第2話 : 王都へ
手の中で黄金色の紙が燦然と輝いています。
「そ、そ、そんな馬鹿な……いや、絶対に間違いよ」
先程までの落ち着いていた様子はどこへやら、聖女様の言葉が震えています。
私が何かやらかしたみたいで、あとで神父様に怒られないかと心配になりました。
「も、もう一度やるわ。間違いと言うこともあるから」
結局三回査定を行い、三回とも結果は一緒。金色の紙が目の前に並んでいます。
ちなみに聖女様が自分で試してみたら、反応は以前と変わりませんでした。
「この教会の神父様を呼んでください。それから今日の査定は順延とします。非常事態だからと魔法省に伝えて頂戴」
非常事態って、私が何をしたというのでしょうか。特に変わったことは何もしていないはずです。とはいえ、私が関係することは間違いなさそうだと思うと心臓がバクンバクンと激しく動いてきます。
補助で来ていたシスターがもの凄い勢いで伝令所まで走って行きます。恐らく早馬を手配するのでしょう。
それからは忙しかったです。
「アンジェ、無事に過ごしなさい」
あなたには大事な仕事があると言われ、急遽王都にある教会本部まで送られ、暫くの間そこで生活することとなりました。
蓋ができる鞄を持っていないので、三枚しかない手持ちの服をバケツに押し込み、紙袋に日用品を入れ、神父様に挨拶をしたら随分取り乱した様子でした。今までで一番落ち着きがなかったかも知れません。自分がしでかしたことがそれ程重大なことかと思ってしまいます。
聖女様が乗る馬車に同乗させて貰いますが、彼女はそれほど位が高い方ではないので、快適な移動とは言いがたいです。正直お尻が痛い。
それでも生まれて初めての長距離移動は不安よりも興味の方が勝りました。
街道にある大牧場や旅人向けの小さな露天商、途中の街に建つ小綺麗な教会、見たこともない料理や菓子の数々。
教会の外に出ることさえ殆どなかったので、自分のせいで周りが混乱しているということを忘れてしまうほどでした。
聖女様から車中や宿、野営時に王都での簡単なマナーや決まり事を教えて頂いたので、昼夜問わず刺激に満ちた旅程をこなしていました。
やがて……
八日ほどで王都に着きました。
王都の入り口には検問所があり、人々が列をなしていたのですが、伝令のお蔭か私達は別の入り口で簡単な審査を受け、あっという間に中へ入ることができました。
王都と言っても、周辺は私達が住んでいた村と大して変わりません。
ただし、見える物が違います。幌の穴からは少し離れた小高い丘の上に石組みの城壁とその上に白亜の巨大なお城が見えています。恐らく王城でしょう。ここが王都なのだと実感します。
ここまで来ればこの旅はおしまいで、ここから私達は主導教会、つまり教会の総本山へ向かいます。
「着いたぞ」
御者のおじさんがぶっきら棒な声を出し、聖女様から下車を促されます。
連日お尻が痛かったので、本来なら苦行から解放されると喜びたいところですけど、目の前にある巨大な教会に圧倒され、こんな所で何をされるのだろうと一気に不安になりました。
教会の正面には荘厳な門があり、その脇に小さな門が二つあます。
今日は一般礼拝の日ではないことは恐らくどこも一緒なのでしょう。大門が閉じられており、小門から中に入れられます。
「お待ちしておりました。さ、中へ」
シスター服を纏った女性が私を案内してくれます。
連れて行かれたのは「検査室」と書かれた扉がある小さな部屋。
孤児でしたけど、初等学校には通うことが出来ましたし、教会では生活に必要な知識は授けてくれたので、読み書きと四則計算なら問題なく理解できるくらいにはなっています。
シスターが扉を開けるとそこには見慣れた魔力の査定道具が置いてあり、そこには初老の聖者服を着た男性がいました。
一見温和そうですが、眼光が鋭く、動きがとても洗練されていることは私でもわかります。この人はただの教会職員ではなさそうです。
「大主教様、『祝祭の聖女』様をお連れしました」
えっ、大主教様って今言いましたよね。私達が信仰する宗教、つまり
「ご苦労様。この子ですか」
「は、じめま、して」
ムチャクチャ緊張してしまいます。だって、普段なら一生会うこともない方ですから。
「こちらこそはじめまして。これからはここに住んで貰うことになるから宜しくね」
「?」
ここに住む?どういうこと?
「おやおや、聞いていないのかい。まあ良い、詳しいことはジョナから聞きなさい……ああ、彼女がお世話をすることになるジョナだ。私から紹介するよ」
大主教様の斜め後ろにスラリと背が高くとても美しい人が立っています。私よりも頭二つ高い。
「ジョナです。今日から聖女様のお世話をさせて頂きますので、よろしくお願いいたします」
見たこともないほど綺麗な所作で腰を九十度折り、私達に頭を下げます。
「よ、よろしくお願いいたします」
こんなに丁寧に頭を下げてもらった記憶がないので、どう対応して良いかわかりません。取り敢えずこちらも頭を下げたのですが、それが礼法として正しいかどうかすら知らないのです。
「そんなに緊張しないでくれ。ジョナは専属のお世話係だから、わからないことがあれば聞いて欲しいし、して欲しいことがあれば彼女に頼むと良い」
専属のお世話係?そんな人がいるなんて聞いたこともありません。だいたい、私達みたいな孤児上がりにそんな人が必要なのでしょうか。身の周りのことは何でも自分でするのが当たり前だったのですから、誰かに何かをしてもらうなどと考えたこともありませんでした。
「さて、ここでの暮らしの細かいことを説明する前に一度魔力査定をして貰って良いかな」
目の前には先日受けた魔力査定に遣う道具の他に、見たこともない複雑な道具(機械といった方が正しいかも)がいくつか置かれています。
先日のように白い紙を持ち、そこにジョナさんが魔力を流します。無詠唱ですが聖女様よりも身体が少し熱くなっている感触があります。ひょっとしたらこの人はかなり上位の魔法の達人なのかも知れません。
紙はあっという間に金色に輝き、私が見ても綺麗だと思ってしまいます。
「報告どおりだな。いや、素晴らしい」
私が持っていた紙を自らの手に取ってしげしげと見る大主教様。どこかに恍惚を感じているのでしょうか、目の鋭さが消えています。
「伝説だとばかり思っていたが、本当に存在するとは」
私の顔を見ながら、うんうんと頷いています。
「これからもう少し時間を貰うことになる。大丈夫だよね」
いや、もう緊張しっぱなしで、膀胱がちょっと……なんですけど。
とはいえ、この状況で拒否できる訳もなく。
それから血を抜かれたり、呼気を集められたりして検査は終わりました。
部屋から出る際にトイレの場所を聞き、真っ先にそこに向かったことは言うまでもありません。
「間に合った……気持ちいい……」
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