第24話(間話):ある同級生の決意
「セレーヌ様、身体の調子は如何ですか」
メイドがそう問うてくるのは最近私の血色が良くなったせいだろう。
私、セレーヌ・ファウンテェルは実際暫く前よりは少し元気になった気がする。
低位とは言え、貴族は貴族なのでこの歳になると何件かの縁談が舞い込んできている。
低身長、ぽっちゃり体形、かなりの縮れ毛と外見に全く自信が無い私だから相手に見初めて貰うにはかなりの努力をしないといけないことは分かっている。
身長と髪質は今更変えようがないとして、体形だけでもそれなりのものにしようと努力はしているのだ。
初めて治療院で実習をした日に私は貧血で倒れてしまった。
領民が健康に過ごせていることは貴族にとって領地経営の基本中の基本だというのに、私自身がかなりの不健康状態にあることを教えられ恥ずかしさで胸が張り裂けそうだった。
あの日から食事制限を緩くした。代わりに毎日放課後に運動をするように生活習慣を変えていった。
最初ひどい息切れをしながらグランドを走っていたのだけど、何日かしたらそれが軽くなっているのがわかった。運動を続ければ身体も慣れてくるのだろう。
大好きだったジュース類も今は飲んでいない。
リンゴもオレンジも生で摂るようにしている。その方が時間が掛かるから食べた気になる。
青白くて太っていたから陰で「白豚」と呼ばれていたのは知っている。
舞踏会でも身体が重く、殿方には大変な迷惑を掛けていた自覚はある。
太っていると言うだけで誰かに気を遣わせるなどと言うのは貴族の令嬢としてあるまじき事だ。
今更ながらそんな当たり前のことに気付いたので、私は自ら変わるべく生活を見直したのだ。
「セレーヌ、今日はカフェで新作のケーキがデビューするそうよ」
友人からのありがたい誘いに心が動くけど……
「ごめんなさい。トレーニングがあるの」
我慢だ、我慢。今まで本能の赴くまま食べ続けてきたからこうなったのだ。明るい未来のために今は耐えなければいけない。
「セレーヌ、今日は最後まで頑張ろう」
「はい、今日はみっともない姿を決して見せません」
治療系魔法を担当するラリッサ先生から肩を叩かれる。今日も治療院での実習がある。
この日のために一人で治療院へ足を運び、手伝いをさせて貰ってその雰囲気に慣れてきたのだ。
「アンジェ、次はあの患者を診るんだ」
一緒に学ぶアンジェは凄い。
魔法そのものの能力も高いことはわかるけど、それよりもあの胆力だ。
血やうめき声に全く動じていないどころか、患者だけでなく付き添いの人達にも優しく声を掛けていくし、私達とは違うレベルで患者を捌いている。
まるで童話に出てくる『祝祭の聖女』そのもののようだ。
「アンジェ様、素晴らしいですわね」
普段の彼女は王族やリリアーナ様と言った高位貴族に囲まれているので私達と会話することは殆どない。
そのような方々の知り合いという理由で接触を図ってくる人達はいるけど、取り巻いている皆様がやんわりと止めさせている。
それ程の人物にもかかわらずここでの働きは群を抜いている。高位貴族であれば誰しも躊躇う現場だろうにまるで水を得た魚のように活躍しているのだ。
だから思わず声を掛けてしまった。
「セレーヌ様も充分活躍されているではないですか」
「そんな、アンジェ様に比べれば足下にも及びません」
「いえ、今はセレーヌ様だって貧血にならずにずっと動いていられます。私はこういう場所に慣れていただけのことです」
「慣れていた……」
彼女はただの田舎貴族とは違うのだろうか。
アレクセル諸島国出身とは聞いていたけど、ひょっとして私が想像できないような立場──教会のトップ関係とか高位聖女並みの能力があるとか──の人間なのか。
「お気になさらず、私達は誰かの痛みや苦しみを少しでも和らげるのが仕事ですから。まだ患者はおります。もう少し頑張りましょう」
微笑んで次の患者の下へ行ってしまった。
私同様低身長で、そばかすだらけの顔、化粧もほぼしていないし、髪の手入れも貴族として見れば全く行き届いていない。
それでも生き生きと患者に向き合っている。他の誰よりも凄いことだ。
私なら外見だけで人前に出ることを憚ってしまう……
ここまで思い、気が付いてしまった。
そう、治療系魔法を使うのに外見は関係ないのだ。
自分自身が充分動ける身体でありさえすれば良いのだ。
太りやすい体質なのは今更変えようがない。
ならば、ある程度体重があっても動ける身体を作れば良いのだ。
自宅へ戻り、父に筋肉トレーニング用の器械を強請った。
何かを買って欲しいと頼んだのは初めてなので、少々驚かれたけど、私は今以上に変わるのだ。
アンジェと並んで治療の最前線に立つために。
その姿を伴侶となるであろう誰かに見て貰うために。
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