生存デストラクション
小狸
短編
「なぜまだ生きてるんですか」
さる仲の良い後輩からの問いであった。
私にもその理由は分からない。
どうして私は、生きているのだろう。
「先輩、SNSで散々、『死にたい』だとか『殺してくれ』だとか言っているじゃないですか。死にたいんでしょう。なのにどうして生きているんですか? さっさと死ねば良いじゃないですか」
そう簡単な話ではない。
死にたいと思うということと、死ぬを実行するということには、通常の「思う」→「行動する」よりも大きな隔たりがあるのである。
それに世の中では、死にたい中でも生きることが「正しい」とされている。
だから自分は生きている。
仕方なく。
死ねないから。
「そういう
と、後輩はあっさりと切り捨てた。
「だったら、SNSで投稿するの、やめてもらっても良いですか? 不愉快なんですよね。苛々するんです。死にたい死にたい言いながら、結局生きてるじゃないですか。なんなんですか。人の不安や心配をかきあつめて、同情して欲しいんでしょ。『いいね』をもらって、理解して欲しいんでしょ。そういうのが見え透くから、気持ち悪いんですよ」
しかし、そこで投稿する場所が無くなれば、私の吐き出し口はどこにもなくなってしまう。
栓を無理矢理詰めた蛇口が如く、破裂を待つのみである。
破裂――つまりは死である。
いや、破裂しても、この後輩としては良いのだろう。私が生きようと死のうと、彼女はどうでも良いのだ。
ブロックなりミュートなりしても構わない、と伝えた。
元より私は、大半のフォロワーからミュートされていることを理解した上で、投稿している。
「だーかーら。どうして私が、先輩のためにわざわざ労力を払わなきゃいけないんですか。おかしいじゃないですか。諸悪の根源は先輩のそういう考え方なんですから、どうにかしてください」
どうにか、と言われても。
私が死にたいと思い始めたのは、小学校3年生の時である。
両親と弟が事故で死に、私だけが生き残ってからだ。
その頃から、私と『死にたい』とは長い付き合いであり、最早私という個人を語る上では、外せない要素の一つとなっている。
「じゃあ、さっさと死ねば良いじゃないですか。周りに不快をまき散らしながら生きられると、こっちも迷惑なんですよ。私たちは、普通に仕事して、普通に頑張って、普通に稼いでいるんです。先輩みたいな異常者とは違うんですよ」
異常者。
そう言われるのは、初めてではなかった。
ただ、かつて仲の良かった後輩から、背中から刺されるように言われるのは、堪えるものがあった。
私に、死ねというのか。
「ですから、そうするでも良し、何でも良いです。とにかく、その投稿を止めてくれれば、私としてはそれで良いんですよね。話、結構分かりやすく話しているつもりなんですけど、伝わってます?」
伝わっている。
良く、分かった。
彼女は、自分の世界に「死にたい」と思う人間がいることが、許せないのだ。
嫌悪とか忌避とか、そのレヴェルじゃない。
だからこうまでして私に噛みついて来る。
気持ちは分からないでもない、というか多分世の中的に見れば、彼女の方が「正しい」のだろう。
以前にもこういう
私が
きっとそういう人は、当たり前みたいに幸せを得て、気付く間もなく「生きる」を享受できている、選ばれた側の人間なのだろう。
そしてその者の言うことは、全て「正しく」なる。
実際、後輩の家も、結構な名家であると聞く。
「…………」
いいよな、何でも正しくて。
じゃあ、私があなたをブロックすれば良いんだね――と、言った。
「は、はぁ? 何でそういう話になるんですか。だから、先輩が死にたいって言わなければ済む話で――」
後輩にとってはそうなのだろうが、私にとってはそうではない。
この後輩は、多分自分の近くに箱庭を形成していて、それらの自由意思をあまり認めたくない気質なのだろう。
束縛が強いのだ。
そういう理由で、以前の彼氏とも別れていたようだしね。
まあ、そろそろ縁の切れ目だろう。
どうせ私みたいな
だったらこちらから縁を切る方が、お互いのためである。
「は――何を勝手なことを」
後輩が何かを言う前に、私は彼女の目の前で、アカウントをブロックした。
後輩は絶句していた。
続いて何かを言われる前に、私はそそくさと、後輩の前から姿を消した。
また友達を一人失った。
死にたいなと、私は思った。
(「生存デストラクション」――了)
生存デストラクション 小狸 @segen_gen
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