第15話 スーパーチャージ

 自分たちの現実帰る場所まで歪められている。むこうでは誰も自分たちのことを覚えていない、認識できなくなっている。


『それじゃあ、帰ったらどうなるんだよ!? ちゃんと元通りになるのかよ!?』


 ハシモットーは声を荒げる。当然だ。仮に改竄が修正されなければ帰還が叶ったところで自分という存在も、居場所も残っていない事になってしまう。


「そこは安心なさい。勝利の暁にあなた達が帰還する、という事になった場合は肉体も、改竄の影響も元通りにされる」


『……つまり元いた世界では私達が消えたなんて認識はなくて、何事もなく配信が行われてる……』


「そう」


『今も、こうしている間も視聴者が見ているってことなの?』


「ええ。ただし、皆が話している内容は全てそのまま伝わっているわけではないし映像にされない部分も存在しているようね。あくまでショーとして、そういう伝わり方がするような編集いじりかたをされている」


 せりなはディスプレイに映るてんの映像を眺めながら現状を整理する。つまりは、配信されている映像はエンターテインメントとして改変を受けている。実際には生き死にが関わっているというのに、だ。


「確かに悪趣味な神様だな」


 シンデンが吐き捨てるように言う。先の命がけの戦闘も娯楽として消費されていた。そう考えただけで彼は怒りのゲージが振り切れそうだった。


「……SC保有は? これも数字が増えてるけど」


 登録者についてはある程度把握できた。てんは2個めの項目について問いかける。


「前にも言ったけどスーパーチャージよ。チャージ保有数がそれぞれ表示されているの」


 言っていたけれど、詳しくは教えてくれなかった部分だ。


「その、もうすこし詳しく……いいかな?」


 てんは顔色を少しだけ伺いながらさらに追求する。今のウィンネスは特に嫌がる様子もないが。


「まずチャージ数が増える条件、ひとつが神命達成時ね。数字の数は活躍に応じてになるけれど確実に増えるわ。次に視聴者からのだけど、これはあなた達の世界で言うの累計値が一定数を超えると1チャージとして計算されるみたい」


「累計値って、どれくらい?」


「計算式は開示されていないわ。個々で違うようだけれどね」


 1円が1SCになる、みたいな単純な話ではないようだ。


「そのチャージが貯まるとどうなるの?」


 今度はおやつ。ここまでは以前の雑な説明でもまぁ把握できる内容だ。だが溜まったらどうなのか、何に使えるのか、そういった事は全く触れていない。


「既に使っているようだけれど?」


 ウィンネスは宙に浮かべたビールの空き缶をくるくる回して、おやつの胸元まで運ぶ。おやつはそれを受け取って、ぽかんとした顔でウィンネスを見返す。


「ランダムなタイミングであなた達の心に反応して、その時に必要としているものがチャージと引き換えに現れるのよ」


 皆ギョッとしてビール缶を見る。


「え、まさかこのビールでチャージ減ってるの?」


 さすがにおやつも顔がヒクついている。


「引き換えられたものがどんなに些細なものでも、チャージを最低1つは消費しているはずよ」


「割高ってレベルじゃねーぞ。どこぞの極悪グループもここまではしねえ」


 シンデンが毒を吐く。しかし実際にこのビールを出現させたのはマシカクだ。彼は命懸けで戦った報酬として振り込まれたポイントがこんなものに消費されてしまったのかと思うとやるせないし、なんなら全部シンデンに飲み干されてしまっているので丸損だ。


「じゃあ何すか? 俺のチャージ無駄遣いって事すか?」


「それは私に言わないで頂戴」


 マシカクは悲しみと怒りをぶつけるためにシンデンに組み付く。シンデンは詫びを入れつつもヘッドロックで応戦する。


「ウィンネス、僕のところにもこれ出てきたんだけど……」


 てんもうなだれながら炭酸水のボトルを取り出す。その表情は筆舌に尽くしがたい。


「あら、あなたもしちゃったのね。無駄遣い」


「やっぱり無駄だったんだぁああ!!!」


 ヘッドロックされたままマシカクが号泣する。


「あれだけの目にあって、これ1本……」


 てんにとって愛飲のドリンクだが対価としては見合ってない。


『ちょっと……ウィンネス!』


 急にせりなが大きな声を上げる。


「わわわわ!これやばい!」


 おやつも同様に慌てだす。ディスプレイを指差しながらアワアワと。皆何事かと缶やボトルから目を離し、指差す方を見上げた。


「え? ちょ!!!」


 ディスプレイに映っていたてんの配信画面は、いつの間にか浴室に場面転換していた。

画面の中のてんは今まさにシャワーを浴びている真っ最中である。


「ウィンネス!!!! 消して! 消して!!」


 戦闘中よりも大きな声でてんは叫んだ。


「慌てなくても大丈夫よ。映したらいけないものは映らないように配慮されてるから」


 ウィンネスは何を大げさに、とでも言いたげな様子でウィンドウを閉じる。確かに巧みなカメラワークや画角、光の反射や水滴、湯気の効果によって上手いこと隠されているようだ。だが問題なのはそこではなくそもそもそんなシーンが有ることなのだ。


「あら、ひょっとしたら神命達成の方じゃなくてこっちの映像でチャージされたのかもしれないわね。それならまだ良かったじゃない」


 フォローしているつもりなのかからかってるつもりなのか判断に困る物言い。


「良くない! ……ってこれも配信されてんの!?」


 てんが声を上げると、おやつとせりなもそれぞれ穏やかではない表情になる。


「なぁ、尻が映ってた気がするんだがBANとかされたりしねえのかあれ?」


「どうなんだろうな……」


 シンデンとガンバがひそひそ話をするのをてんはキッと睨みつける。


「安心しなさい。新しい機能が開放されたのはオースバンドも同じよ。配信の記録を確認したり、一時的であれば止められるみたいだから気をつけていれば今後は同じことは起こらないでしょう」


『記録、みれんの!?』


 ハシモットーが若干テンション上がり気味に食いつく。下心がありそうな反応だったせいかせりなが今まで見せたことのない露骨な嫌そうな顔をしている。


「自分の、ね。あなた達は他人のものは見ることが出来ない。今回は私が例として全体に表示しただけ」


「よりによって……最悪すぎる」


 いきなり入浴の様子を部分的とはいえ公開され狼狽するてん。


「まぁ、その、なんだ、キレイなラインしてたよ」


 てんの落ち込む様子に見かねてシンデンは苦笑いしながら声をかける。しかしそれはもうフォローではなくセクハラだ。


「僕が男だからいいですけど、それ女の子に言ったら訴えられてもおかしくないですからね!」


 てんも少し口調がきつくなる。


「は!? お前男なのか!?」


 不透明な先行きへの不安や戦闘による命の危険のみならず、プライバシーの侵害やノンデリカシーなやりとりに辟易とさせられる。前途多難だ。

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