第37話 記念式典


(結局、ディルク様とは会えなかったわ……)


 大公と話している間に時間が来てしまった。

 サフタール曰く、ディルクはストメリナと洞窟のようなところで争っていたという。魔法の撃ち合いになっていたと言うのだから、ただ事ではない。


 サフタールは身を屈めるとアザレアに耳打ちした。


「……今すぐ何か起こるわけではないと思います。今は記念式典に集中しましょう」

「そうですね」


 アザレアはサフタールの腕に手をかける。サフタールのエスコートを受け、記念式典の会場へ入った。

 すでに会場内には着飾った人々が、白いクロスが掛けられた円卓を囲んで談笑している。

 二人の登場に、皆次々に振り返った。


 不義の子との疑いがあったアザレアは、ほとんど社交の場に出たことがない。大勢の人間がいる場所は不慣れで緊張した。

 アザレアは思わず、サフタールの腕を強く握り締めてしまった。


「……アザレア、大丈夫ですよ。私がずっと隣におりますから」

「……はい」

「もう誰にも、あなたを傷つけさせない」


 囁くような声から一転、サフタールの口調は強いものに変わる。俯いていたアザレアは、サフタールの声の変化に顔をあげた。

 周囲の人間達の表情を見る。嫌そうな顔をしてこちらの様子を窺っている者はいなかった。それどころか皆、にこやかにしている。

 特に女性達は、サフタールを見て興奮した様子で囁きあっていた。


「王国一の男前が二十歳で結婚とは。女性達がさぞや悲しむことだろう」


 二人の姿を目に留めた、大柄な老紳士が近づいてくる。

 

「ゴルジェイ子爵」


 サフタールがつぶやいた名に覚えがある。イルダフネ領と隣接した領の名が、たしかゴルジェイだった。


「サフタール、少し見ない間にまた背が伸びたんじゃないか? 身体の厚みも増しておる」

「アザレア、こちらはゴルジェイ子爵。父の旧友で、元近衛騎士団長だった方です」

「はじめまして、アザレアと申します」


 (元近衛騎士団長……)


 ゴルジェイは如何にも元武人と言った様相の男だった。整えられた髪も口髭も真っ白で、厳つい顔には傷が目立つ。フロックコートに包まれているが、肩や胸の筋肉が大きく盛り上がっているのが分かる。

 ツェーザルもかなりの偉丈夫だが、ゴルジェイもなかなかだ。


「あなたが噂に聞く公国のお姫様か。確かに朱色の髪が美しいお嬢さんだ。二人とも、絶世の美男美女同士でお似合いじゃないか」

「そんな、絶世の美女だなんて……」

「あまりからかわないでください、ゴルジェイ子爵」

「はっはっは、二人とも初々しいなあ!」


 (すごく、視線を感じるわ……)


 ゴルジェイと話している間も、女性達はサフタールの方をちらちらと見ている。ゴルジェイは先ほど、サフタールのことを王国一の男前と言っていた。冗談ではなく、本気なのかもしれない。


 (サフタールは素敵だもの)


 半月前に出会った時は、騎士のように逞しい青年としか思っていなかったが、今はちゃんとサフタールの魅力を理解している。

 目元は涼やかで、鼻梁が通った鼻も整った口元も品が良い。サフタールは美しい青年だと、アザレアはしみじみ思う。


 (……私はたぶん、サフタールのことが好きだわ)


 十年前に一度出会っているとはいえ、たった半月間一緒にいただけの相手にこんなに心を奪われてしまうなんて。

 イルダフネに来る前は、婚約者のことを好きになるなど想像すら出来なかった。

 自分を虐げない相手ならそれでいいと思っていたのに。



「皆様、大変長らくお待たせしました!」


 アザレアがサフタールの横顔をうっとりと見上げていると、会場内に記念式典の開会を告げる声が響いた。


 ◆


 (ディルク様やストメリナはどこにいるのかしら……?)


 会場内にある壇上では、ブルクハルト国王が長々と挨拶をしている。最初の内はサフタールの生物学上の父親だからと注目して見ていたアザレアだったが、やはり気になるのはディルクとストメリナのことだ。

 なお、公国からの来賓である大公とその護衛である将軍クレマティスは、国王がいる壇上の隅に佇んでいた。国王が何かを発表し、表彰するたびに、彼らはにこやかな表情を浮かべて拍手をしている。


 朱い魔石バーミリオンが見つかったことも、国王の口から正式に発表された。大公からも、朱い魔石は二国で折半し、公国は加工の技術提供の協力は惜しまないとの宣言があった。


「挨拶と発表は以上となります。皆さん、ごゆるりと歓談の時間をお楽しみくださいませ」


 司会進行役の王国の大臣がそう言うと、また会場内はがやがやし始めた。

 表彰のため、壇上にあがっていたサフタールが戻ってくる。


「サフタール!」

「ははっ、緊張しました。表彰など、慣れないもので」


 サフタールは頭の後ろを撫でながら、困ったような顔をして笑っていた。


 ◆


 笑い合うアザレアとサフタールの姿を、気配を消して見つめる女の姿があった。


 (アザレア……)


 ストメリナだ。彼女はずっとこの会場にいて、アザレアに嫌がらせをする機会を窺っていたのだ。

 サフタールが壇上へ行った際、アザレアは一人になったが、サフタールがあり得ない量の強化魔法をアザレアにかけていったので何も出来なかった。

 アザレアに攻撃属性魔法を撃ち込んだが最後、すべてストメリナに跳ね返ってくるだろう。


 (サフタール……。忌々しい男だわ)


 魔法で嫌がらせが出来ないのなら。

 ストメリナは赤いワインが入った細いグラスを手に持つと、魔法で気配を消したまま、アザレアに近づいていった。

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