第7話 お姫様になったみたい

 魔石工場見学後、アザレアは一度客室へ戻った。

 昼食を食べたら、今度はゾラと共に別の場所へ案内するとサフタールは言っていた。午後も城塞内を見て回れると思うとワクワクする。

 魔石工場は非常に興味深かかった。コンベアで運ばれてくる魔石はどれも美しく、見ているだけで楽しかった。


 アザレアは自分の首に手を回し、銀のネックレスを外す。

 自分が元々身につけていたネックレスに薄紫色の魔石がついたペンダントトップを通すと、それを窓へ向かって掲げた。

 魔石工場内にはアクセサリーの工房もあり、サフタール自ら魔石に銀の金具を付け、ペンダントトップに加工してくれたのだ。


「きれい……」


 窓外の光を受け、きらきらと煌めく薄紫色の魔石。

 その魔石に寄り添うように隣り合った、ツツジを模した飾りも輝いているような気がする。


 (宝物が増えたわ)


 アザレアはにっこり微笑む。

 薄紫は好きな色だった。

 十年前に出会った、あの子の瞳の色と同じだから。


 (サフタール様には、サフタール様の瞳の色と同じだからと言ったけど……)


 サフタールは偶然にも、十年前にグレンダン公国の城の中庭で出会った少年と同じ髪と瞳の色をしていた。だが、サフタールがあの少年だとは少し考えにくい。

 何せ、面影が無さすぎる。

 少年は女の子のように可愛らしく、身体の線も細かった。

 一方サフタールはすらりと背が高く、騎士のような身体つきをしている。

 いくらあれから十年も経っているとはいえ、あの少年が騎士の如くたくましい青年に育っているとは思えないのだった。


 ◆


「ゾラ、大丈夫?」

「ええ、ごめんなさいね……。久しぶりのブルクハルト王国のお酒が美味しすぎて、呑みすぎてしまったわ」


 ゾラは昼食の席に顔を出したが、その顔色は悪い。

 水とスープは口にしていたが、固形物は食べる気になれないらしく、パンを残していた。


「母上、大丈夫ですか?」

「なんとかね……」


 ゾラと一緒にたらふく酒を呑んでいたリーラも額をおさえ、青い顔をしている。


「アザレア……。悪いけど、午後もサフタール様と二人きりで城塞内見学へ行って貰える?」

「アザレア様、よろしいでしょうか?」

「ええ」


 サフタールは、自分と二人きりではアザレアが緊張すると思ったらしい。午後も二人きりで城塞内を回ることになり申し訳なさそうにしていたが、アザレアはすでにサフタール相手に緊張を解いていた。


 (サフタール様は良い方だわ)


 言葉や行動の端々に誠実さが窺い知れる。

 魔石工場の見学もアザレアが楽しめるよう、サフタールは専門的なことでもなるべく平易な言葉を使って説明してくれた。段差があるところでも転んでしまわないよう注意を促してくれたり、とにかく気遣いが凄い。


 (まるで私、お姫様になったみたい)


 アザレアは一族の誰も持たない朱い髪をしている。不義の子との疑惑があり、グレンダン公国にいた頃は彼女に優しく接する人間はゾラ以外にはたった数人のみで、使用人達もアザレアの世話は必要最低限行うだけ。彼女は基本、自分のことは自分でしていた。

 細々と気を回してくれるサフタールの存在は、アザレアの目に新鮮に映った。


「午後もサフタール様と城塞内を見て回れるなんて、嬉しいです」


 アザレアが微笑みかけると、サフタールは「そんな、もったいないお言葉です」と言い、困ったように笑った。

 二人のやりとりに、ゾラとリーラは青い顔をしながらもにやにやしている。


「あらあら、良い雰囲気ね!」

「もう、からかわないで、ゾラ」


 食堂に明るい笑い声が起きる。

 昨夜の歓迎会も楽しかったが、今朝、サフタールと二人きりで食べた朝食も、今の昼食も素晴らしいものだった。


 グレンダン公国にいた頃は、アザレアは一人で食事をしていた。出てくる食事は硬くて食べにくいパンや傷んだ果物など、食べるのに躊躇するようなものばかり。冷めたスープには塩っ気がなく、具がほとんど入っていなかった。

 魔法の授業のたびにゾラが滋養のあるものを差し入れしてくれたので痩せ細ることはなかったが、公国時代の食事は本当に辛かった。


 (……イルダフネの食事は本当に美味しい)


 小麦が薫るあたたかな焼き立てパンに、濃厚なポタージュスープ。葉物のサラダは瑞々しく、シャキシャキしている。

 美味しい上に、誰かとお喋りしながら食事が出来るなんて。自分にこんな幸せなひと時が訪れるなど、公国にいた頃は想像すら出来なかった。

 食事だけではない。アザレアが使っている客室のクローゼットにはたんまりとドレスや部屋着が入れられていた。髪飾りやアクセサリー、靴などもだ。

 サフタールに尋ねると、すべてアザレアのためにリーラが用意したものだという。


 まるで一生分の幸せが訪れたようだ。


 (こんなに歓迎して貰えるなんて)


 アザレアは夢なのではないかと不安になる。だが、公国にいた頃の自分には、温かい食事やクローゼットいっぱいの衣装が与えられる想像なんて出来なかった。

 これは夢ではないのだ。

 イルダフネ家の一員として、自分は温かく迎え入れられている。


 (何かお返しができないかしら?)


 熱烈とも言える歓迎を受けているのに、何もしないでいるのは良くないだろう。

 アザレアはサフタールから振られる話に相槌あいづちを打ちながら、お礼に何か出来ないか考えていた。

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