第23話 : オーダーメイドの平民服
「お師匠様、その程度のことならこのワタクシ、リリアーナに全てお任せください」
結局私が出かけないという選択肢はなくなりました。
出かける費用は服代を含めて公爵家が全額持ち。あらゆる許可はリリアーナ様が取り、勉強については不足があればリリアーナ様自ら教えて頂けるとのこと。
ここまで言われれば詰みです。
シェリー様が申し訳なさそうな顔を向けてきますが、非は一切ございません。私がリリアーナ様という人物を知らなすぎたのです。
自宅に戻ってメイドのジョナさんとレイピアさんに外出についての相談をします。
外出したくない理由を話しましたら、ジョナさんは呆れた顔をし、レイピアさんはそんな人間がこの世にいるのかというような驚きの様子を見せました。
教会奴隷なんて皆そんなものなのですけどね。
因みにレイピアさんは私にお小遣いの提供を申し出てくれました。
王室から充分すぎるお給料を頂いていますからと言うのが理由でしたが、私がメイドさんからお小遣いを貰う構図は誰が見てもおかしいと思うでしょう。勿論お断りしました。
夕食後、普段なら復習をしている時間ですが今日はレイピアさんからお金のことを教えて頂いています。
テーブルにズラリと並ぶのはこの国で流通している通貨です。金貨、大銀貨、小銀貨、大銅貨、小銅貨の五種類があります。私でもその位は知っていますし、金貨以外は触ったこともあります。とはいえ機会としては数えるほど。ちなみに大きめの塩パン一個が大銅貨一枚です。
お金の計算は勿論出来ます。教会では年に数回福祉バザーがあり、そこでお手伝いをしたのである程度のことは知っています。
そうしていたらジョナさんがやってきて茶色の皮袋を渡してくれます。
「アンジェ様のお蔭でレイピア同様王国から充分な給料を頂いています。これは私からの餞別です」
財布として使って欲しいそうです。無骨な物だけど、貴族が使うような品物だと悪い人達にとって格好の目印になってしまうのでこの位がちょうど良いとのこと。
「これは私から、どうぞお納めください」
レイピアさんがくれたのはスカーフです。自分用に用意してあった予備だそうで、これも上等な物だと悪目立ちしてしまうそうです。
そして……
「お師匠様、どれでもお好きな物をお選びください」
高位貴族令嬢に学校外で敬語を使われるのは慣れませんし、それ程の立場でもありません。『祝祭の聖女』と言われても、王様の次の立場だと言われても今の私はあくまで平民です。リリアーナ様に止めて欲しいと言っても無駄でしょうから諦めていますけど。
ここは私の家の客間、学生寮とは言えこういう部屋があるということが上流家庭の子弟のための学校という証なのでしょう。
そこにはズラリと服地が並べられています。
「リリアーナ、いくら何でも……」
呆れた眼をしているのはシェリー様。お二人への特別授業が終わった後に私の家へ服地屋さんと仕立屋さんを呼び、お出かけの服をオーダーすると言うのです。
「お師匠様にワタクシと並んで恥ずかしい思いをさせる訳にはいきませんから」
私でも分かる最上級の生地です。織り目の密度、光沢感、発色、更には手触りが私が着ているシスター服とはまるで違い、ジョナさんやレイピアさんが見たら即座に止めておけと言われそうです。
「あの、リリアーナ様、このような服地だと町娘の格好をしても目立ちすぎてお忍びにはならないかと思うのですが」
「お師匠様、そういう時のために護衛の方々がいるのですよ」
いや、それは話が違うのではないですか。
「それだと何のために出かけるのか意味が分からなくないですか」
「リリアーナ、アンジェの言うとおりですよ。前に街へ出かけた時に同じようなことを言いましたよね」
「シェリー様、あの時だって問題なく帰ってこられたではありませんか」
「影で護衛の方々がどれ程苦労をしていたか説明しましたよね」
「うう……」
リリアーナ様は同様のことをしでかしていたらしいです。
「高位貴族であればあるほど平民達のことを知らなければなりません。それは父上がいつも申していることです。その為には皆の本音を諜報部門からだけではなく、自らも聞くために忍んで出かけるのです」
「ですが、私達は貴族の立場を離れることは出来ません」
「出来ないからこそより近い場所で皆と並ぶ工夫が必要なのです」
王家ともなればこう言う考え方をするのですね。
「分かりましたわ」
結局、私はグレーの地味な服を作ることになりました。
オーダーメイドという点だけは貴族のプライドらしいです。
背格好だけだと私に合った既製品は子供服になりそうだということは、この際語らない方が良いでしょう。
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