第21話 : 初めての課外授業
「失礼します」
特別談話室には既にシェリー様とリリアーナ様が椅子に座って待っていました。
高位貴族を待たせるのはマナー違反かも知れませんが、これでも実技が終わった後、休まずここに来たのですから許して欲しいと思います。
「お師匠様、よろしくお願いします」
無茶苦茶綺麗なお辞儀でリリアーナ様に迎えられます。
高位貴族ともなるとこれ程美しい所作ができるのかと思わず見惚れてしまう程です。
「アンジェ、今日は宜しくお願いしますね」
シェリー様も軽く頭を下げられます。王族がそんなことをして良いのでしょうか。確かに地位的には『祝祭の聖女』の方が王女よりも格上ですけど、それはあくまで正式に『祝祭の聖女』と認定されてからの話で、ここでは彼女の方が上の立場でなければなりません。私が頭を下げないのは不自然なので、彼女よりも深いお辞儀をします。
「こちらころ、宜しくお願いいたします」
そんなことを考えながら挨拶をしたら見事に噛んでしまいました。
「緊張しなくてもよろしくてよ」
とんでもない底意地の悪さを感じる声でシェリー様が顔を上げるように促してきます。リリアーナ様はそれを理解しているのでしょうか。
「待たせたかな。今日は宜しくお願いする」
ひとしきり挨拶が終わったところでエミーニア先生がやって来ました。
私としてはいつもの光景ですけど、二人にとっては想定外だったようで驚いた顔をしています。
「こういう書状が来たのでね。私もいなければならないんだ」
見せてくれたのは『我が娘達を宜しく頼む』と書かれた王様直筆の書面。もちろん本物ですからシェリー様と言えどエミーニア先生に従わざるを得ません。。
「智の集約点様……」
リリアーナ様がエミーニア先生を見て固まっています。私は毎日見ていますけど、先生はそれ程凄い方なのでしょうか。
「リリアーナ、先生をその様な眼で見るのは失礼よ」
「あ、はっ、失礼いたしました。本日はお師匠様共々よろしくお願いいたします」
「お師匠様?」
「あ、いえ、アンジェ様のことです」
「ははは、アンジェを師匠とね。それは面白いな──アンジェ、貴女の教えに期待しているわよ」
一対一だと真面目を絵に描いたようなエミーニア先生が、シェリー様同様の悪戯小僧みたいな眼をしてます。この二人は結構似た性格をしているのでしょうか。
「布地に強化の付与をするには、布に対して魔力を使うと言うよりもそれを編んでいる糸に魔力を絡める感じで注ぎ込むようにしてみるとより上手くいきます」
「お師匠様、それは授業で先生からもそう言われましたけど。どこが違うのでしょうか」
そっか、同じ学校の先生から習うのだから教え方もほぼ一緒なのですね。
「それでしたら、その布に当てる魔力を風だと想像しながらやってみて下さい。風が布を編んでいる糸を揺らしている様子を思い浮かべながら魔力を流せば先程とは違うかと」
「風ですか」
「風が糸を揺さぶる。その集合体が布であると思って下さい」
リリアーナ様が目の前にある白い木綿の布を見つめ、小さな声で詠唱すると心なしかその布が揺れたように感じます。
授業の時に感知系の魔法で私はお二人の魔力の流れを見ていましたが、その時よりも魔力が良く絡んでいるのが分かります。エミーニア先生も感知系の魔法が使えるので恐らくそれが見えているはずです。
「リリアーナ、火を当ててあげよう」
エミーニア先生が指先から火を出します。とても鋭い炎で、小さくゴーッと音もしています。
「ふむ、これなら合格だな」
白い布に焼けた跡はありません。全く色が変わらず、強度も上がっています。
「智の集約点様にその様に言って頂けるなんて!」
エミーニア先生の二つ名ってそんなに有名なものなのでしょうか。
「王国で一番有名な学者はエミーニア様なのよ。私も尊敬している先生の一人よ」
いつの間にか脇に来ていたシェリー様が教えてくれます。
そんな高名な方に個別指導を受けていたなんて、先生に対してもの凄く悪いことをしていたような罪悪感と配慮してくれた王様への感謝の気持ちが湧いてきますが……
「そのうち『祝祭の聖女』の方が有名な二つ名になるでしょうけどね」
また意地悪な笑みを浮かべながら耳元でそう言われます。この方は私を揶揄いたいのでしょうか。
「お師匠様、ワタクシ大師匠様に合格を頂きました」
大師匠様って……
「智の集約点では大袈裟だと言われましたので、大師匠様と呼ばせて頂こうかと……お師匠様の授業のお目付役として来て頂いているのですから」
「アンジェ、中々上手な教え方だった。私も参考にしたいからこれからも同席して構わないかな」
えっと、この教え方はエミーニア先生に教えられたことをそのまま伝えただけなのですが……ああ、午後の個別指導の時間を一部お二人との勉強時間に充てることで了解したと言うことですね。リリアーナ様は『祝祭の聖女』の存在を知りませんから、私のための勉強時間だとするといくら何でも先生がここにいるのは不自然に見えるでしょうから。
「エミーニア先生がよろしければ是非ともお願いいたします。未熟者ですがご指導頂ければ有り難く存じます」
「大師匠様、ワタクシからもぜひ同席をお願いいたします」
リリアーナ様が笑みを浮かべながら大変綺麗なお辞儀をしました。
頭を下げている時にエミーニア先生が苦笑していたことは黙っておきましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます