第24話 これからは私のターン

「啓介くん、啓介くん」


「ん? おぉ?」


「朝だよ、支度しないと遅刻するよ」


 私が啓介くんを起こしに行くと、啓介くんは眠そうに目をこすりながら起きたようだった。


 啓介くんは私を見て目をぱちくりとさせると、徐々に意識が覚醒していったのか、寝起きにしてははっきりとした目をしていた。


 そして、いつものように枕元にあったスマホに手を伸ばそうとしていた。


 いつもなら、ここで啓介くんの思惑通り、私は催眠アプリの画面を見せられて、催眠されたフリをするところだった。


 でも、今日の私は少し違う。


「啓介くん、催眠アプリって知ってる?」


「……え?」


 私が先制でそんなことを言うと、啓介くんは目に見えて分かるくらい動揺した声を漏らした。


 啓介くんからしたら、私が催眠をかけられていたことに気づいたと思ったのかもしれない。


 そりゃあ、幼馴染とはいえ、あんなことやこんなことをしたのだから、動揺もするでしょ。


 冷や汗でも垂らしてるんじゃないかというくらいの動揺を確認しながら、私は啓介くんのすぐそばに近づいた。


 そして、目の前に立った私の顔を見た啓介くんに、私はいつも見せられていたスマホの画面を見せつけたのだった。


 そう、私は気づいたのだ。


 このままずっと啓介くんに主導権を取らせていたら、ただスカートをたくし上げるだけの関係で終わってしまう。


 私は少しだけ意識してるかもしれない女の子。そんな位置づけで関係が終わってしまう可能性が高い。


 それなら、こっちが主導権を握ってしまえばいいと。


 私は少しのドヤ顔と共に、昨日考えた適当な言葉を口にした。


「クラスの子から聞いたんだけど、考えていることが分かるくらい親密な人だと、このアプリの催眠にかかるんだって。例えば、幼馴染とか」


 ここで大事なことは、あくまで私はちゃんと催眠にかかっていたことを匂わせなければならない。


 理由は簡単だ。


 啓介くんに色々されたけど、実は全部自分の意識がはっきりとしていましたと思われるのはマズいからだ。


 特に、啓介くんの手とか指を舐めてしまったことは、啓介くんのせいにする必要がある。


 ……そうじゃないと、私が変態ということになってしまうからだ。


 催眠にかかったフリをずっとしてあげていたんだから、少しくらい罪をなすりつけても罰は当たらないと思う。


 多分、この流れで啓介くんが催眠にかかったフリをして来ないことはないと思う。それで、啓介くんが催眠にかかれば、こっちのものだ。



 啓介くんは私のことを意識しているらしい。


『最近意識してしまうようになったのは、えっちな姿を見る機会が増えたからか? えっちな姿を見るから可愛く思うのか、気になっているからえっちな姿を見たいのか……』


 とか訳の分からないことを言っていた。そして、それを明確にするためには『これ以上先』を見る必要があるとか、ないとか。


 スカートをたくし上げさせた状態で言っていた『これ以上先』。それが何を示すのか、何となくの見当はつく。


 そうなると、このまま少し気になる幼馴染で終わらないためには、『これ以上先』を試すしかない、と思う。


 けど、啓介くん曰く、自分は紳士だからという理由で『これ以上先』を求める気はないとかどうとか。


 それなら、啓介くんが言っていた『これ以上先』のことをして、私が啓介くんの気持ちを後押ししてあげる。


 そうでもしないと、私達の関係は変わらないような気がしたから。


 ……まぁ、そうは言ってもいきなり、『これ以上先』をするつもりもないし、そういった行為を迫ろうとは思わない。


 だから、これはチキンレースなんだと思う。


『これ以上先』に近いギリギリを責めて、啓介くんに私のことを好きなんだと認めさせるレースなのだ。


……決して、お色気で誘惑して啓介くんを落そうとかそんなんじゃない。そんなんじゃないのだ! ほ、本当に!


 とりあえず、今日は少し試すだけ。軽いものから攻めていこうと思う。


「催眠、かかったかな?」


「……」


「確認は大事だよね。啓介くん、催眠に掛かってるなら、私の頭撫でて」


 私はそう言うと、啓介くんのすぐ近くに腰かけて頭を撫でられるのを待った。


 ……分かってる。これくらいじゃ、何も変わらないことくらい。私をチキンと笑うなら、笑ってくれて構わない。


 それでも、初日から飛ばすのは恥ずかしいのだ。


 私がそう言うと、啓介くんはそっと私の頭を撫でてきた。


 ただ頭を撫でるというだけなのに、恥ずかしそうに顔を赤くしながら撫でる姿に少し胸の鼓動が速くなっていた。


 ただ頭を撫でられるというだけなのに、心地よくなった私は口元を少し緩ませながら、もう少しだけ大きな要求をしてみることにした。


「本当に効いてるんだぁ。……じゃあ、『可愛いよ』って言いながら、なでなでして」


「……ん?」


「だから、『可愛いよ』って言いながら、頭撫でて。あっ、もちろん、目を見ながら言ってね」


 そう、別に無理に『これ以上先』をしなくてもいいのだ。


 私を可愛いと口に出して言えば、本当に私のことを可愛く思って好きになるかもしれない。


 暗示に近いかもしれないけど、これがダメだったらいよいよ本格的にチキンレースを始めなくてはならない。


 だから、これは軽い小手調べなのだ。


 さぁ、私のこと見つめながら、私に可愛いと言って頭を撫でるのだ!


「か、可愛いよ。恵理」


「はわっ……」


 少し緊張した素振りで、顔を赤くしながら本気のトーンで言われてしまって、私はよく分からない声を漏らしてしまっていた。


 自分で言わせておきながら、一気に押し寄せてきた色んな感情によって私の顔はやかんを沸かせるんじゃないかってくらい熱くなっていた。


 啓介くんの声は鼓膜を揺らしただけなのに、そのまま頭の中を揺らされたかのように熱っぽくなってきて、私はただ啓介くんのことを見つめ返すことしかできなくなっていた。


 ……だ、だめだ。一旦仕切り直そう。


 余裕のある感じの言葉で、私が有利な状況を作り出すんだ!


「啓介くん、顔真っ赤」


 私がそう言うと、啓介くんは何か言いたそうな顔をして私を見ていた。


 反論したいけど反論できない。その歯がゆさは痛いほど分かる。


 そして、相手が反論できないから好き勝手出来るという状況を前に、私は少しテンションが上げっていた。


「啓介くん、もっと言って」


「可愛い、可愛いよ」


「もっと心を込めて」


「……可愛いよ、恵理」


「えへへっ、そうかな? 啓介くんから見ても可愛い?」


「……可愛いんじゃ、ないか?」


「啓介くん。ほら、ちゃんと目を見て言って」


「か、可愛いよ」


「本当? えへへっ、そっかぁ」


私はそれから、啓介くんに可愛いと言わせながらただ頭を撫でさせ続けた。


なるほど、啓介くんがこの状況にハマっていた理由も少しわかるかもしれない。


これは、朝から良い思いができた。


 そんなふうにただ甘やかされる時間を満喫していると、不意に時計が目に入った。


「あっ、もう朝ご飯の支度しないと」


「え?」


 危ない危ない。時間を忘れてゆっくりしてしまう所だった。


私は惜しい気持ちを押し殺して、啓介くんのベッドから立ち上がって部屋を後にしようとした。


私としては大満足。今後もこのアプリを使って行こうと思って、少し浮かれていたのかもしれない。


何か視線を感じると思って振り返った先には、物足りなそうな顔をしている啓介くんの姿があった。


振り返った私を見て、啓介くんは微かに何かを期待するような瞳を向けてきていた。


 その瞳が何を要求しているのか、ここ最近ずっと向けられてきた熱を帯びた視線を向けられて、分からないわけがなかった。


「……お礼は、しないとだよね?」


 私は啓介くんに甘やかされて赤くなった顔をそのままに、視線を逸らしてそっとスカートの裾を摘まんだ。


 ただスカートの裾を摘まんだだけで、啓介くんの視線はより熱くなってきて、私は脚を少しもじりとさせてしまった。


 そんな少しの動きにも食い入るように見る啓介くんの視線に背中を押されて、私はその摘まんだスカートの裾をゆっくりとたくし上げていた。


 そして、パンツを少しだけちらりと見せてから言葉を続けた。


「なんて、啓介くんは私のパンツを見てもなんとも思わないんだったよね?」


 そんなことがないことは分かっているのに、自分が意図的に色気仕掛けをしているのではないことを明確にするように、私はそんな言葉を口にしていた。


 食い入るように見てくる啓介くんの視線をいっぱいに浴びて、早くなった鼓動を確かに感じながら、私は少しだけの時間、啓介くんにスカートをたくし上げた姿を見せたのだった。



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