第23話 たぶらかした証拠

「大公……ストメリナが?」

「ストメリナ様は武功をあげ、お父上に認められれば次の大公になれると信じているようです」

「でも、次代の大公にはクレマティス将軍が……!」

「アザレア様、ストメリナはクレマティス将軍をも亡きものにしようとしているのですよ」

「そんな……!」


 明らかになった、ストメリナの恐るべき企み。

 自分だけでなく、公国軍の将軍クレマティスをも始末しようと考えるとは。


 (……ストメリナ)


 ストメリナの歪んだ笑みを思い出すと、アザレアはぞっとした。彼女は自分が頂点に立つためには、手段を選ばないつもりらしい。


「……ストメリナの企みを止めなくては」

「大公閣下はすでにストメリナ様を討つおつもりです。心配はご無用。我々で彼女の企みを必ずや止めてみせます」

「……などとクレマティス将軍は勇ましくのたまっていますが、俺のような存在が今後もこの王国へ送り込まれる可能性は充分あります」


 心配はいらないと言うクレマティスの隣で、ディルクは横槍を入れる。


「……ディルク殿、一つお聞きしても?」

「何でしょうか? サフタール殿」

「あなたはストメリナ様からアザレアをたぶらかすよう、命ぜられてここに来た。アザレアに何もせず、帰れるのですか?」


 サフタールの言葉に、アザレアはハッとする。ディルクは大公の間者だが、普段はストメリナの情夫を務めている。ストメリナの命に背くことなど出来るのだろうか?

 ディルクは眉尻を下げると、ふうと息を吐き出す。


「……すべてを白状してしまった以上、いくら百戦錬磨の俺でも今からアザレア様を口説き落とすことなど不可能でしょう。しかし、偽造なら可能です」

「偽造?」

「クレマティス将軍、ご協力頂けますかな?」


 ディルクの提案に、隣に座るクレマティス将軍は眉をひそめる。


「なに、簡単です。俺の特殊能力を使えばね」


 ディルクは指同士を擦り合わせ、ぱちんと乾いた音を出す。すると、クレマティスの身体は淡い光に包まれ出した。


「なっ……!? なんだ、これは!」

「お静かに、クレマティス将軍。すぐに終わりますよ」

「う、嘘……!?」


 人一倍屈強で、背も高かった将軍クレマティスの姿がみるみるうちに変わっていく。

 目の前で起こった信じられない光景に、アザレアは言葉を失う。

 サフタールは驚きの声をあげた。


「クレマティス将軍が、アザレアの姿に……!?」


 淡い光が消えた後、金髪碧眼の美丈夫だったクレマティスは、波打つあかい髪を持つ女性──アザレアの姿に変わっていた。

 クレマティスは目を見開かせたまま、変貌を遂げた自分の腕や肩に手を這わせる。その細い腕にまた驚いているようだ。

 ディルクはアザレアの姿になったクレマティスの華奢な肩を掴むと、彼の顎にも空いた方の手を添えた。


 (ディルク様は、一体何を……!?)


「これが、俺がアザレア様をたぶらかした証拠です」


 ディルクはそう言うと、アザレアの姿になったクレマティスの唇に自分のそれを近づける。

 そして、ディルクはクレマティスの唇を奪った。


「んうっ!?」


 クレマティスの顎をしっかり指先で固定し、口づけを深めるディルク。クレマティスは見た目だけでなく力までアザレアと同等になっているのか、ディルクの胸を押して抵抗しても、彼の口づけからは逃れられないようだった。


「もう、やめてくれ!」


 サフタールはいきなり立ち上がるとそう叫んだ。

 ディルクは名残り惜しそうに、驚愕の表情を浮かべたままのクレマティスから顔を離す。


「……ストメリナへ送るための、偽の証拠はばっちり撮れました。どうぞご覧ください」


 手の甲で唾液塗れになった口元を拭いながら、ディルクは宙に映し出された四角い映像を指さす。

 ディルクと──アザレアの姿になったクレマティスが深い口づけを交わしているところがはっきりと映し出されていた。魔道具の撮影機を使って撮ったようだ。応接室には黒くて丸い物体が浮いている。


「これが他所に流出したら、どうされるおつもりだ!」


 サフタールの怒鳴り声が応接室に響く。

 ディルクは少しも反省していないような顔をして、肩を竦めた。


「ご安心ください。きちんと対策は取っておりますから」


 ディルクはまたぱちんと指を鳴らすと、映像に変化が現れた。

 なんと、アザレアの姿で映っていたはずのクレマティスが、元の姿に戻ったのだ。

 映像の中では、ディルクとクレマティスが熱い口づけを交わしていた。


「いざこの映像が他所へ流出した場合、クレマティス将軍の姿はアザレア様ではなくご自身の姿で映し出されるよう、設定をしております」

「そんな凄い能力がこの世に存在していたのですね……」

「……ええ、まあ。でもこの力には欠点がありまして」


 クレマティスの身体が再び、淡い光に包まれる。すると、彼はまた屈強な美丈夫の姿に戻った。


「人の姿を変化させる力ですが、あまり長い時間は持ちません」

「まったく、相談もなくなんてことを……!」

「相談したらおとなしく口づけに応じましたか? クレマティス将軍」

「くっ……!」


 いたずらっ子のような笑顔を浮かべるディルクに、元の姿に戻ったクレマティスは押し黙る。その頬は羞恥のためか、微かに赤らんでいた。

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