さよならストロボ
空殻
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雲がゆっくりと動いている。
私はそれを病室の窓から眺めた。
白いベッドの上で半身を起こす。
しばらく窓を通して見える青空を眺めていた。
「嘘……」
信じられないという思いが口をついて飛び出す。
それから自身の右手を目の前に突き出し、握っては開く。
指の可動は、とても滑らかに見えた。
ちょうどそこへ、看護士が朝の検診にやってきた。右手をグーとパーに動かす私の様子を見て、彼女はすぐに事態に気づいた。
「治ったんですか?」
「そうみたいです」
その答えに彼女は破顔し、それから慌てて医師を呼びに行った。
***
『ストロボ症候群』、それが私の発症した病だった。
目に映るものが数秒間隔でしか認識できなくなり、まるでストロボスコープを使ったかのように全てがコマ送りに見える、そんな病。
何も見えないよりはよほどいいのだろうが、美しい自然も、親しい人の笑顔も、全てが連続した静止画にしかならない世界は、私にとって異世界のようだった。
生活に支障をきたし、精神も病んでいった私は入院し、こうして病室で生活するようになっていた。しかしストロボ症候群の治療法は不明で、今のところは自然治癒の事例のみが確認されている。
もう一生この静止した世界しか見られないのだろうか。
昨晩もそんなことを思いながら眠りについた。
***
医師が来るのを待つ間、私は再び窓の外を眺めていた。
雲がゆっくりと動いている。
私のレンズから涙が零れた。
さよならストロボ 空殻 @eipelppa
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