第34話 対戦

「目撃者はたくさんいると思いますけど、不思議なことに詳しい情報は出てきていないんですよ。一昨日の件も、オフウィールが現れたことは報告されてます。だけど、写真も一切出てきていなくて、オフウィールが使った伏在能力の情報も出てきません。その場にいた全員がオフウィールの伏在能力を受けて、内園さんの家族みたいに記憶を改ざんされるなどしているのかもしれません。」

「その場にいた全員? そんなこと出来るかな?」

「無理と決めつけていては、逆に思い違いをしてしまうかもしれませんよ。」


 舵浦が、不敵な笑みを浮かべて、ヒナタのことを見た。話の流れからして、舵浦の言動に深い意味がありそうには思えなかったが、ヒナタは首を傾げた。こういうところが、舵浦はちょっとずつ面倒で嫌なのだ。言いたいことがあるのなら、さっさと言えばいいという気持ちに、ヒナタはいつもなる。


「何か、情報を隠してるんですか?」

「いや、隠してるなんてとんでもない。ちゃんと必要な情報があれば、話しますよ。」

「じゃあ、何なんですか? 何か企んでるような顔して、人のことを見て!」


 ヒナタが言うと、舵浦が慌てた。それが、また怪しくて、ヒナタは言いながら舵浦に詰め寄った。


「ちょっと、付け入る隙があるかなと思っただけです。面白い展開になりそうなので。」

「はぁ!? どこが、面白いって言うんですか?」


 人の家族が危険な目に遭っているのに、面白い展開などと言っているので、ヒナタは舵浦に近付いて、回し蹴りをした。舵浦は少し体を捻って避けたが、太ももの裏あたりに当たった。


「すみません。避けてしまいました。――次は、しっかり受け止めます。」


 舵浦が、馬鹿なことを言うので、ヒナタは無視した。舵浦は、胸の前で拳を握り締め、しばらく天井を向いてから、気を取り直した顔をする。


「舵浦さんは、ヒナタのことが好きってわけじゃないんですよね?」


 修治が、真面目な顔をして急に、舵浦に聞いた。今のやり取りを見て、仲が良さそうにでも見えたのかとヒナタは考えたが、どこをどう見たらそう見えるのか……という気持ちになった。


「好き、ではない。」


 舵浦が、ヒナタをチラッと見てから、修治を真っ直ぐに見て答える。その答えを聞いて、修治がヒナタを見た。そして、言う。


「なら、いいです。」


 なんだろう、このスッキリしない感じは……とヒナタは思った。なんとも歯切れの悪いやり取りだった。今ので、何が通じたのか、ヒナタにはさっぱり分からなかった。


「オフウィールの伏在能力の情報も、なかなか出てきていない状況だということは、今回のは貴重な情報ということですよね。舵浦さんから、警察に情報提供をしておいてもらってもいいですか!」

「はい、ご心配なく。」


 言わなくても、舵浦ならそのようにしたかもしれないが、ヒナタは話を終わらせるために強い口調で、舵浦に言った。ヒナタとしては、父親がターゲットになった理由は分からないにしても、このままオフウィールに対して、何も手を打たないというのは嫌だった。だから、せめて情報提供くらいはしたいと思った。


「今週も、友縄さんの研修はあるんでしょう?」


 ヒナタは、修治に話しかけて、話題を変えた。現役ヒーローである友縄と、恐らく舵浦が推薦すれば、修治はヒーローになれるのだろう。二人が推薦するかどうか次第であるとはいえ、ヒーローになる流れに修治が向かっていることは、もう止められない。ヒナタも、それを邪魔する気はなかった。


「研修は、三ヶ月くらい続くらしい。友縄さんは、やっぱりめちゃくちゃカッコイイよ! そういえば、友縄さんがヒナタは元気にしてるか、聞いてたよ。」

「あっそ。ヒーローにはなれそう?」

「まあ、それは頑張るしかないからな。」


 友縄とは一度会っただけなので、よろしく言っておいてもらうような間柄でもない。修治が、どういう研修を友縄から受けているのかは、研究所に行く途中で聞いている。主に、自身の伏在能力をどのように使おうと考えているのかを聞かれたり、実際に伏在能力を使って見せたりしているらしい。その時の、友縄の反応がどうだったかは、話したところで勝手な予測でしかないので、友縄がどんな気持ちでいるのか本当のところは分からない。


「舵浦さんは、近距離で戦う必要がない人ですよね。近距離での戦いになっても、戦えるんですか?」

「まあ、それなりに。」

「修治は、近距離で戦わざるを得ないよね。ちゃんと伏在能力を使いながら戦えるの?」

「そこは、いま頑張ってるところ……。」


「私が修治の中に入るから、試しに舵浦さんと戦ってみて。」


 ヒナタが言うと、修治も舵浦も戸惑った顔をする。そんなことを修治に言ったのは、ヒナタの気まぐれと言えば、気まぐれだった。しかしながら、ヒーローになるのであれば、そういった練習をするのは当然であると、ヒナタは考えていた。そうでなければ、危険である。自分か相手か、どちらかが大怪我をするかもしれない。


「そういうのは、ヒーローになった後に、実践的な戦闘訓練の研修を受けることになっているんですけどね……。でも、あとで俺の方にも入って、白石くんと戦うことをするということであれば、やってもいいですよ。」

「いいですよ。もともと、そのつもりでしたから。」

「わかりました。やりましょう!」


 伏在能力に関することは、人格的な部分の判断が先で、能力の扱いについては後の傾向があるため、舵浦が言うようなことが本当にあるのかもしれない。だが、ヒナタが言うと、いとも簡単に舵浦は受け入れた。修治も、その事については何も言わず、上着を脱いでカバンの方に置くと、ヒナタを自身の体の中に受け入れた。


(まずは、自分で思うようにやってみて。気付いたことがあったら、サポートするから。)

「わかった。それじゃあ、舵浦さん。こっちから、行きますね。」


 修治はそう言って、舵浦に向かって構えた。両腕に、伏在能力のオーラを纏わせている。その時点でヒナタは、これは腕以外の体を攻撃されたら、どうするつもりなんだろうと思った。相手も伏在能力を使ってくることを、ちゃんと考えてのことのようには、とても思えなかった。


 修治は、舵浦に殴りかかりに行くが、舵浦の伏在能力で簡単に方向を変えられ、いなされていた。何度やっても、同じである。


(ねえ、ちょっと代わって。)


 ヒナタは修治に声を掛けて、修治の体の主導権を代わってもらった。ヒナタは感覚を集中させると、気合を入れて全身に強いオーラを纏った。そして、舵浦に向かってタックルをするつもりで突進した。


 舵浦は、さっきまでと同じように伏在能力を使ってくる。ヒナタは、目に見えているわけではないのだが、なんとなく舵浦の伏在能力が飛んでくるのが分かった。そこで、腕を強く振って気合でそれを振り払った。たぶん、上手く振り払えたと思う。修治の体は向きを変えることなく、舵浦に向かって行った。そのまま、ヒナタは肩で舵浦にタックルをした。


 舵浦が軽く吹き飛んで、倒れている。とどめを刺しに行っても良かったが、それはやめておいた。


「これくらい集中してやらないと、ダメだよ。修治は、本気が足りないと思う。」

「内園さんですか?」

「そうです。」

「代わる時、言ってもらってもいいですか。こっちも、死なないように気合を入れるんで。」


 舵浦が、起き上がりながら、困ったような表情をして言う。それを聞いて、ヒナタは言い返した。


「何を言ってるんですか。常に本気でやってください。敵は、そんなことを教えてくれないでしょう?」

「……ごもっともです。それなら、ちょっと本気でやります。」


 そう言って立ち上がると、舵浦は余体景造の体から出てきた。舵浦が出たことで、伏在能力が解けて、舵浦の顔の仮面が無くなり――余体景造の顔になった。その横に、本物の舵浦が立っている。ヒナタは、呆れた。


「いつも、余体の体に入ってるんですか?」

「その方が、余体の体も良い状態を保持できるでしょう?」

「まあ、そうかもしれませんね……。」


 つまり、さっきまでの伏在能力は余体景造の力で、それを舵浦が使っていたということだ。これからが、舵浦本来の伏在能力ということになる。

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