研究室にて
「まぁ菱田くん座りなさい」
研究室に招かれた康太だったが、相変わらず、机の上に乱雑に積まれた書類に目が釘付けになる。
「先生、また何かの頼まれごとを引き受けたのですか」
「まぁいいから座れ、これから東ティモール産のおいしいコーヒーを作ってやろう」
「それってあれでしょう、学園祭の出し物に使ったやつでしょ」
苛立たしに反応した。
「失敬な、これはフェアトレードコーヒーだぞ」
フェアトレードとはその名の通り公正な取引を行い、発展途上国の貧困な生産者及び労働者の生活改善と自立を支援する国際的な運動のスローガンである。
じょじょと間の抜けたポットからお湯が注がれようやく一杯分のコーヒーが飲めるまでになった。石坂先生は康太になみなみ注いだカップを震えながら手渡す。コーヒーが零れ落ちる前に一口すするとスッキリした苦みが口の中に広がった。
「上手いっすね」
「そうだろう、なんてたって国際NPOから購入したんだからな」
「でも、お値段けっこうしたんじゃないすか、学祭のとき一杯百円で売ってましたけど利益出たんですか」
「俺は東ティモールの権威だぞ。知り合いから二割引きで仕入れたから問題ない」
康太が柔らかいまなざしで石坂先生を見上げた。フェアトレードなのに値切るってどうなんだろうか。その話し、深く掘り下げようと思ったが、長くなりそうなのと石坂先生の今後の進退に関わりそうなのでやめた。
「なんだよその顔」
「いえ、なんでも。ところで勉強も教えるってどういうことっすか?」
石坂先生は、自分の分のコーヒーを作るためにポットに水をためていたが急に戸棚から菓子箱をとりだした。康太の対面にあるソファーに座ると包装紙をびりびりに破り捨て中身を二人の間に置いてある小さなテーブルの上にひっくり返す。
「これ、学長にもらったんだけどやるよ」
「はぁいただきますけど」
一つずつ包装された菓子はフランス製のパウンドケーキだった、種類は三つありフランス語が読めない康太は適当にクリーム色をしたケーキを口に運んだ。計算された甘さのあとで舌に微かだがバターの味が残る。
「……」
「……」
無言のままパウンドケーキを食べる石坂先生は二つ目のケーキに手を付けようとする前に思い出したように口を開いた。
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