第6話 部活動②

 ユウくんと私の部活見学は二日目、三日目になっても続いていた。実質レクリエーション目的で二人一緒に入れる部活、初日含めても残念ながら出会わなかった。二日目、三日目でまわった部活は、バレーボールにソフトテニス、陸上にサッカー、それに水泳。軟式野球は男子部、ソフトボールは女子部しかないことを、あらかじめ確認していたから見学に行かなかった。


 三日目までの間に見学した結果、意識できていない事があったのに気づいた。それは意外にお金がかかること。シューズやラケットなんかの個人が使用するものだったり、チームが施設を利用するときの使用料や移動のための旅費だったり。


 どれくらいのお金を出してもらえるのか、親御さんに聞いておいてねと、水泳部長に教えていただいた。水泳なら競技用水着のほかに、寒いころに利用する温水プールのある施設の利用料とそこへの移動費用が少なくとも必要なんだとか。学校指定水着だけじゃダメなんだね。


 ユウくんは庄子の家で、私もママに聞いてみた。ユウくんはかなりの金額を出してもらえそうだったけど、ママは私に『お金のかからない部活にしてちょうだい』と言うだけだった。このことを後で知ったおじいおばあちゃんから、入学祝の追加分として必要なものを受けとることはできたけれど……


 そして迎えた見学週間の四日目。明日の最終日には担任の先生へも届けを出さないといけないから、実質の最終日になる。残るはバドミントンと卓球。結論からいうとバドミントンもまたお金がかかるものだった。中学校の体育館使用日だけでは実戦形式の練習が不足するということで、市民体育館などへ遠征するから使用料に旅費がかかるのだとか。そして最後になった卓球部をまわることに――


   ◇◆◇


「やあ、いらっしゃい。いつ来てくれるかと思ってたよ。手つなぎで回ってると話に聞いたけれど、その通りだったね」


 なぜか笑顔の卓球部長にユウくんと私は持てなされた。どこかで知りあっていたんだろうか? まったく覚えがないのだけど。ユウくんをチラっと見たけど、同じく心あたりのなさそうな顔をしていた。


「そっちの男の子が庄子裕真くんで、あなたが早坂――さんかな。二人のお話は庄子咲依さより先輩から聞いてるよ」

「えっ、姉さん、知ってるんですか? えっと、失礼ですが、お名前は?」


 ユウくんと私の名前を卓球部長は知っていた。なんとさよ姉から聞いていたからだと。さよ姉が伝えていた内容がと~ても気になるんだけれども。ユウくんも驚いて卓球部長の名前を聞いていた。


まき孝志たかしだよ、よろしく。咲依先輩は卓球を教えてくれた恩人でね。厳しく指導をしてくれたものさ」


 さよ姉から中学時代は部活にのめり込んだと聞いたけど――まさか、この男子といいフインキになっていたとか? それじゃ、さよ姉も――


「ああ、咲依先輩から早坂さんには詳しくお話していたと聞いてるよ。だから誤解は勘弁ね。僕は恋心を持ったけれど、先輩にキッパリお断りされたから」


 卓球部長は私のあやしんだ空気を察したのか、さよ姉は浮気をしていない――自分がフラれたことを証言した。私が誤解しかけただけで済んでホッとした。けど卓球をやっていたのなら、さよ姉にそう言っててほしかった。入学前の休みのときの話しあいで、『部活をするなら卓球』とすすめてきたから、どうして?とも思っていた。


「さて、早速だけど、卓球部うちを勧める理由を話していこうか。まずは個人が用意すべき道具のことなんだけど――」


 卓球部長がいうには、大会に出場する選抜組レギュラーにならなければ道具はラケットがあればいいこと、先輩たちが卒業と同時に卓球をやめるにあたり不要になったラケットを寄付していて貸しだすほどあること、顧問先生がコーチ兼任なこともあって土日祝は先生個人の都合優先で基本部活が休みであること、などなどの利点があるそうで。お金のかからなさは私にぴったり過ぎて、今すぐに入部せよとの天の声が聞こえる気がした。


「質問いいですか?」

「庄子君、どうぞ」

「選抜組の決め方を教えてください」

「それはね、部員総当たりで大会前にリーグ戦をするんだ。その上位成績者が大会に出場するんだよ」

「ダブルスも同様にリーグ戦で?」

「いいや。先に説明したリーグ戦の上位成績者同士で何通りかペアを試してみて、最も具合の良さそうなペアで大会登録するよ」


 ユウくんはもっと詳しく聞こうとしていた。たしかに選抜組になるならないでお金のことは変わってくる。レク目的なら選抜組にならない工夫もいるだろう。でもダブルスペアのことを聞くのはなぜだろう? ユウくんはともかく、私は選抜組になれそうもないのだけれど。


 ひとまずユウくんも心のうちは決まったのか、私のほうへ真剣な眼差しを向けてきた。それに私はうなずき返して――


「説明ありがとうございます。家族にも一応の説明がいるので、明日入部届を出す、でいいですか?」

「もちろん!」


 さよ姉の導きにのる形にはなるけれど、何も決まらないよりははるかに良い。卓球部長の牧先輩の教室名を教えてもらい、部活見学を終えることになった。


   ◇◆◇


 今日のママのお仕事は遅番。私の家にかえってユウくんと夕飯を支度しつつ、おじいおばあちゃんが迎えにいった真美のかえりを待っていた。


「見学回りで手をつないで回ってみたけれど、効果あったのかな?」


部活見学週間もあしたで終わりの今、どうしてもユウくんに確かめておきたいことがあった。でも――すぐに切りだすのもどうかと思って、ひとまず手つなぎで見学をまわった効果――私たちカップルの知名度は学校内であがっていそうか、ユウくんにたずねてみた。


「効果というなら時間が経ってみないとわからないね。ただ――」


 入学式の日のようにインパクト重視でやってみたわけじゃない。じわじわと浸透したらと思ってのことだから、時間が必要ということは理解できた。でもユウくんには続く言葉があるみたいで。


「見学をまわってた一年男子のうちで何人かが、リオちゃんに声をかけようとしたけど、それは防げたかな」

「えっ、そうだったの?」


 私は気づいていなかった。思わず聞きかえしてしまったけれど、ユウくんがうなずいてみせる。思い返してみれば、つないだ手を振るタイミングがおかしいときがあった。どうやら、そのときに相手へ見せつけるようなことをしてたみたいだ。でも――そのときは私も上級生のお姉さんたちから、ユウくんが見えないよう立ちふさがったりしてたよ。流し目、結構飛んできてたから。まあ、それは黙っておこう。


「そっか。ありがとね、ユウくん」

「どういたしまして」


 ついやり取りが可笑しくて声にだして笑いあった。この温まったタイミングなら確かめてもいいだろう、とユウくんに何度となくたずねたことを繰りかえした。


「ところでユウくん。バスケじゃなくて良かったの?」


 小学校の放課後クラブではミニバスケをやってきたユウくんと私。私は途中で辞めてしまったけど、ユウくんは最後まで続けた。てっきり中学でもバスケをやるものと思っていたんだけど――ユウくんは一度真顔を見せたあと、笑みを見せて答えをくれた。


「ん、リオちゃんには何度もいったけど、これで良かったんだよ」


 この四月から仕事をはじめた私のママ。その仕事の分、ママは家のことが出来なくなる。それで私に家事のいくらかをやるよう、言いつけてきていた。今、夕飯の支度をしていることも、そう。


 ママに言われたから――そう言いたくはなかったけど、私はできるだけ家に差しつかえない部活を選ぼうとしてた。でも、こんな事情をユウくんには当てはめたくはない。そんな私の思いから、ユウくんには自分でやりたい部活を選んでほしいと、何度か話していた。けれど――


「リオちゃんがミニバスケをやってた体育館に来なくなってから、ぼくも辞めてしまおうと思うぐらいに、やる気がなくなってね、何度となくコーチに気合いを入れられてたんだ。でも、リオちゃんから告白を受けかけたとき思ったんだ。リオちゃんに恥ずかしい姿を見せられないって。ただ中学に上がったら、あらためてリオちゃんと一緒に同じ部活をしようって決めたんだ」


 ユウくんの想いを私は想像もできていなかった。気力を失いかけたこと、でも私が告白しかけたことで気合いを入れなおし、中学ではもう一度一緒にいようと、してくれていたことを。


「リオちゃんが、そこにいてくれるから全力でできる、ぼくはそう思っているよ」


 ユウくんの独白に私は顔を紅潮させたと思う。かろうじて、用意できた夕飯をテーブルに、だまって出しつづけることしかできなくなって――


「お姉ちゃん! お兄ちゃん! たっだいまーー!!」


 真美の声が玄関から聞こえてきた。気はずかしくなった私は、ごまかすように真美を迎えいれようと、玄関へと足早に歩きだした――


   ◇◆◇


「よお早坂さん、庄子も結構やるじゃないか」


 ユウくんの高評価を伝えてくるのは同じ教室の誉田ほんだ大地たいちくん。その声に私は記憶の旅から引きもどされた。柊木さんと同じ第一小学校出身でやっぱり放課後クラブは卓球をやってたそうで。ピンときた私は、二人が幼なじみか聞いたら、そうかなと、はにかむ柊木さんに答えをもらった。同じ教室の有名カップルといえば、あのあやしげな二人になるけれど、こちらのカップル未満にはほっこりできてひどく安心する。


「そうかな?」

「庄子なら選抜組レギュラー入りしても、おかしくないだろう」

「それなら誉田くんのほうがありえそうだよ」

「オレは経験者だぞー。それにあっという間に追いつきそうだってのに、何をいいやがる」


 上手といわれて半身半疑なユウくんだけど、誉田くんはユウくんに可能性を見つけたようで、しつようにほめている。でもレギュラー入りって、先輩たちをさし置いてってこと?


「ね、誉田くん。ユウくん、私と一緒で始めたばっかだよ? どういうところが、レギュラー入りなんてことになるの?」


 どうせなら私も上手になりたいから。ユウくんのどんなところを真似ればいいか、聞き方を変えて聞いてみた。


「姿勢が安定してることかな。足腰がラリーを続けても重心ブレしてなかった」


 う~ん、私にはすぐに追いつけない部分でなのか。ユウくんは――というか庄子家のみんなは体を動かすことが趣味。さよ姉も卓球にはまったということは才能があったのだろうし、ユウくんも申し子とかなんだろうね。毎朝ご近所をランニングすることはや五年、初めて知りあったころから続いてるみたいだし。


 ママがお仕事に出るようになってからの私は、家の朝食作りからだし。ママは真美のことで手いっぱいだから、自分からやらないとお腹がへるし。一緒にランニングしたいんだけどなぁ。時間がない、う~ん。


「ニュース! ニュースよ~~~!!」


 ユウくんの才能に追いつく方策で悩みだした私を止めたのは、同じ体育館使用日だった女子バレーボール部の上級生の大声だった。お花摘みのかえりだろうか?


「ソフトテニスの一年生男子たちが、不審者を捕まえたそうだよ~~!」


 上級生のはなす内容に大きな反響があった。そう言えばソフトテニスに入部した同じ教室の生徒――と考えだしたところで、鈴城くんと清川さんのことがまっ先に思いついた。部活見学のときも同じタイミングでソフトテニスの説明を受けていたっけ。


「不審者がカメラを持ってたらしくて、このところ見かけられてた盗み撮りしてたヤツかもしれないって~~」


 何となく捕りものの風景が想像できてしまった。あやしげな人物といってもおかしな武術をつかえるわけじゃないだろうから、清川さんが何やら動きを止めてる間に、鈴城くんや一年男子の有志でおさえ込んだのだろうけど。ユウくんに目配せしたら、こっちを見てうなずき返した。ユウくんも同じ予想をしたんだろうな。


 別に意識してたわけじゃないけど、鈴城くんと清川さんのカップルに知名度が追いつく可能性もある?と思ってみたものの、これは無理だと理解した一日だった――

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