第82話 張り込み

 翌日からは、他の警察官と一緒に布留と笹壁を監視することになった。数ヶ月前から、布留と笹壁に対する監視は行われていたらしいが、今回はその時とは別の方法で監視することになるという。


 布留と笹壁に、その日の行動を定期的に報告してもらいながら、GPSも用いつつ行動を監視するというものだ。不審な動きがあれば対応できるように、近くで待機していればいいということになる。蒲瀬は、箕輪丈獅という四十代の警察官とペアを組まされて、布留の監視することになった。


 これまでにオフウィールが現れたのは、午前の十時くらいから午後の十時くらいまでの間である。深夜にオフウィールは現れないから、その時間帯で監視すればいいだろうという、箕輪の話だった。そのような状況下で、布留も笹壁もそれぞれの一般の仕事に復帰した。蒲瀬たちが監視をする布留は、夕方まで会社で仕事をしている。そのため、その間は蒲瀬たちも布留の会社の近くで待機である。


 車で待機しながら、蒲瀬は箕輪から張り込みの基本について、教わることになった。箕輪は、指定した場所から半径三十メートル以内の輪の中を出入りする人を、選り分けて把握することが出来るらしく、その伏在能力を布留の勤務地に対して使っていた。あくまでも出入りを把握しているだけのため、その範囲内で何をしているかまでは分からないという。


 今回の監視は、布留の異常な行動を察知すればいいだけのため、そんなに細かく行動確認する必要はなく、対象者も承知しているということを考えると、張り込みそのものとしては簡単である。とは言っても、オフウィールがどこから指示を出してくるのかという事にも、考えを及ばせておく必要はある。


「蒲瀬の伏在能力は、どのくらいの距離で対象者に対して発揮できるんだ?」

「具体的に何メートルかというのは答えられませんが、たぶん二十メートルくらいまでなら可能なんじゃないかと思います。気を逸らすだけなら、もっと遠くても大丈夫でしょうけど。」

「まあ、そんなもんか……。」


 箕輪が、蒲瀬に確認した。布留に対して、どのような指示内容で蒲瀬の伏在能力を使うかについては、警察署で刺胞たちから命令を受けてきている。


 夕方になり、布留から連絡が来た。これから、帰宅するとのことだった。布留は、車で通勤している。会社からは、他の職員たちも出てくる中、箕輪の運転で蒲瀬たちは布留の車の後を追跡した。


 そうして、布留の自宅の近くでも張り込みを続けたが、一日目はそのまま何も無く終わった。二日目は、江藤克巳という蒲瀬と同年代の警察官と、組まされた。江藤も伏在能力が使えて、自分から百メートルくらいの範囲なら、目に頼らなくても対象者の後を追うことが出来るのだという。その伏在能力を使うのに集中力が必要なのか、江藤は淡々と仕事をするタイプだった。蒲瀬も見える範囲に注意を払っていたが、張り込みというのは楽な任務ではなかった。


 箕輪や江藤は、書類作成もしなければならないらしく、蒲瀬よりも遅くまで警察署に残っていたが、蒲瀬はその日の張り込みが終わると、独身寮の家に帰ることが出来た。とはいえ、翌日の仕事に備えて、シャワーを浴びて眠るだけだった。本当に捜査で忙しいと、警察署にずっと泊まり込む人も出てくると、聞いた。


 そんな日々が続き、二週間目の週末――その日は日曜日だった。ヒーローたちは仕事がある日でも、ヒーローたちの中で持ち回りで決めている担当の日には、会社を早めに退社するなどして、見回りや自分道場の対応をしているが、仕事がない日は各自で防犯活動を目的とした見回りをしている。布留と笹壁は、ヒーローのコスチュームを着て、二人で朝から見回りを始めていた。この日の蒲瀬は、江藤と組んで二人の尾行をしていた。


「ん!? 様子が、おかしい……。」


 伏在能力で何かを感じ取ったのか、江藤が呟いた。布留と笹壁からは少し距離を取っていたので、二人の姿が見えるところまで江藤が小走りで移動する。蒲瀬も、その後を追った。


「ちょっと、行ってみよう。」


 曲がり角に差し掛かると、遠くに二人がいて、後ろ姿が見えた。布留がどこかに行こうとしているのを、笹壁が腕を掴んで止めようとしているように見える。事前に、布留から伝えられていた見回りのルートからも外れていた。


 笹壁は、布留の腕を掴みながらも、自身の頭に手を当てている。これは、オフウィールからの指示が届いていると見て、間違いなさそうな状況であった。


「どうしましたか?」

 江藤が、二人に近付いて声を掛けた。笹壁だけでなく布留も、こちらを振り向いた。


「例の指示が来ています。」

 言ったのは、笹壁だ。苦悩の表情を浮かべている。それを確認した江藤が、蒲瀬を見て言った。


「蒲瀬、出番だ!」

「はい、わかりました。」


 蒲瀬は、予め打ち合わせていた通りに、伏在能力を使った。笹壁と布留の二人の顔の前に、蒲瀬の伏在能力であるタンポポの綿毛のようなものが飛んだ。笹壁と布留は、それに目を奪われている。揺れ動くように飛ぶ大量の白い綿毛が、二人に催眠効果を与える。


 白い綿毛は、現れて――すぐに消えた。オフウィールからの伏在能力も働いている状態で、蒲瀬の伏在能力の効果が出るのかどうか……そこが問題だった。蒲瀬の伏在能力で催眠状態にした所為で、余計にオフウィールからの指示が、笹壁や布留に強く働いてしまう可能性だってある。


 江藤と蒲瀬が見守る中、笹壁と布留が動いた。警察から渡してある盗撮と盗聴のための装置を、二人は身に着け始めた。どうやら、蒲瀬の伏在能力が効いているみたいである。そのまま、どこかへと二人は揃って歩いていく。


「上手くいったみたいだな。距離を取って、尾行を続けよう。」


 江藤は言いながら、布留と笹壁とは別の方向に足を向けた。大股で、さっさと行ってしまう江藤の後に、蒲瀬も慌てて付いて行った。引き続き、江藤は伏在能力を使用している様子である。ここから先は、オフウィールと遭遇する可能性が高くなる。そのことに気を付けながら尾行をしなくてはならないということだ。蒲瀬は、緊張した。

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彼が、ヒーロー 七三公平 @na2-3

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