第8話

「どうしたんだ、杜崎。腹でも痛くなったか? 保健室に連れて行こうか?」


「ま、松末さんのマッチングの相手ってカオルくんだったんだね。びっくりしちゃった」


 おいコラ、人の心配を無視して柳井といきなり話し出すんじゃねぇよ、杜崎。つか『カオルくん』ってお前ら知り合いだったのか?


「久しぶりだね、チハルちゃん。まさかこういう偶然もあるものなのだね。驚いたよ、元気だった?」


「ウン! バリバリ元気だったよ。カオルくんとは別クラになっちゃったから今はなかなか遊べなくなったけど、また今度誘ってね!」


 いきなりのハイテンション。なんなら上気して頬を赤らめているような様子も伺えたりする。


「ああ、また部活終わりにでもカラオケでも行こうな。シンとかミサトにも声かけておくよ」


「お願いねっ‼ そうだ。今月バスケの地区戦でしょ⁉ 応援に絶対に行くからね」


「ありがとう。でも結婚シミュレーションが始まったばかりだから無理しなくていいよ。応援は優希さんも来てくれるって言っているし」


「……あっ、そう。そっ、そうだよね。まあ状況次第でね。えと、頑張ってね」


「サンキュ。じゃあ、僕たち行くね。チハルちゃんも、説明会遅れないようにね。じゃあ」


「あ、うん……」


 そして急転直下のローテンション。今度は顔面蒼白気味になってる。こいつの情緒は絶叫系のジェットコースターなのか?


 優希も俺に手を振って柳井と一緒に行ってしまった。後ろから見ると即席の夫婦って言うより初々しい恋人って感じに見えるな、あの二人。


 俺も杜崎も二人が廊下の向こうに消えるまで無言で見送ってしまった。


 不意に湧いてきた喉の奥に引っかかった魚の骨みたいな、よくわからないこの感情はなんなのだろう。


 取り敢えず少し考えてみたが心当たりがない。不明瞭なことに固執しても仕方ない。そして人生は短い。しかも突然終わることだって十分あり得る。時間は有限。故に有意義に使うことが肝要ってね。


「御託はいいや。さて、俺たちも行かないとなんだけど、杜崎は大丈夫か?」


「……何が」


「ん、なんか腑抜けな顔しているからさ。気が乗らないなら、説明会ぶっちするかと思って」


「するわけ無いじゃん。説明会じゃ大事な話をするってことだし。それにウチは腑抜け面してないからね。腑抜けはでしょ?」


 よくわからないけど、ズンズンと杜崎は歩いて行ってしまうので仕方無く彼女の後ろについて説明会の行われる体育館まで向かうことにする。いきなりのアンタ呼びもよくわからん。




「あそこ、席が空いているからそこにするわよ」


「ああ、それでいい」


 体育館にはパイプ椅子が並べてあって、八割方の席は埋まっているっていう様子。

 見たこともない制服の学生もいるので、拓海のように他校の生徒もうちの学校に来ているんだな。


 それにしても杜崎の目当ての人が優希の相手である柳井とはね。びっくりだな。偶然にしても出来すぎだよな。だからこそ偶然なんだろうけど。

 なるほど。杜崎はああいった爽やかな感じのスポーツマン系のイケメンが好みなんだな。


 ほんと俺とは対称的すぎて申し訳なく感じるほどだ。

 ダサい感じのインドア趣味の並以下メンズだからな、俺は。


 イケイケ金髪ギャルがスポーツマンに似合うかどうかは、これもまた別の話なんだろうけど。ま、俺には関係ない世界の話だよな。


「ねぇ、アンタ。余計なこと考えているんじゃないよね⁉」


「余計なこと? 例えば」


「………………うっ」


 杜崎は真っ赤な顔して、変な百面相を一人でやっている。これは助け舟を出してやらないといけないってやつなのか。


「柳井のこと好きなのか?」


「なっっっっっっ‼ そそそそ、そんなこと、一言も言ってないじゃない‼」


 ガタンって音を立ててパイプ椅子がひっくり返る。そのパイプ椅子から立ち上がり、キッと目を三角にして俺を睨んで叫ぶ杜崎。


「まぁまぁ。みんなが見ているから、ね?」


「はぅっ」


 周囲からの視線と注目を一身に浴びて、赤かった顔が更に朱に染まっていく。


「やうわっ」


 意味不明な声を上げて今度は慌てて座ろうとするが、さっきの勢いでパイプ椅子はひっくり返っているので当然ながら座れない。


「落ち着こう、な? 落ち着けば大丈夫だから」


 倒れた椅子をもとに戻してあげて、杜崎を席に座らせる。なんとも騒がしい子だよ。

 椅子に座った杜崎は目で人を殺せるんじゃないかと思えるくらいの眼力で俺のことを睨んでくるんだけど何か俺は悪いことをしたのだろうか? 心当たりが一つもないのだが。

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