第55話 私たち、結婚します
ストメリナの魔石鉱山襲撃の一件から約一月後。
グレンダン公国からブルクハルト王国イルダフネ領には五百億ゴルドもの賠償金が支払われた。
これはイルダフネ領の約五年分の総収益に当たる。
また、公国は今後も坑道の補修を行い、技術協力も惜しまないという。
イルダフネ城塞の客室にて、公国の将軍クレマティスは深々と腰を折った。
「此度の件は誠に申し訳ありませんでした」
「あなたのせいではありませんよ、クレマティス将軍」
「いいえ、はじめから我々がストメリナ様を拘束しておけば、このようなことにはなりませんでした。私の不手際です」
沈痛な面持ちでクレマティスはそう言うが、サフタールはそれは難しいと考える。
ストメリナは大公の娘。魔石鉱山を襲うかもしれないという疑惑があるだけでは拘束はできなかっただろう。
記念式典に呼ばないのも難しい。魔石鉱山の発掘は二国の共同によるもので、ストメリナを招待しないなどありえない。
今回の襲撃は、起こるべくして起こってしまった。
「大公閣下はどうしておられますか?」
「今は私への引き継ぎを終え、エトムントのご自宅で過ごされています」
大公の話題が出ると、隣に座るアザレアから息を詰めるような音が聞こえた。
「……来月行われるお二人の結婚式には、私が参列します。新たな、大公として」
「俺も参列するんで、よろしくお願いします」
クレマティスの隣にはディルクがいた。
「ありがとうございます、クレマティス将軍、ディルク殿。ディルク殿は帝国の代表者として参列されるのですか?」
ディルクは新たな大公クレマティスの臣下になると聞いていたサフタールは、念の為確認した。
ディルクは帝国の王子でもあるからだ。
サフタールが尋ねると、ディルクは隣に座るクレマティスに視線を送った。
クレマティスはディルクの顔を意味ありげに見つめながら、深く頷く。
何事かとサフタールが思ったその時だった。
向かいのソファに座る二人は、ほぼ同時に左手の甲をこちらへ向けた。スッと指を立てて。
「あっ……!?」
サフタールの隣に座るアザレアが声を上げた。
男達二人の左手の薬指には、同じ深緑色の宝石がついた同じデザインの指輪があったからだ。
「実は私達……結婚することになりまして」
「俺は大公妃になりますんで、帝国の代表者ではないですね」
クレマティスはほんのり頬を赤く染め、ディルクはほんの少し誇らしそうにそう言った。
(確かにクレマティス将軍は、記念式典の際に皆の前でディルク殿への愛を
クレマティスとディルクの仲は、大公も認めていた。
公国は同性婚が可能な国だ。
……だからと言って、二人が結婚までするとは思わなかったが。
「おめでとうございます。とても素敵な指輪ですね」
「ありがとうございます、アザレア様。これ、俺がオーダーしたんですよ。クレマティス将軍に任せておくととんでもないことになりますからね」
「……ディルク様には世話を掛けます」
「はぁ、まったくですよ」
ディルクはため息まじりに軽口を叩くが、満更でもなさそうな顔をしている。
(この二人が本当に愛し合っているとは思えないが……)
記念式典の場で、クレマティスがあんなことを言ったのは、流れ的に言ってもアザレアを庇うためだろう。
だが、それでも。今のこの二人の間には何か絆のようなものができているのかもしれない。ストメリナと対峙する二人を目にしていたサフタールはそう思った。
◆
「やれやれ、案の定サフタール殿は微妙そうな顔をしていましたね……」
「仕方ありません、同性婚は一般的とは言えませんから」
「それだけじゃないと思いますけどね……」
イルダフネの城塞を後にする、ディルクとクレマティス。
祝福こそされたものの、サフタールの反応は微妙だった。
(まぁ、俺だって大公閣下から『クレマティス将軍と結婚しろ』と言われた時は驚いたからな……)
男との結婚。
それも相手は次期大公クレマティス。そして自分は大公妃になる。
ディルクは一応帝国の第八王子だが、身分の低い母親から生まれ、自国では虐げられていた。そんな自分がまさか異国の妃になるとは。
ディルクは、隣りに立つ美丈夫の顔を見上げる。
(クレマティス将軍……)
恵まれた血統に、戦神の彫像のように美しく勇ましい容姿。顔立ちこそ美麗だが、中身は岩のように堅物で、戦以外はポンコツなクレマティスのことを思う。
(本当は、女と結婚したかっただろうに)
ディルクから見れば、クレマティスは一般的な性嗜好を持つ男に思えた。それが大公の鶴の一声で男の自分と結婚することになってしまった。
しかしクレマティスは男と結婚することになっても、不平不満一つ漏らさなかった。
(すげぇな、将軍は……。俺が将軍だったら、ぜったい大公閣下に文句言ってたな)
ディルクは主にストメリナのせいで女性不信に陥っていた。女を好きになれる気がまるでしない。アザレアと結婚したいと思っていたのは、彼女と自分の母親を重ね、助け出したいと思ったからだ。アザレアのことが本気で好きだったわけではない。
では男ならば好きになれるのかと自身に問うても、答えは出ない。
ディルクは生きるために身を削りすぎて、自分の嗜好が分からなくなっているのだ。
ただ一つ、言えることがある。
自分よりも、確実にクレマティスの方が大事だ。
彼を幸せにしたいと思う。
視線に気がついたクレマティスが、柔らかく微笑みながらこちらを見下ろす。
「ディルク様、疲れましたか? よろしければお運びしますが」
ほら、と軍服に包まれた太い腕を広げるクレマティスに、ディルクは渋い顔をする。
「……将軍、いい加減子ども扱いはやめてくださいよ」
(二十八歳の将軍からみれば、二十歳の俺なんかガキにしか見えないんだろうけど……。過保護すぎるだろ)
元々クレマティスは過保護なところがあったが、二週間前に結婚が決まってから更に過保護に拍車が掛かったような気がする。
「申し訳ありません、ディルク様。子ども扱いをしているつもりはないのですが、あなたを見ているとどうしてもこう……何かしてあげたくなるのです」
「俺が可愛くて仕方がないと?」
ディルクはからかうつもりで言ったのだが。
「……そうです」
クレマティスは視線を斜め下に落とすと、ディルクの問いを肯定した。
今度はディルクが赤面する。
「は、はぁ!? 何認めちゃってんの!?」
「も、申し訳ありません! でも、あなたが可愛いのです」
「…………」
いきなりの溺愛宣言に、ディルクは顔から火を吹く思いがした。
「お、俺もあんたのことがかっこいいと思ってますよ……」
「ディルク様……」
「でも、子ども扱いはほどほどにしてくださいよ。恥ずかしいんだから!」
「分かりました。己を律します」
(己を律しないといけないのか……)
クレマティスほどの軍人になると、相手を守りたいという気持ちを、逆に抑えないといけないのかもしれない。
(これから、この人のことをもっと理解していかないとな……俺は妻になるのだから)
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