第21話 ゾラは見た
サフタールが十年前、アザレアが出会った少年だという事実が発覚した翌日。
グレンダン公国から二人の客人がやってきた。
「ディルク様、それにクレマティス将軍も……!」
「アザレア様、どうもご無沙汰しております」
帝国から遊学中の第八王子ディルク、それに次期大公で公国軍を率いる将軍クレマティス。いきなりの大物二人の来訪に、アザレアは戸惑っているようだ。
三人の様子を、彼らの少し後ろから見つめる者の姿があった。
アザレアの魔法の教師兼侍女のゾラだ。
(ストメリナの情夫ディルクと、クレマティス将軍……二人とも、アザレアの旦那様を見に来たのかしら?)
ディルクとクレマティスは、二人とも密かにアザレアに想いを寄せていた。国同士の取り決めで、難なくアザレアの夫の座を手にしようとしているサフタールの顔を見に来たのだろうか。
「お二人とも、ようこそいらっしゃいました」
二人を出迎えたサフタールはにこやかな笑みを浮かべているが、何処となくぎこちない気もする。
ディルクは曖昧に微笑みながらサフタールの顔を一瞥すると、アザレアへはっきりと笑顔を向けた。
「アザレア様、今日はあなた様に結婚の祝いの品をお待ちしました」
「まあ、何かしら?」
家人に名を名乗らないのは、王国では無礼なこととされている。八番目とはいえ、一応王子であるディルクが礼儀を知らぬとは思えない。
(宣戦布告ってやつかしら?)
「クレマティス・アウロラ・ジェニースと申します」
「遠路はるばるようこそ、クレマティス将軍。私はサフタール・フォン・イルダフネ。このイルダフネ家の次期当主です」
少し慌てた様子で、ディルクの半歩後ろにいたクレマティスが挨拶をする。それにサフタールも応じていた。
サフタールは不躾なディルクに怒る様子はない。
(ことを荒立てたくないって感じね)
「立ち話もあれです。応接室へご案内いたします」
◆
(……凄い顔触れだわ)
応接室に集まった面々を見てゾラはごくりと唾を呑み込む。
ストメリナの情夫を務めながらも、密かにアザレアに想いを寄せていた帝国の第八王子ディルク。
次期大公に推された際、「アザレアと結婚させて欲しい」と大公に願い出たものの、退けられた公国軍の将軍クレマティス。
十年前、ツツジの咲く中庭でアザレアと出会い、それ以降ずっと彼女を陰から護り続けていた次期イルダフネ侯爵のサフタール。
ゾラは侍女としてアザレアに同行する際、大公に呼び出されてディルクとクレマティスがアザレアに気があることを教えられていた。事実を淡々と伝えられただけだが、おそらくこの二人に警戒せよと大公は言いたかったのだろう。
(アザレアを愛する男が三人も! ……しかも全員美形でスペックも高い。……だけど)
皆、長年アザレアに想いを寄せていたものの、結局は己の手で彼女を救い出せてはいない。サフタールは偶然、国同士の取り決めでアザレアと結婚することになっただけだ。
アザレアにこっそり食べ物の差し入れをし、ストメリナにも堂々と物申していたゾラから見れば、ストメリナ一人にずっと手をこまねいていた情けない男達である。
(……でも、この中ではサフタール様が一番いいわね)
ディルクは帝国の王子だが、妾の子で母国に居場所はなく、わざわざ公国まで来て男娼の真似事をしている。この中で一番ロマンチックな気分にさせてくれるのはディルクだろうが、ときめきだけでは食べてはいけない。
次期大公のクレマティスは、いざ大公になれば権力だけは得るだろうが、ストメリナの脅威からアザレアを護ることは出来ないだろう。ストメリナは現大公の娘で、母親は元帝国の王女。絶対的な血統を持つ彼女の前に、クレマティスは無力だ。
サフタールは王国の筆頭貴族の嫡子で、アザレアに一番自由を与えてやれる男かもしれない。イルダフネ領の人間にはアザレアに対する偏見はない。ここに来てからアザレアは毎日楽しそうにしている。
懸念があるとすれば、サフタールには恋愛経験がまったくないらしい。アザレアも恋や愛にうつつを抜かす余力などない人生を送ってきたのでお互い様なのだが、もしかすると二人の間に男女の情は生まれないかもしれない。
(一長一短、か……)
ゾラはこの状況をこっそり楽しんでいたのだが、ディルクの発言で場の雰囲気は一転することとなる。
◆
「単刀直入に言います。私共はストメリナ様……いや、ストメリナの企みをあなた方に告げにここまでやってきました」
それまで優男然とした表情を浮かべていたディルクだったが、ソファに座り、アザレアとサフタールの二人と向かい合う形になると、一気に真剣な表情に変わった。
「企み……!?」
「どういうことですか? ディルク殿」
アザレアは両手で口を覆い、サフタールは眉を吊り上げると、少し前屈みになる。
(さすがに祝いの品を渡すためだけには来ないと思っていたけど……)
ゾラは給仕の使用人が応接室から出ていった後も、その場に残っていた。だが、ディルクはゾラに出ていくようには言わなかった。きっと、ゾラにはこの話を聞かせたいと思ったのだろう。
(ストメリナの企み……)
グレンダン公国から離れても、アザレアの身は未だ脅かされていた。
(アザレアの平穏のためにも、ストメリナから逃げるだけでなく、いずれ戦わないといけないでしょうね)
ゾラはアザレアの朱い髪をじっと見つめた。
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