第5話 不合格

「どうだった? 先週は、宇津見先生が倒れたって話だったけど。」

「今日も、同じことを宇津見先生がやろうとしたけど、やっぱり無理だって。それで、催眠療法をやったけど、前と同じで。」


「そうかぁ。」

 修治は、ヒナタの両親のように一瞬暗い顔をすることもなく、もう慣れたことのような反応をする。先日、修治はヒナタに「付き合って欲しい」という、愛の告白をしている。そういう立場として、修治が今どういう気持ちでいるのかが気になって、ヒナタは聞いた。


「修治は、私に記憶が戻って欲しい?」


「そりゃあ、まあ……。でも、戻らなかったとしても、俺は前よりもヒナタと話しやすくなった感じがしてるから、今のままでもいいかなとも思う。前のヒナタは大人しくて、ちょっと何を考えてるのか、分からないところがあったから。」


 なるほど……、とヒナタは思った。家族たちは、記憶喪失の状態を気遣ってか、以前のヒナタはこうだったということを、あまり言わない。だから、外里誠司は本当のヒナタがどんな人物だったのかを想像できずにいたが、今の修治の話を聞いて少しだけ分かった。


 修治が、前よりも今の方が話しやすいと言っている理由も、外里誠司は男だから何となく理解できた。必ずしも、男同士なら話しやすい――とはならないが、女は自分が女だという意識で喋って行動している。それは、自分はこういう人間だから――と内側に壁を作って話してくる人間と同じで、表面的な会話をするだけならいいが、真面目な話は噛み合わないことがある。


 女同士は、それでも上手くやっているが、そういうのが不得手な男もいる。だから、取り繕わない感じの今のヒナタの方が、話しやすいと修治は思うのだろう。


 そうはいっても、修治は以前からヒナタのことが好きだったのだ。ということは、本当の内園ヒナタには、修治が好きになるだけの要素があったということになる。それが、大人しくてカワイイなのか、守ってあげたくなるなのか、何なのかは分からない。


 ただ、外里誠司は修治に好かれようとする行動を、取るつもりは無かった。そんなことは、本当の内園ヒナタが修治のことを好きなのであれば、本当の内園ヒナタが戻った時に、やればいいことである。


 研究所の敷地内には、大きい木が何本か立っている。大きい木は、太い根が伸びたり、たくさん葉っぱが落ちたり、厄介なこともあるが、それが問題とならないように植えられている。その大きい木自体は、伏在能力が関係して大きく育ったものだ、という話もある。敷地内には、川もある。講義棟の脇を通って、ヒナタと修治は門の方へと向かった。


 それから数日後、修治が落ち込んでいるので、ヒナタがどうしたのか聞くと、修治は伏在能力の試験で不合格になったのだと言う。四回目の試験だから、ここで不合格になると、伏在能力を鍛錬するコースには進めない。ヒナタは、四回目も合格していた。


「不合格になった理由は何?」

「能力の使い道が想定できない、だって。」


 危険な能力であるとか、能力の使い道がないというのは、よくある理由である。この他、能力のコントロールが難しいとか、性格や思考傾向の適正という部分で、不合格になることも多い。危険人物を増やしてはいけないことや、無駄なことに時間を費やしても仕方がないと考えると、妥当な理由ではある。研究の役に立たない――ということであれば、研究所として力を注ぐようなことでは無い。


「そう。残念だね。」

「ヒナタは、合格したんだろ?」

「まあ、合格はしたけど……。この先はどうなるか、分からないよ。」

「ヒナタの伏在能力は治癒だから、分かりやすくていいよな。」


 修治は悔しそうで、ヒナタを羨むような顔をする。ヒナタも合格したとは言っても、あと三回ある試験に合格し続けなければならない。それに、ヒナタ自身は目の前の課題に、仕事感覚で普通に取り組んでいるだけで、合格したいと強く望んでいるわけではない。


 とはいっても、修治が言ったようにヒナタの伏在能力の種類が、もともと有利だという見方はできる。このまま普通に行けば、最後まで合格しそうだと、ヒナタ自身も何となく思っていた。


「でも、私の能力では、修治が望んでいるようなヒーローには、なれないよね?」

「それは、そうかもしれないけど……。」

「ヒーローになるのは、そう簡単ではないってことなんじゃない?」

「そうか。……そういうことなんだな。みんな、どうやってヒーローになってるのかな? インサニティも伏在能力を使ってくるから、対抗できないと戦えないよな。」


 ヒナタは、修治を納得させるために言った。インサニティが現れる以上、いざという時に自分の身を守れた方がいいとは思うが、ヒーローなんて……目指すようなものではないと、ヒナタは思っている。


 修治が、どうやってヒーローになっているのか――と言うが、それを教わりに自分道場に行っているのではないのかと思って、ヒナタは修治を見た。ただ、修治が行く自分道場によくいるのは、舵浦である。他にも、あの自分道場で登録しているヒーローはいるのだろうが、他の人は真面目に本来の仕事をしているのか、あまり見かけることは無い。


 あの舵浦が、そんなことを懇切に教えるとは思えないし、実際のところも修治に対して大したアドバイスはしていない。だから、修治が分からないと言うのも、無理はなかった。


「インサニティと戦うって、そう簡単なことではないと思うよ。伏在能力のこともそうだけど、相当動けないとダメでしょう? その上、状況判断も必要になる。戦いに適した伏在能力だったら良いけどさ。」


 修治は、この体の持ち主である内園ヒナタの幼馴染みではあるので、修治が危険な道を目指そうとしているのを、止めた方がいいだろうと思い、ヒナタは言った。舵浦みたいなクズなら、自分で勝手に危険な目に遭えばいいと思うが、修治は可愛げのある性格の人間なので、危険な場所に飛び込ませるわけにはいかないと、外里誠司としても思った。


「分かってるけど、黙って見ているしかできないなんて、嫌だろ。」


 修治は、そう言いながら真っ直ぐに、ヒナタを見ていた。その目を見て、修治はいざという時にヒナタを守りたい気持ちもあるんだなと、外里誠司は思った。若いって純粋で良いなとは思うが、誰かを守るというのは、そういう事だけではないし、危険を冒さないのが一番である。仕事でも、トラブルになってから、何とかギリギリのところで決まりをつけるよりも、そもそもトラブルにならないように仕事を進めて、何事もなく終わらせられるのが、一番である。


「私は、危険と格好つけを天秤に掛けた時に、格好をつけることを選ぶ人は嫌だな。」


 ヒナタは、言った。トラブル時の方が、頑張った感が出ると思いがちな馬鹿な人もいるが、本当はトラブルにならないように出来る人の方が優秀だ。その方が、相手を危険に曝さずに守っていることになる。


「うーん。それは、俺もそう思うけど。」


 修治が、唸りながら言う。客観的な視点で見れば、修治にもそう思える部分があるということなのだろう。こういうのは、目立つか目立たないかや、カッコイイとかカッコ悪いとかの話ではない。本当に相手のことを考えた場合に、どちらの選択の方が良いかという問題である。当然、リスクがない方が良いに決まっている。


 修治が、伏在能力の試験を不合格になったこともあって、帰りに自分道場に寄ることになった。研究所を出て、駅へと向かった後、修治とヒナタは電車を途中下車して、自分道場に向かった。

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