知れているけれど、半年も部屋を使わないのに無駄金を払うのは得策じゃないと思ってね。


 すでに解約の手続きも引っ越しの手立ても準備万端だったりする。

 イヤダイヤダと言いながら引っ越しにノリノリだった自分に気づいたときはそれなりに呆れてはみたけどな。


「えっ⁉ アンタって一人暮らしなの?」


「訳あってそういうこと」


「そういう言い方するってことはその訳とやらはまた教えてくれないつもり?」


「どうとでもとっていただいて構いませんけどね」


 もう他人に自分の事情を話すくらいのことは俺も慣れている。何も思わなくはないけど、いちいち感傷的になることも最早ない。

 ただ俺の話を聞いた方はそうはいかないらしいので、もっぱら俺の事情は学校の先生くらいにしか話してはいない。


「さっき言っていた事情とやらと一緒で追々お願いねー」


「気が向いたらな。さっ、部屋も見たし帰るか」




 市役所から駅に向かう。

 道すがらに杜崎の自宅があるそうなので、帰り道も並んで歩く。


 二人の間には特に会話らしい会話もない。

 俺と杜崎はもとより仲がいいわけなど無かったし、まともな会話するのも長話するのも今日が初めて。


 お互いのことなどほぼ知らなし、実際、互いに興味があるのかさえ今のところ定かでない。

 たまたまコンピューターが俺と杜崎を組み合わせただけの間柄。現状、それ以上でもそれ以下でもないというのが正解だと思う。


「ねぇ相馬。ウチらうまくやっていけるかな?」


「……んー、どうだろうな」


「え~、アンタってそんなレベルなの? 『俺たちならうまくいくさ』くらい言ったらどうなの? もう住んでいる部屋を引き払っちゃうんでしょ? シミュレーション失敗したらホームレスだよ」


「ホームレス。マジか……。それは一大事になるな」


 そうなったらそうなったで、数日ネカフェにでも寝泊まりして新しい部屋を契約すればいいと思う。姉ちゃんに説明するのはめんどいけど。


「あんまり深刻そうでもないね。面白くない!」


「なんで俺がお前のこと面白がせてやんないといけないんだよ?」


「そういうのが旦那さんの役目でしょ?」


「しらねーよ。どんだけ前時代的な考え方してんだよ。カッコだけは最先端の陽キャギャルのくせして」


 わーわーぎゃーぎゃーと煩く言い合いをする。別に喧嘩しているわけでも罵り合いをしているわけでもない。


 単純にじゃれている、みたいなもん。


 まさか、この俺が、陽キャギャルとたわむれる日が訪れるなんてゆめゆめ思ってもいなかったな。ま、年上以外の女性との会話さえ普段は埒外だから考えることさえあるわけないけど。


「ね、結月」


「な、なんだよ。いきなり名前で呼ぶなっ」


「いいじゃーん、夫婦になるんだよ。いつまでも苗字呼びはおかしいよ。さ、今から名前呼びだからね、結月。アンタもウチのこと千春様ってお呼び」


「……なんで様付けなんだよ」

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