3章 動き出す人々
第42話 騒ぎの後
「大丈夫ですかッ?」
一人の警備員が駆け付けてきて、ヒナタたち学生に声を掛けた。警備員に促され、ヒナタたちは施設へと引き返した。
施設内には、他にも警備員がいるような雰囲気だったが、他の警備員はそれとすぐに分かる服装はしていない。ヒナタたちは奥へと案内され、一息ついたところで事情を聞かれた。その時に気が付いたが、花穂や走吾や数人の学生は記憶が曖昧になっていた。全員ではない。
そういう伏在能力を、オフウィールに使われたのかもしれない。名護田颯太と保志源太、清元美沙や
「清元さん、さっきオフウィールたちに伏在能力を使って攻撃してた?」
「うん、攻撃って言っても、大した攻撃にはならないけど、砂を使ってね。私は、細かいものなら自在に操れるから。少しでも、助けになればと思って。」
「すごく機転が利いてて、良かったと思う。ありがとう。」
清元美沙は、髪が綺麗で普段から少し騒がしい性格である。
この施設では、行政から重要視されている伏在能力を持った人たちが働いているため、その周辺で起こった事件ということで、警察も同様の事件が再び起こる可能性について調査するためか、ヒナタたちに細かく事情を聴いて行った。オフウィールの狙いが何だったのかは、ハッキリとしていない。何かをされる前に、自分たちで防いで追い返してしまったからだ。
また、活動中のヒーローも駆けつけてきた。
「大変だったみたいだね。誰も被害に遭わず、何事もなく済んで良かった。」
「こんにちは。お久しぶりです。」
ヒナタは、友縄から声を掛けられた。友縄と会うのは、余体の事件以来である。
「学生が、自分たちでオフウィールを追い払ったんだって? 私も連絡は受けたんだが、他のヒーローたちの方が近くにいたみたいだからね。」
「頑張ってくれた人たちがいました。今回、私は何もしていません。」
友縄がヒナタを見る目が、ヒナタが何かしたと思っていそうだったので、ヒナタはそう答えた。本当は、昼頃に研究所に戻ってきて解散の予定だったが、事件があって学生たちはお腹が空いているのを我慢しながら、研究所まで戻ってきた。時刻は、お昼をとっくに過ぎていた。
「何かご馳走しようか? オフウィールのこともあるから、一人で帰るのは危険だろうし。」
「ヒーローの研修はいいんですか?」
「もう、この時間だからね。市民を無事に家まで送り届けることも、ヒーローの役目だから。」
その場の雰囲気的に、断ると嫌な感じになるかと思い、ヒナタは友縄の好意を受けることにした。もう他の学生たちは、全員帰ったみたいだった。ヒーローの玉守結衣と開沼好貴も、いなくなっていた。
研究所の敷地から出て、友縄に案内されて近くの飲食店に連れて行かれた。研究所から駅に向かう道とは方向が違ったため、ヒナタが知らなかった店だった。そこで、ヒナタはビーフシチューを注文した。
「友縄さんは、普段は会社員なんですよね?」
「母が経営している会社で、営業の仕事をしているよ。」
「どうして、ヒーローを続けているんですか?」
「会社の宣伝になるというのと、世の中に必要とされているから、だろうな。」
今の友縄の体の状態のことも踏まえて、ヒナタはヒーローを続ける意義って何だろうと、素直に疑問に思って聞いた。友縄が言う、会社の宣伝になるというのは営業職としては大きいのだろう。しかも、母親が経営している会社だ。その功績を、認めてもらいやすそうである。
もう一つの、世の中に必要とされているからというのは、友縄の性格を表しているのかもしれないが、それが正義感によるものなのか承認欲求によるものなのか、ただの親切心や責任感によるものなのかは分からない。理由によって本質が大きく異なる部分ではあるが、そこはヒナタにはどうでもいい部分だった。それに、友縄も研修の末に推薦されてヒーローになっている人である。
「まだ、結婚はしていないんですか?」
「結婚は、してるよ。子供も二人いる。体がこの状態になってからは特に、妻とは上手くいっていないんだけどね。」
体のことは、ほら見たことかと呆れられているだけで、夫婦仲が上手くいっていないのは、仕事やヒーロー活動を優先して、家庭を蔑ろにしている部分があるからなのではないかと、ヒナタは思ったが言わなかった。奥さんが主婦であれば、子育てや家事を仕事みたいなものだと割り切っていれば、そこまで不満にも思わないのかもしれない。だが、そういう割り切りが出来たとしても、夫にとっての自分はどういう存在なのかとか、夫婦関係のことはそれとは別の話になる。だから、優先順位として大事にされていないと感じれば、やはり不満には思うだろう。
男か女かは関係ないが、好きなことをやって生きられている人は、そのことに気付かないのだ。好きなことが出来る恵まれた環境にあることを、特別だと思っていない。なんなら、自分の努力によるものだと勘違いしているケースもある。
ヒナタたちは、この春に医療業研究所の二年生になる。二年生では、各分野の最新技術の研究に参加しなければならない。そこで求められることは、現在進められている研究を手伝うこと、そうした中で新しい研究テーマを見つけること等である。研究を結果に導くところまでは求められない。
研究に携わっている研究所の職員と作業をしながら、その分野のことを学び、三年生での技術習得に結び付ける。実質、研究を手伝うのは二年生時と三年生時の途中までになるが、研究が向いていると判断されれば、研究所にスカウトされることもある。
ヒナタは、難病の遺伝子治療の研究を手伝うことに決まっている。他にも候補はあり、本人の希望を聞かれたものの――ヒナタの伏在能力の性質を知った研究員である職員側から、どうしてもという要望があり、こっちに割り振られた。
「二人は、卒業したら結婚するんだって?」
「えっ?」
友縄がヒナタを見て、言った。修治から、そういう話を友縄は聞いたのだろう。
「べつに、決めてるわけじゃありません。」
「でも、親にもそういう話で挨拶をしているんだろう?」
「挨拶というか、幼馴染みなので親もよく知っているし、たまたまそういう話になっただけです。」
料理が来るのを待つ間の適当な話として、どうしてこういう話をこの人は選ぶのだろうと、ヒナタは思った。ヒナタたちから始めた話というならともかく、ヒナタからしたら余計な話である。
「ふーん、そういう話で親も賛成してくれているんだろう?」
「そうですけど、自分たちで決める話なので。」
「まあ、気持ちは大事だな。」
こういうデリケートな話の見極めをせずに、気軽に踏み込んでくるところが、この人は駄目なんだなと――年配の人や男にありがちな無神経さの傾向を、友縄という男にヒナタは見て取った。お節介と言い表してもいい。まだ、天気の話でもした方がマシである。
「結婚って、良いものですか?」
「子供が出来たら、した方が良いだろうし、家族を作るっていうのは、良いものなんじゃないの?」
授かり婚の人がする、家族という集団意識的な安心感の話には、胡散臭さがあるが、ヒナタはそれと似た感覚で、なんだろうな……という気持ちになった。そんな話をされても、説得力が無い。友縄は、さっき夫婦仲が上手くいっていないと言っていた。この人も、きっとそういう部分の学びが足りていないのだ。
ヒナタは、修治の方を見た。そういう人生観や価値観の形成も含めて、教えてくれる学校があるわけではない。そこの部分の学びが不十分で、価値観の形成が中途半端になっている人は、世の中に多そうに思えた。
「お互いを気遣えて、無理せず一緒に居られる相手なら、自然とそうなるんでしょうね。」
一緒に生活をしていて、相手から不満に思われない程度に、無理せずいろんな気遣いが出来るというのが、そもそも難しいのを分かっていながら、ヒナタは友縄に向かってそう言った。友縄の家庭がどうだろうと、ヒナタには知ったことではない。
注文したビーフシチューが運ばれてきて、お腹も空いていたしヒナタは黙々と食べた。食べながら、全ての人が完璧というのを求めるのは難しいとして、何がプラス評価に繋がるだろうと、ヒナタは考えていた。友縄の場合で言えば、体を鍛えていて雄々しい雰囲気がある。こういう男が好きな人であれば、それだけで良いという人も世の中にはいるかもしれない。でも、最低限の何かが無いと、不満は出る気がする。修治はその点では、やっぱりまだマシな方である。
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